第7話:噂が広がる
レオンは、その場にいなかった。
だから最初は、
何が起きているのか分からなかった。
廊下を歩いていると、
会話が、途中で止まる。
視線が、合わない。
それだけだ。
(……またか)
いつものことだと、そう思った。
だが、その日の空気は、少し違った。
教室に入ると、
何人かが、露骨に距離を取る。
席を一つ、空ける。
目を伏せる。
あるいは、意味ありげに視線を交わす。
理由は、分からない。
レオンは、何もしていない。
今日はまだ、誰とも話していない。
それなのに。
視界の端で、UIが静かに更新されていく。
【警戒:上昇】
【不信:生成】
(……生成?)
聞き慣れない表示に、眉をひそめる。
誰かの行動に対する反応ではない。
これは、話題そのものが生まれている数値だ。
休み時間。
レオンは席に座ったまま、動かない。
その少し離れた場所で、声がする。
「……聞いた?」
「昨日のこと?」
昨日?
レオンは、内心で首を傾げる。
昨日も、特に何もしていない。
「なんかさ、ああいう人って……」
「分かる。表に出さないタイプって怖いよね」
声は小さい。
だが、確実に広がっている。
誰かが、言葉を足す。
「直接は何もされてないんだけど……」
「でも、雰囲気がさ」
――雰囲気。
それが、証拠だった。
事実はない。
被害もない。
ただ、“そう感じた”という共有。
それだけで、話は完成していく。
レオンは、静かに息を吐いた。
(なるほど)
これはもう、個人対個人じゃない。
集団が、
一つの解釈を共有し始めている。
しかも、本人不在で。
視界に、また数値が浮かぶ。
【噂:形成中】
【評価:低下(持続)】
(勝手にタグ付けしてくるなよ)
そう思ったが、
やはり口には出さない。
言えば、
“図星だから反応した”になる。
否定すれば、
“必死で隠している”になる。
沈黙すれば、
“やっぱりそういう人”になる。
どの選択肢も、
結論は同じだった。
昼休みが終わる頃には、
噂は“前提”に変わっていた。
「近づかない方がいいよ」
「関わると面倒そうだし」
誰かが、誰かに忠告する。
善意の形をしている分、
質が悪い。
レオンは、それを聞いても、
表情を変えなかった。
怒ってもいない。
悲しんでもいない。
ただ、理解しているだけだ。
(人は、理由が欲しいんだ)
なぜ距離を取るのか。
なぜ嫌うのか。
その理由として、
“悪役令嬢っぽい”という物語が、
あまりにも都合がいい。
レオンが何をしたかは、重要じゃない。
重要なのは、
皆が納得できるかどうか。
そして、もう。
彼は、
“納得される存在”になっていた。
教室の隅で、
レオンは静かに座っている。
世界は、彼を使って、
勝手に話を進めていた。
――本人の意思とは、無関係に。




