scene9
私は、冷たい目をした人が怖い。
怖くて逃げだした。今日も、あの時も
***
日はとっくに暮れている。
非常事態なので、夜も遅いが多くの窓に明かりが点いている。町はまだ起きている。
それでも、所々には薄暗い、静かな場所が残っていた。
街灯の光がわずかに差し込む小さな路地裏で、リンは何をするでもなく、ただ宝石を散りばめたような星空を眺めていた。
その様子は呆けているようにも、誰かを待っているようにも見えた。
待っている……誰を? 誰かを、だ。
自分で逃げたのに? 誰かが自分を捜してくれるのを待っている……身勝手な話かもしれないが。
どれくらいそうしていただろうか。
「捜したぞ、バカ野郎」
学生服の少年が街灯の光の逆光を受けて立っていた。
「……あ……」
「帰る時間くらい知らせろ。ロヴィーサなんて相当焦ってたんだからな」
「…………ごめんなさい……でも……」
「まあ……あれだ。サーシャも話をあれで終わらせる気じゃなかったんだ。まあ、なんつーか……その」
「……ううん、私が反応しすぎた」
「いや、そうじゃなくて……」
「……いい。自分できちんと考えたから、分かる」
リンは佐藤の言葉を遮った。
「……ねえ、ちょっと退屈な話だけど……聞いてくれる?」
「…………」
佐藤は少し考えた後、黙って続きを促した。
「……私、捨て子だから苗字がないんだ。物心ついた頃には、教会に保護されてた」
穢れの無い世界、優しい世界、暖かかった世界。
教会の優しい人々の助けになりたかった。騎士を目指す理由はそれだけで良かった
「……でも、あの人たちは…………」
清貧だか何を説いたのかは知らないが……信者を金儲けに使っていた。
犯した罪は金を以て償え。罪と言う穢れは、金という穢れの象徴に乗せて捨て去れ
そう言って集めた金で教会を運営し、少なくない金が酒や女に使われていた。
「……私は騎士になって、村に出るようになってからそのことを知った。当然、神父様を問い詰めた」
信仰にしても信者の扶助にしても、我々は莫大なカネが必要なんだよ。
……神殿は祈りの家、そう書かれています。納得できません
ならば、君は神の言葉だけで千の幼子の空腹を満たすことができるかね?
「……にわかには信じられなかった……私には」
「贖宥状、みたいなものか……」
「……あの時見た『目』が忘れられない」
あの冷たい瞳に裏切られた。
暖かかった世界は、音を立てて崩れ落ちた。
「……私は、その晩教会から逃げてしまった」
今日のように、そう小さく呟いた。
佐藤はしばらく言葉を選んで、
「それと今日のは、多分違うさ」
「……何で?」
「何というか…………ああくそ、頭を使うのは嫌いだ。俺はその神父、屑だと思う。そいつはお前の言葉が自分に都合が悪いから否定したんだ。でも今日のは……」
佐藤はサーシャが浮かべた、労わるような笑みを思い出した。
その目の奥に垣間見えたのは狼狽や侮蔑ではなく、憐れみと郷愁だった。
「あいつの目は、自分を殺した目だ。何かを諦めた、な」
佐藤は頭をガリガリと掻いて、
「まあ……なんつーか、お前が言いたいことは分かるっていうか、その……」
佐藤は、自分の語彙の少なさを呪った。良い言葉が出てこない。
「お前は綺麗だからそのままでいろってことで……」
「ぶふっ!」
『……』を入れる余裕もなく、リンがむせた。
「おい、何? 大丈夫か?」
「……」
「……」
「…………死ねばいいのに」
そう呟くが、その声は怒ってはいなかった。
「? 帰るぞ」
「……はいはい」
半眼でリンがそう言った時だった。
カン‼カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン‼‼
「っ! 何だ!?」
「……これは……!」
町の非常事態を知らせる警鐘が鳴り響く。
それは、魔族と人間の戦争の始まりを知らせるものだった。
今回はネタなしの短めです。とりあえず、主人公の思わせぶり発言(鈍感属性)を初めて書いてみた。違和感しかない
次回、いよいよ人間と魔族の戦いが始まります。
魔王軍が人間の町の近くに現れた理由とは。
4人と、そしてフロールマン兄妹の運命は!
ついでにここで宣伝を。この小説とは種類の違う異世界モノを書いてみたくなったので、新しい小説を投稿しました。(またか…とか言わないで)
少年は攻撃力1、武器なしで異世界に転生してしまう。
こんなステータスで敵を倒せるわけないじゃないか! ……バイトするか
「カチ勢転生者の営業日報」
よろしくお願いします