第8話:唯一の理解者(未満)
放課後の廊下は、静かだった。
授業が終わり、生徒たちはそれぞれの居場所へ散っていく。
笑い声も、足音も、遠ざかっていく。
レオンは、教室に残っていた。
帰る理由が、特にない。
急ぐ必要もない。
「……レオン」
背後から、声がした。
振り返ると、クラスメイトの一人が立っている。
特別親しかったわけではない。
だが、敵意を向けられた記憶もない。
中途半端な距離の人物。
「少し、いいか?」
レオンは、短く頷いた。
二人きりになると、
その生徒は、少しだけ言いづらそうに口を開く。
「正直さ……」
一拍、間が空く。
「君は、そんな人じゃないだろ」
レオンは、何も言わなかった。
否定も、肯定も、しない。
その言葉が、どこから来たものか、分かっているからだ。
事実を見たわけじゃない。
証拠があるわけでもない。
ただ、
“そうは思えない”という感覚。
視界に、数値が浮かぶ。
【信頼:微増】
【行動:保留】
(……保留、か)
続く言葉を、レオンは待つ。
生徒は、視線を逸らしながら続けた。
「でもさ……」
その一言で、結末は見えた。
「今の空気で、俺が何か言ったら、
余計に面倒になるだろ」
正直な言葉だった。
綺麗事ではない。
だからこそ、現実的だ。
「だから、その……」
助けるとは、言わない。
庇うとも、言わない。
「一人くらい、そう思ってるやつもいるってこと、
覚えといてくれ」
それだけ。
生徒は、少し気まずそうに笑い、
そそくさと去っていった。
残された教室に、
レオン一人。
視界の数値が、静かに確定する。
【支援:なし】
【孤立:継続】
(……まあ、そうだよな)
レオンは、内心でそう呟いた。
期待はしていなかった。
落胆も、特にない。
これは、普通の選択だ。
目立たずに生きたい者が、
集団に逆らわない。
誰かを守るために、
自分の立場を危険に晒さない。
前世でも、何度も見てきた。
誰かが理不尽に責められているとき、
皆、こう言う。
――「本当は違うと思うんだけど」
だが、その“思う”は、
行動には変わらない。
レオンは、席を立つ。
教室を出るとき、
背後から、もう一度だけ声がした。
「……無理すんなよ」
優しさだ。
間違いなく。
それでも。
(守られはしない)
レオンは、廊下を歩き出す。
完全な孤立ではない。
だが、支えにもならない。
それで十分だと、思えた。
この世界では、
善意ですら、自己保身の範囲を超えない。
それを、再確認しただけの話だ。




