第35話:ここで生きると決める
朝の光が、屋根の隙間から差し込んでいた。
昨日と同じ。
一週間前とも、ほとんど変わらない。
レオンは目を覚まし、
少しだけ寝返りを打つ。
身体は重くない。
どこかが痛むわけでもない。
(……起きるか)
自然にそう思えた。
外に出ると、空は薄く曇っていた。
雨は降りそうで、降らない。
畑を見て、
水桶を確認し、
薪の残りを数える。
特別なことは、何もない。
だが――
ふと、頭をよぎる考えがあった。
(……戻る、って選択肢もあるんだよな)
王都へ。
人のいる場所へ。
助けを求めれば、
何かは変わるかもしれない。
だが、その想像は、
どこか現実味がなかった。
戻った自分が、
また何かを期待され、
役割を押し付けられる姿が、
簡単に浮かんでしまう。
それが、嫌だった。
レオンは、畑の端に腰を下ろす。
風が吹き、
草が揺れる。
誰も、見ていない。
ここを離れなければならない理由は、
今のところ、ない。
危険はある。
不便も多い。
決して、楽じゃない。
それでも――
ここでは、
「何者か」にならなくていい。
成果を示さなくていい。
誰かの物語に、参加しなくていい。
レオンは、深く息を吸った。
(……出ていかない)
宣言は、しない。
誓いも、いらない。
ただ、
そう思った。
今日も、
水を汲みに行く。
畑を見て、
火を起こす。
それだけで、
一日が終わる。
だが、その繰り返しが、
もう苦じゃない。
レオンは立ち上がり、
家の方へ戻った。
誰にも聞かれない決意は、
声に出さなくても、
確かにそこにあった。
ここで、生きる。
そう――
静かに、決めた。




