プロローグ
どんな物語にも、かならず冒頭で一大イベントが起こると思う。
例えば、『事故で階段から落ちてしまったら、なんと江戸時代にタイムスリップしていた!』だとか、
『ある日少年は記憶喪失の女の子が家の前に倒れているのを見つけた!』だとか、ああいうイベントのことだ。
そしてその冒頭イベントを経て、『ごく普通の』少年少女は物語の主人公に変身するのだ。
だが、時々いるのだ。物語の冒頭イベントをスルーしてしまう例外も。
例えば、佐藤一郎という高校生がいる。平凡な容姿、最低クラスの学力、どこにでもいそうな平凡な名前を持つ、ごく普通の少年だ
* * *
深夜11時、人通りは減っても車通りはまったく減らない東京の街を歩く学生がいた。
1学期の期末テストでとんでもない成績(悪い意味)をとったせいで親に漫画を没収され、塾通いを余儀なくされた佐藤だ。ちなみに八月の初頭、夏期講習の真っ最中
「暑い……溶ける…………」
東京の熱帯夜に早くもやられたようだ。
あ~今日も一生懸命勉強したわ~、といった清々しい表情を浮かべているが、実際は冷房の効いた教室で最初から最後まで爆睡していただけだ。これは親にケータイを二つにへし折られる日も遠くない。
そんなダメ男が点滅している信号の前に差し掛かった時のこと。
佐藤は急ぐのが面倒だったので横断歩道を渡らずに止まった。そんな彼を追い越す少女がいた。近年流行の歩きスマホをしながら横断歩道を渡っていく。
信号が赤になってもゆったりと歩いているあたり、L〇NEにでも熱中するあまり、完全に前を見ていないのだろう
「(つーかLI〇Eって何なのさ、ガラケーユーザーの俺に言わせれば、メールと何が違うんだ、と)」
呆れて少女の背中を眺めていた佐藤は、その時視界の端の方から巨大な物体が猛スピードで走ってくるのを見つけた。
「あれは……」
何の変哲もない2tトラックだ。それが明らかに法定速度オーバーで横断歩道の方に走ってくる。
そして横断歩道には歩きスマホの少女が
「——っておい‼危ねぇぞお前‼」
佐藤の叫びにも反応しない。よく見たら、ご丁寧に両耳にイヤホンが突っ込んであった。
少女はトラックに気付いていない。
気が付いたら佐藤は横断歩道に飛び出し、少女の体を突き飛ばしていた
…………などということはなく、
フツーにぽかんと口を開けて少女とトラックを見ていた。
擬音では書き表せない、壮絶な衝突音が夜の街に轟く。
ちなみに佐藤は目と耳をふさいでいた。
目を開けた佐藤の前に広がっていた光景は…………
まず、呆けた顔で横断歩道に尻餅をついていたイヤホン少女
続いて街灯に激突してひしゃげた2tトラック
そして車道を焦がす、トラックのスリップ痕
そう、トラックは少女にぶつからなかった。
トラックのドライバーが少女に気付き、急カーブして避けようとしたからだ。
ちなみに、もし佐藤が飛び出して少女を突き飛ばしていたら、二人まとめて宙を舞うことになっただろう。
トラックの後続の車が慌ててブレーキをかけたおかげで事故渋滞は発生したが、少女の体には傷一つなかった
「いや……余計なことしなくて(できなかっただけ)良かった…………」
* * *
警察の事情聴取に巻き込まれるのが面倒だったので、さっさと家路についた。
道中のコンビニで買ってきたアイスを食べながら歩く佐藤は、自宅付近の閑静な住宅街に差し掛かった。その時、何の前触れもなく彼の足元に、青い燐光を放つ巨大な魔方陣が!
現実的に考えれば有り得ない光景だが、実際に起こったんだからしょうがない。
Q:自分の足元に光り輝く魔方陣が浮き出た!佐藤一郎はどうする!?
A:とりあえず外に出る
…………範囲外に出て、ケータイで写真だけ撮った。
3年は使い続けてるポンコツについたカメラで撮った写真は、急に浴びせられた光のせいでホワイトアウトしていた。即削除
そうこうしているうちに魔方陣は徐々にその光を薄れさせ、やがて完全に消滅した。
「何だ?今のは…………」
答える者は当然いない。それにしても、今日は滅茶苦茶な日だ。夏期講習を受けさせられたと思っていたら目の前で交通事故が発生し、ヘトヘトになってここまできたら謎の魔方陣。立て続けに異常なことが起きている
「疲れてんのかな、俺……」
金輪際あんな変な案件には付き合えない。付き合いたくない。佐藤一郎は平和に暮らしたいのだ。
だが佐藤は、『二度あることは三度ある』ということわざの存在を完全に忘れていた。
「お前がサトウだな」
「いいえ人違いです」
「え?いや、ちょ」
いつからいたのか、彼の背後には拳銃を構えた黒髪の少女が!…………姓名確認に失敗して目を白黒させていた。
「いいや、お前はサトウだろ!サトウ=イチロウだろ!?『上』は確実にお前を捕捉してその座標に私を転移させたんだからな!?」
「よく分からんことを言うな!ええい、さっきから変な事件を俺の周りでばっか起こしやがって‼お前いい加減にしろよ!?人の目の前で交通事故起こすわ変な魔方陣を起動するわいきなり銃を突きつけるわ!俺いま疲れてるの!早く帰って寝たいの!さっきから延々頭の悪いラノベの冒頭イベントみたいな事件ばっか起こしやがって、ええおい‼次は何だ?空から誰か降ってくるのかいい加減にしr」
————ビタンッ‼‼
「「………………はぁ?」」
佐藤と少女の声が揃った。
それもそのはず、佐藤怒りの長めの台詞が終わるか終らないかのタイミングで、空から少女が降ってきたのだから。
それはまさしく自由落下のとんでもない速度で地面に叩き付けられ……
「ひどいですよぅ、何で人が手間暇かけてよういした召喚陣を華麗にスルーしやがるんですかぁ」
大の字に伸びた状態から立ち上がった少女の体にも金色のロングヘアにも汚れ一つなく……いや、そういう話ではない。
「お前、今なんつった……」
「何でスルーしやがりましたか」
「要約するんじゃねぇよ!さっきお前召喚陣が何とかって言いやがったか!?」
「言いましたよ?私たちの世界では歴史的な召喚士不足に陥ってですね……」
「待て、その話長くなるか?」
「あと1000文字ほど使えばまとめられますよ?」
「今度にしろ。こいつが空気になってる」
佐藤が指差したのは、先程から所在なさげに突っ立っている黒髪拳銃少女だ。
「とにかく、だ。黒髪が拳銃片手に俺の背後に忍び寄ってきて」
「その言い様は甚だ不本意なのだが」
「金髪があの召喚陣(笑)を起動したと」
「あのまま陣の中心に10秒ほど突っ立っていてほしかったのですがね?」
「じゃあ、あのトラックはお前らどっちの仕業だ?」
答えたのは、明後日の方向から聞こえてきた別の声だった。
「……あのまま轢かれてあなたが死んでいたら、『私たち』の世界に転生して旅をする物語が始まっていたのに」
「「「…………」」」
佐藤、黒髪、金髪が沈黙する。
そこにいたのは、小柄な体を銀色の金属鎧に包んだ赤毛の少女。
「まさか、お前らもそうなのか?」(黒髪)
「え?あなたもですかぁ?」(金髪)
「おいおいおい、何の話だ!というか物語ってなんだ物語って!人を勝手に殺すな!」(佐藤)
「……痛みは一瞬だ?」(赤毛)
「なぜに疑問形」(金髪)
「とにかく!お前らもアレか……」(黒髪)
ため息をついて少女が言う。
「物語の主人公と第一話のイベントを起こそうとしていた、と……」(黒髪)
「まさかあなた方もそうだとは思ってませんでしたねぇ、どうしましょう?」(金髪)
「物語?主人公?おい、展開に置いてかれた。説明頼む」(佐藤)
「……あなた、ライトノベルは読む?」(赤毛)
「まあ……多少(一学期の期末テストが死ぬくらい)は」(佐藤)
「どんな話であれ、冒頭で主人公が何らかのイベントを境に物語に巻き込まれていくだろう?」(黒髪)
「基本は主人公が巻き込まれるのは1つの物語の世界だけのはずなんですよぉ」(金髪)
「……でも、何の偶然か、佐藤一郎という高校生を物語の主人公にしようとした世界が3つもあったみたいで、冒頭がぐちゃぐちゃになっている」(赤毛)
簡単に言えば、1冊の本の冒頭に、無理矢理3冊分の第一話を詰め込んだようなものだ。
黒髪が言う。
「『私の世界』では、最初の接触が済んだらお前には近未来の巨大ロボットのパイロットになってもらう予定だった。お前も男だろ?伝説と呼ばれるパイロットにロマンを感じるはずだ!」
金髪は負けじと
「殺伐とした戦争モノなんて生きて帰れる確証ないですよ!それよりも『私の世界』で召喚士やりましょうよ!戦うのは召喚した魔物だけだから楽ですよ!美少女の妖怪とかも色々ついてきますよ!?」
赤毛が軽く肩をすくめて、
「……どうして戦闘を前提にするの?そんなものより、元の世界に転生する方法を探す旅でもしない?」
ジャンルが全然違う物語のヒロイン達だった。
「あのな……俺冒険よりも少年ジャ〇プの来週号の方が気になるから、とりあえずお前ら全員帰ってもらっていいかな?」
「「「無理」」」」
そんなヒロインが3人も同じ次元にとどまっているのだ。
彼女らの目的は佐藤一郎という『主人公』の存在
『佐藤一郎』という存在が3つの次元に同時に引っ張られた。その結果、佐藤一郎を中心に次元が
裂けた。
次元の穴は佐藤の足元に空いた。
「あ」
佐藤が落ちた。
「「「あ」」」
彼を引っ張っていた3つの次元を全部まとめて引きずり込む形で。
とりあえず、主人公が強すぎる物語を書いてみたいなと思って作ってみたプロローグ。全国の佐藤さん、ごめんなさい
今回の企画ですが、まったくジャンルの違う物語の戦闘をどこまで混ぜて書けるかが気になって始めてみました。相変わらず拙い文章で申し訳ありません
これとは別に書いている小説があって、そちらがメインなのでこちらの更新は遅めです