第4話:聖女ミリア
聖女ミリアを、レオンは最初から“見ていなかった”。
正確には、
見ないようにしていた。
彼女が教室に入ってきた瞬間、空気が変わったのを感じたからだ。
ざわめきが、溶ける。
緊張が、和らぐ。
誰かが息を吐く音が、やけに大きく聞こえた。
――安心。
その感情が、教室全体に広がっていく。
(……来たな)
視線を上げる前から、分かってしまう。
白に近い淡い髪。
控えめな仕草。
少し困ったような微笑み。
聖女ミリア。
誰かを威圧することも、主張することもない。
それなのに、全員が彼女を中心に配置されていく。
レオンの視界に、半透明の表示が浮かんだ。
【好感度:急上昇】
【信頼:自動上昇】
【安心:付与】
(……早すぎる)
彼女は、まだ何もしていない。
自己紹介すら、終わっていない。
なのに、数値だけが先に決まっていく。
「よろしくお願いします……至らないところも多いですが……」
小さな声。
控えめな言葉。
それだけで、教室が微笑む。
「そんなことないよ」
「聖女様だし……」
「助け合おうね」
好意が、連鎖する。
レオンは、視線を落とした。
(これは……)
異常だ。
王子アレクシスのカリスマとは、種類が違う。
彼は“中心に立つ存在”だ。
だが、ミリアは違う。
“寄り添う形で、中心を作る”。
しかも、拒否できない形で。
ふと、ミリアの視線がこちらを向いた。
一瞬、目が合う。
柔らかな微笑み。
敵意はない。
警戒もない。
――善意だけ。
その瞬間。
【ミリア → レオン:好感度 上昇】
【周囲 → レオン:警戒 微増】
(……同時に来るのか)
ミリアが好意を向けるほど、
周囲は、レオンを測り始める。
――なぜ、聖女様が?
――何かあるのでは?
そんな疑念が、数値として見える。
レオンは、すぐに視線を逸らした。
関わらない。
深く見ない。
それが、一番安全だと分かっている。
休み時間。
ミリアの周囲には、自然と人が集まる。
相談。
雑談。
ちょっとした悩み。
彼女はすべてを、優しく受け止める。
そのたびに、数値が跳ね上がる。
【好感度:上限突破】
【信仰:生成】
(……信仰?)
見慣れない項目に、レオンは一瞬だけ目を細めた。
感謝や好意を超えた何か。
理屈ではなく、“正しさ”として刷り込まれる感情。
ミリア本人は、それに気づいていないようだった。
ただ、困ったように笑っているだけだ。
(本人が悪いわけじゃない)
それは、はっきり分かる。
彼女は、善良だ。
優しく、誠実だ。
だが――
善良すぎるがゆえに、危うい。
世界が、彼女を“聖女”として扱いすぎている。
そして、その周囲にいる者は、
無意識に“比較”される。
聖女の隣に立つに相応しいか。
聖女に害をなさないか。
悪役令嬢は、最初から減点だ。
(距離を取ろう)
レオンは、静かに結論を出す。
王子にも、聖女にも、
近づかない。
彼らは、悪くない。
ただ、この世界にとって“正しすぎる”だけだ。
レオンは、席に座ったまま、窓の外を見る。
数値が、ゆっくりと落ち着いていく。
それが、
世界から少しだけ離れた証拠のように感じられた。




