管理棟への道
着地したが、まったく痛みを感じなかった。
「なぜ痛くない?」
「この世界では物理的な痛みは存在しない。でも、精神的なダメージは現実世界の肉体に影響する。つまり、ここで『死ね』ば現実でも死ぬ」
萃香の手は氷のように冷たかった。まるで生きている人間の手ではない。
「君、萃香って本当に人間なの?」
「私は……この世界が作り出したプログラムの一部。でも、自我を持っている。君が来る前は、一人でこの世界を管理していた」
歩きながら、萃香は自分の正体を明かした。
「寂しくなかった?」
「……分からない。寂しいという感情が何なのか」
目的地の中央処理装置まで、あと数百メートルの距離だった。
「ここからが問題なのよ」
萃香が立ち止まった。
前方の道を、黒い影のようなモンスターが塞いでいる。一体、二体、三体……数えきれないほどの数だ。
「あれは?」
「防衛システムのガーディアン。私たちを排除しようとしている」
モンスターたちは不定形で、まるで生きている影のように蠢いている。近づくだけで、強烈な殺気を感じる。
「どうやって突破するんだ?」
萃香は近くの公衆電話に向かった。受話器を取り、手早く何かの操作をする。ポケットから小さな端末を取り出し、電話線と接続した。
「何をしているんだ?」
「この世界は全てプログラムで構成されている。モンスターも例外じゃない。私は管理人権限で、一時的にその動作を停止させる」
画面に無数のコードが流れている。萃香の指が信じられない速度で動いている。
「でも、完全に停止させることはできない。彼女が許可しないから」
「彼女?」
「君を招待した存在。この世界の真の支配者」
約十分後、萃香は作業を完了した。
「三十分だけ動作を停止させた。急ぐよ」
モンスターたちは石像のように動かなくなっていた。
「すごいな……」
「でも、次はもっと強力なガーディアンが現れる。私の権限でも対処できないかもしれない」
僕たちは中央処理装置に向かって走った。
建物の入口に着いた時、萃香が振り返った。
「田中君、覚悟はできてる?」
「何の?」
「真実を知ることの。君が望んでいた答えが、必ずしも君の期待通りじゃないかもしれない」
萃香の表情は、今まで見たことがないほど悲しそうだった。
「それでも、俺は知りたい」
「……そう。じゃあ、行きましょう」
扉が開くと、そこは巨大な実験施設だった。