第39話:剣士の事情
朝は、早かった。
セラが目を覚ましたのは、空が白み始める頃だ。
長年の癖で、意識が先に起きる。
剣に手を伸ばしかけて――止めた。
(……ああ、ここか)
天幕でも、宿でもない。
簡素な天井と、土の匂い。
不思議と、体は強張っていなかった。
外に出ると、レオンはすでに起きていた。
川から戻ってきたところらしく、水桶を置いている。
「早いな」
セラが言うと、レオンは肩をすくめた。
「習慣みたいなものだよ」
二人で、火を起こす。
昨日と同じ、簡単な朝食。
沈黙は、自然だった。
だが、今日は――
セラのほうから口を開いた。
「昨日、聞かなかっただろ」
「うん」
「……じゃあ、今ならいいか?」
レオンは一瞬だけ視線を向け、
すぐに火に戻す。
「話したいなら」
それだけだった。
セラは息を吐く。
「元傭兵だ」
短い言葉。
「国にも、貴族にも雇われてた。
戦って、守って、殺して……
それが仕事だった」
淡々と語る声。
誇りも、後悔も、強調しない。
「でも戦争が終わった。
契約も切れた」
薪が、ぱちりと音を立てる。
「必要なくなったんだよ。
剣を振る役割が」
その言い方に、
レオンの指が、わずかに止まった。
「平和になったのは、いいことだ。
頭では分かってる」
セラは、自分の掌を見る。
「でもな。
剣しか持ってない人間は、
平和の中じゃ、邪魔なんだ」
街に入れば警戒される。
仕事を探せば、断られる。
戦えと言われていた頃より、
ずっと居場所がなかった。
「だから、辺境に流れた。
追われたのも……まあ、色々だ」
それ以上は、言わなかった。
レオンは、しばらく黙っていたが、
やがてぽつりと呟いた。
「……役割を失った、か」
セラは、少し驚いて彼を見る。
「分かるのか?」
「似たようなものだから」
レオンは笑わない。
「やれって言われてたことを、
急に必要ないって言われるとさ」
火に薪を足す。
「自分が、空っぽになった気がする」
セラは、目を細めた。
「……あんた、何者だ?」
「ただの追放者」
即答だった。
「もう、何かになる気もない」
その言葉に、
セラの胸が、わずかにざわつく。
剣士でもない。
英雄でもない。
救済者でもない。
それでも――
ここに、立っている。
「なあ」
セラが言う。
「ここにいると、
何もしなくても許される気がする」
レオンは頷いた。
「俺も、そう思ってる」
それだけで、
十分だった。
二人は、それ以上語らない。
だが、沈黙の質が、昨日とは違う。
同情ではない。
依存でもない。
ただ――
「役割を失った人間同士」が、
同じ火を見ている。
それだけの共通点が、
この辺境では、
十分すぎる理由だった。




