第32話:風呂を作る
その日は、妙に身体が重かった。
畑を耕し、
水を汲み、
薪を集める。
いつもと同じことしかしていないのに、
肩や背中に、じわりと疲れが溜まっている。
「……流したいな」
ぽつりと、そんな言葉が出た。
汚れの話じゃない。
汗や土もそうだが、
身体の奥に残る“重さ”の話だ。
レオンは川を見た。
水は冷たい。
浸かれば、体温を奪われる。
(……温かいのが、いい)
そこで、思い至る。
風呂。
王都では当たり前だったもの。
だが、ここでは完全な贅沢だ。
「……作るか」
誰に許可を取る必要もない。
レオンは、川沿いに浅い窪地を掘り始めた。
石を並べ、
水が溜まるように形を整える。
生活魔法を使う。
土は少しだけ掘りやすくなり、
石は少しだけ運びやすくなる。
だが、
一瞬で完成するわけじゃない。
何度も往復し、
何度も調整し、
ようやく“それっぽい形”になる。
「……よし」
次は、火。
川から汲んだ水を溜め、
熱した石を放り込む。
じゅ、と音がして、
湯気が立ち上った。
手を入れる。
「……熱い。いい」
少し冷まし、
もう一度確かめる。
ちょうどいい。
レオンは、周囲を一度見回した。
誰もいない。
当然だ。
服を脱ぎ、
ゆっくりと湯に浸かる。
「……あぁ」
思わず、声が漏れた。
熱が、身体に染み込む。
筋肉が、ほどけていく。
疲れが、
努力が、
我慢が、
少しずつ、溶けていく。
(……贅沢だな)
食事は粗末。
家も簡素。
畑はまだ、まともに実らない。
それでも――
今、この瞬間だけは、
間違いなく“豊か”だった。
誰かに褒められるためじゃない。
誰かに見せるためでもない。
ただ、
自分が気持ちいいから。
それだけの理由で、
湯に浸かっている。
「……最高だな」
小さく笑う。
王都の風呂より、
ずっと不格好で、
ずっと手間がかかる。
それでも、
満足感は比べものにならなかった。
レオンは、空を見上げた。
風が吹き、
湯気が流れていく。
初めての贅沢は、
誰にも奪われない。
誰にも評価されない。
だからこそ――
本物だった。




