第37話:セラ視点
――辺境に、人が住んでいる。
それだけで、十分に異常だった。
セラは、倒木に腰を下ろしながら、遠ざかる背中を見ていた。
畑に戻っていく、黒髪の青年。
(……おかしい)
ここは、グレイウッド。
地図の端に追いやられた、捨てられた土地だ。
魔物は多い。
補給路は細い。
守る価値がないと判断された場所。
そんな場所で、
あの男は――
(逃げない)
それも、
「仕方なく残っている」感じではない。
腰が引けていない。
周囲を怯えて見回さない。
だからといって、
強者の余裕があるわけでもない。
剣はない。
魔力の圧も感じない。
なのに。
(……警戒心が、薄い)
それが、一番の違和感だった。
セラは、剣士だ。
長く辺境を渡り歩いてきた。
危険な土地にいる人間は、
例外なく、二種類に分かれる。
――怯えているか。
――狂っているか。
だが、彼はどちらでもない。
(助け方も、変だった)
完全に無視することもできたはずだ。
助けるなら、剣を振るう選択もあった。
だが、彼はそうしなかった。
距離を保ち、
音と動きだけで魔物の注意を逸らす。
必要以上に近づかず、
必要以上に関わらない。
(まるで……)
まるで、
「人を助ける役割を避けている」ような。
セラは、ふと気づく。
彼は、一度もこちらを見なかった。
目が合ったのは、
最初の一瞬だけ。
それ以降、
彼の視線は常に“状況”を見ていた。
自分ではなく、
魔物でもなく、
ただ――全体。
(……誰だ、あいつ)
辺境に住む異常者。
そう断じるのは、簡単だ。
だが、
狂気は感じられなかった。
あるのは、
奇妙なほど落ち着いた距離感。
助けても、
近づかない。
忠告はするが、
引き留めない。
(信用してないわけじゃない……)
むしろ逆だ。
最初から、
「期待していない」。
だから、
裏切られる心配もない。
セラは、剣を地面に突き立て、息を整える。
身体は、まだ痛む。
だが、命はある。
助けられた。
それは事実だ。
(礼を言うべきか?)
そう思って、
畑の方を見る。
青年は、もうこちらを気にしていなかった。
土を耕し、
水を撒き、
ただ、生活を続けている。
セラは、短く息を吐く。
「……変なやつ」
だが、嫌な感じはしない。
むしろ――
(この辺境で、ああいう距離感を保てる人間は……)
珍しい。
セラは、決めた。
今日は、少しだけ休む。
無理に先へ進まない。
忠告は、受け取った。
そして、
もう一つ。
(……また会う気がする)
理由はない。
根拠もない。
ただ、
剣士の勘が、そう告げていた。
辺境に住む、
警戒心の薄い異常者。
その正体を、
もう少しだけ、見てみたいと思った。




