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短編小説

俺が貧乏神を追い払った話

作者: 歌池 聡
掲載日:2026/03/22


※武頼庵(藤谷K介)様主催『万物の神様企画』参加作品です。

※公式企画『春のチャレンジ2026』参加作品です。テーマは『仕事』。



『昭和』が終わり、人々が新元号の『平成』に慣れ始めた頃──。

 世の中が未曽有の好景気に沸き立っていたそのさなかで、俺はまさに人生のどん底に突き落とされようとしていた。






「──もしもし、あ、親父? 勝弘(カツヒロ)だけどさ。

 今月飲み会が多くてさー、ちょっとピンチなんだよね。来月の仕送り、少し多めにもらえないかな」


 俺の親父は、中堅どころの不動産会社の社長だ。まあ、元々は大した会社でもなかったんだけど、昨今の地価高騰の波に乗って、かなり儲かってるようだ。

 俺が東京の大学に進学した時も、かなりいいマンションの一室を買ってくれたし、サラリーマンの月給くらいの仕送りもしてくれて、同級生の中でもかなりいい暮らしを満喫していたと思う。


 この時も、ごく当たり前に仕送りの増額をおねだりする電話だったんだけど──。


『……すまん、勝弘。もう仕送りは出来ない。

 父さん、会社をたたむことにしたんだ』

「──────はぁっ!?」


 何と、親父は新事業で大失敗をしてしまったのだという。

 地方の中核都市での高級マンション建築に一枚噛んでいたのだが、その土地が大昔には湿地だったらしく、ちょっとした地震で液状化現象を起こしてしまい、計画そのものが白紙になってしまったそうだ。


『まあ、実家(ウチ)の土地建物が高く売れたので、何とか借金は残さずに済んだんだがな。もう運転資金が底をついたので、廃業することにしたんだ』

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! じゃあ、俺が2代目社長になるっていう話は──!?」

『当然、それも無しだ』

「そんな! 親父の会社を継ぐってことで、就職活動も全然してなかったんだぞ!」

『悪いが、今から何とか頑張ってくれ。

 そのマンションはお前の名義になってるから、売れば卒業までの学費や生活費は何とかなるだろう。じゃ、達者でな』

「ちょっと待てってば! ──親父? もしもし!? もしもーし!?」






 そういうわけで、俺は『将来を約束された社長の御曹司』から『ロクに就職活動もしてなかったただのバカ』に強制的にクラスチェンジさせられてしまったのだった。

 マンションも車も手離して安アパートに移った俺を見限って、友人の大半やカノジョも離れていった。

 慌てて就職活動を始めたものの、大会社のほとんどはもう内定者の囲い込みの段階に入っていて、まだ面接を受けられるのは、もう二流以下の会社しか残っていなかったのだ。






「チクショウ、何で俺がこんな目に──!」


 何社目かの不採用の連絡を受けて、俺は安アパートのこたつでひとり酒におぼれていた。


 あれから親父たちは、従業員に顔向けできないと思ったのか雲隠れしてしまって、完全に音信不通となっていた。

 怒りをぶつける先もなく、俺はこのところ夜毎に酒に逃げるようになっていたのだ。


「くそーっ! みんな一流企業に内定もらって、ディズ〇ーランドとかに連れてってもらってるってのに!

 俺だけ『貧乏神』にでも取り憑かれちまったのかよー!」

【──おや、やっと正解にたどりついたようだね?】


 部屋の片隅から聞こえてきたしゃがれ声に、思わず振り返る。

 いつの間にかそこには、薄汚いボロ布を身にまとった小柄な爺さんが、ニヤニヤ笑いながら座っていたのだ。


「だ、誰だ!?」

【おいおい、さっき自分で答えを言ってただろ? アタシゃ『貧乏神』さね】

「ふ、ふざけんなっ!」


 思わず怒鳴ってしまう。


「お前のせいで、俺がどれだけ不幸になったと思ってんだ! 何でこんなことすんだよ!」

【『何で?』と言われても──これがアタシの『仕事』だからねぇ】


 俺の罵声を浴びても、貧乏神はどこ吹く風だ。


「仕事だと──?」

【人は何か願い事がある時、神頼みするだろ? そしてそれが叶った時に、神に感謝する。

 そういう想いを多く集めれば集めるほど、その神の『神としての格』が上がるのさ。

 人に力を行使して、人々の想いを多く集める。これが神の仕事なんだよ。

 で、アタシは貧乏神だからね。人を不幸にして恨みの想いが集まるほど、神の格が上がるってことなんだよ】 

「──ふうん、神様にしてはずいぶんとスケールが小さいんだな」


 俺がおもわず叩いた憎まれ口に、貧乏神は意表を突かれたようだった。


【は? スケールが小さい、とな?】

「だってそうだろ? 俺一人を不幸にしたところで、得られる恨みなんざ、たかが知れてるじゃないか。

 俺なんかにかまけているより、もっと多くの人をまとめて不幸にした方が、一気により多くの恨みを受けられるだろ?」

【──ううむ、一気にまとめて、か。なるほど、その発想はなかったな……】


 何とか俺の元から消え去ってほしくて適当に言ってみただけだけど、何だか貧乏神はずいぶんと納得顔だ。


【ふむ、これはいいことを教えてもらった。お礼に、お前さんに与える不幸はここまでにしとくよ】

「え?」

【この先は自分で運命を切り開くんだね。もうアタシは邪魔しないからさ】


 そう言うと、貧乏神はふいっと姿を消したのだった。






 それからは就職活動もぼちぼち上手くいき始めた。辛うじて受かった会社は、今の好景気とは無縁だけど、地道で堅実な経営をしている会社だった。

 極めて平均的な収入を得て、極めて平凡な人生を送る──そんな日々が続くようになったのだった。






 ──やがてバブル経済がはじけ、日本経済は大混乱となった。不動産価格は暴落し、大手不動産会社や銀行がいくつも潰れる事態となったのだ。

 ウチの会社はあまり影響は受けずに済んだのだが──日本経済全体には、この先何十年もダメージが残るという予想もあるようだ。


 今朝も、地味だけど優しい妻が作ってくれた朝食を食べながら、景気の悪いニュースだらけの経済新聞に目を通しているうちに、あの日のことを思い出してふと考える。


 まさか『バブル崩壊』とかその後の不景気って──全部あの貧乏神のしわざってことはないよな……?


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― 新着の感想 ―
みんなが豊かな中で自分だけ貧乏に没落するのは確かに辛いですね。 しかも少し前までは裕福だったなら、猶更の事。 そしてもしも貧乏神を更に焚き付けていたのなら、1929年みたいな事に? おお、恐ろしや…
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