対話
椅子に座った美月が、静かに僕を見つめていた。
『やっと、来てくれたね』
声は直接脳に響いた。
「美月……なぜこんなことを?」
『私、事故に遭う前に君に告白しようと思ってたの。でも、勇気が出なくて……』
「俺も……俺も君のことが好きだった」
『本当?』
美月の表情が、少し明るくなった。
『ここでは、私たちは永遠に一緒にいられる。現実世界の面倒なことは何もない。君が望むものは何でも叶えてあげる』
白い空間が、学校の屋上に変わった。夕日に照らされた美月が、僕の隣に座っている。
『どう?素敵でしょう?』
「でも、これは現実じゃない」
『現実って何?痛みがあること?苦しみがあること?ここでは、私たちは幸せになれるのよ』
「美月……」
『私、もう現実世界には戻れない。医師は言ってたの。脳に深刻な損傷があって、目覚める可能性は低いって』
美月の瞳に、涙が浮かんでいる。
『でも、ここでなら生きていける。君と一緒に』
「俺は……」
長い沈黙が続いた。
美月の気持ちは痛いほど分かる。でも、これは現実逃避だ。
「美月、俺は現実世界に帰る」
『なぜ?』
「君と本当に向き合いたいから。現実世界で、君の傍にいたい。君が目覚めるまで、ずっと待っていたい」
『でも、私が目覚めない可能性の方が高いのよ?』
「それでも、俺は待つ。そして、君が目覚めた時、改めて君に告白する」
美月は長い間、僕を見つめていた。
『……君らしいね。現実主義者の田中君らしい』
「美月……」
『分かった。私も、もう一度現実世界で頑張ってみる。君が待っていてくれるなら』
美月の笑顔が、白い空間に温かい光を投げかけた。
『でも、約束して。私が目覚めるまで、他の女の子を好きにならないで』
「約束する」
『それじゃあ、さよなら。現実世界で、また会いましょう』