第3話:王子アレクシス
王子アレクシスは、歩いているだけで分かった。
特別な演出があるわけじゃない。
声を張り上げることもしない。
ただ、そこに“いる”。
それだけで、人の流れが変わる。
廊下のざわめきが、自然と整列する。
視線が集まり、期待が集まり、安心が集まる。
――中心。
それが、王子アレクシスだった。
(すごいな)
レオンは、率直にそう思った。
羨ましさではない。
劣等感でもない。
完成度への感想に近い。
王子は、誰に対しても態度が変わらない。
貴族にも、平民にも、教師にも。
笑顔は柔らかく、距離は適切。
誰もが「自分は尊重されている」と錯覚できる。
実際、錯覚ではないのだろう。
王子アレクシスは、善人だった。
少なくとも、レオンの目にはそう映る。
視界に浮かぶ数値も、それを裏付けている。
【好感度:非常に高】
【信頼:高】
【安心:固定】
(最初から、完成してる)
努力の結果か、資質か。
あるいは――
世界が、そうなるように作っているのか。
そのとき、視線が合った。
「君は……」
王子が、レオンを見る。
一瞬、空気が変わった。
ざわめきが、ほんのわずかに引っかかる。
歯車が、一枚ずれたような感覚。
王子は、微笑みを崩さない。
「同じクラスだね。よろしく」
差し出された手。
普通なら、何も問題のない光景だ。
レオンも、そう思った。
だから、同じように返す。
「……よろしくお願いします」
短く。
丁寧に。
その瞬間。
――UIが、わずかに揺れた。
【王子アレクシス:好感度 微減】
【周囲評価:違和感】
(……は?)
握手は、きちんとしていた。
声の調子も、失礼ではない。
それでも、何かがズレる。
周囲の生徒たちが、一瞬だけ視線を交わす。
言葉にしない“空気”が生まれる。
「今の、ちょっと……」
「なんか、冷たくなかった?」
聞こえてくる、曖昧な評価。
王子は気づいていないのか、
あるいは気づかないようにしているのか。
穏やかな表情のまま、会話を続ける。
「学園生活、楽しめるといいね」
「……ええ」
それだけのやり取り。
なのに。
王子の周囲にある数値は、すぐに元へ戻る。
【好感度:非常に高(補正)】
(……補正、か)
レオンは、理解した。
王子アレクシスは、悪人ではない。
むしろ、誠実で、善良だ。
だが――
“王子であること”に、最適化されている。
多少のズレは、世界が直す。
多少の違和感は、周囲が解釈し直す。
中心から、外れないように。
一方で。
レオンの数値は、戻らない。
【冷淡:維持】
【警戒:微増】
(同じ行動でも、結果が違う)
それが、役割の差。
王子は、王子であるだけで守られる。
悪役令嬢は、何もしなくても疑われる。
レオンは、視線を逸らした。
(近づかない方がいいな)
王子に対してではない。
“構造”に対してだ。
ここで関われば、
自分だけが歪む。
王子アレクシスは、何も悪くない。
ただ――
この世界が、彼を中心に回るようにできているだけだ。
レオンは、その輪の外に立つ。
最初から、立たされている場所だと、もう分かっていたから。




