第38話:セラ滞在
火は、静かに燃えていた。
薪が爆ぜる音だけが、夜の空気を揺らす。
風は弱く、虫の声も少ない。
セラは、差し出された木皿を受け取った。
「……食べていいのか?」
そう言うと、青年――レオンは小さく頷いただけだった。
「余ってるわけじゃないけど。
今日の分は、問題ない」
それ以上の説明はない。
セラは、少しだけ眉をひそめる。
普通なら、もっと警戒する。
見知らぬ剣士に、食事を分け与えるなど――。
(やっぱり、おかしい)
だが、腹は正直だった。
簡素なスープ。
硬めのパン。
野草の匂いが強い。
決して美味ではない。
それでも、温かい。
セラは黙って口に運ぶ。
レオンも、向かいで同じように食べている。
会話は、ない。
沈黙が、続く。
だが、それは気まずさとは違った。
(……妙に、落ち着くな)
セラは、焚き火を挟んだ距離を測る。
近すぎず、
遠すぎない。
敵意も、好意も、押し付けてこない。
ただ、
「同じ場所で食事をしている」
それだけの関係。
「……聞かないのか?」
不意に、セラが言った。
レオンは、スープを一口飲んでから答える。
「何を?」
「私が、誰かとか。
どうして追われてたのか、とか」
少し、探るような口調。
レオンは一瞬だけ考え、首を横に振った。
「必要になったら、話すだろうし。
ならなかったら、それまでだ」
淡々とした声。
セラは、思わず苦笑した。
「ずいぶん割り切ってるな」
「そうでもないよ。
ただ……」
言葉を切り、レオンは火を見る。
「無理に関わると、
だいたい、ろくなことにならない」
その言い方には、
経験が滲んでいた。
セラは、それ以上踏み込まなかった。
沈黙が、また戻る。
だが今度は、
先ほどよりも柔らかい。
風が、火を揺らす。
影が、地面で踊る。
セラは、食べ終えた皿を置いた。
「……今日は、ここで休んでいいか?」
半ば、冗談のつもりだった。
拒否されても、不思議じゃない。
だが、レオンは頷いた。
「寝床は固い。
それでもいいなら」
「ああ。
野宿よりは、ずっといい」
それだけのやり取り。
恩着せがましさも、
感謝の強要もない。
セラは、横になりながら思う。
(ここは……)
守られている場所ではない。
豊かでも、安全でもない。
それでも――
(“役割”を求められない場所だ)
剣士だから戦え、とは言われない。
女だから守られろ、とも言われない。
ただ、
「いること」を許されている。
焚き火の音を聞きながら、
セラは目を閉じた。
眠りに落ちる直前、
ふと、レオンの背中を見る。
(……しばらく、滞在してみるか)
そんな考えが、
自然に浮かんでいた。
理由は、まだ言葉にならない。
ただ――
この沈黙は、悪くなかった。




