第2話:世界補正の違和感
最初に感じたのは、居心地の悪さだった。
王立学園の校舎は広く、明るく、整っている。
それなのに、レオンの周囲だけ、空気が一段冷たい。
廊下を歩けば、会話が一瞬止まる。
視線が交わり、すぐに逸らされる。
(……気のせい、じゃないよな)
レオンは、特別なことは何もしていない。
誰かに絡んだ覚えもないし、失礼な言葉を投げた記憶もない。
ただ、挨拶をしなかっただけだ。
正確には――
挨拶しようとして、やめただけだった。
向こうから視線を感じて、口を開こうとする。
その瞬間、なぜか喉が詰まる。
言葉が、出てこない。
結果として、無言で通り過ぎる。
「……感じ悪くない?」
小さな声が、背後から聞こえた。
振り返らない。
言い訳もしない。
視界の端に、半透明の表示が浮かぶ。
【好感度:−2】
(……は?)
一瞬、思考が止まる。
何かしたか?
失礼な態度を取ったか?
いいや。
何もしていない。
教室に入る。
席に座る。
荷物を机に置く。
それだけの動作。
だが、隣の生徒が、わずかに椅子を引いた。
距離を取られたのが、はっきり分かる。
(俺、臭いか?)
そんな馬鹿な理由を考えてしまうくらい、唐突だった。
視界に、また数値が浮かぶ。
【信頼:低下】
【警戒:上昇】
(意味が分からない)
授業が始まる。
教師が質問を投げかけ、レオンは正解を知っていた。
だが、手を挙げるのをやめる。
目立ちたくない。
それだけだ。
沈黙。
すると、教師がちらりとレオンを見る。
その一瞬。
――UIが、チラついた。
ノイズ。
数値が一瞬、歪む。
【傲慢】
【他者軽視】
(……いや、待て)
さすがにおかしい。
答えなかっただけだ。
無視したわけでも、嘲笑ったわけでもない。
なのに、評価だけが一方的に決まる。
休み時間。
誰かが落とした書類に気づき、レオンは拾い上げる。
「これ――」
声をかけようとした瞬間、
なぜか、腕が止まる。
数秒の沈黙。
その隙に、別の生徒が拾い上げる。
「あ、ありがとう!」
感謝の声。
レオンは、書類を持ったまま、立ち尽くす。
――そして。
【好感度:低】
【冷淡:固定】
(……俺の意思、どこ行った?)
やろうとした行動と、実際の結果が噛み合わない。
まるで、
途中で操作を奪われたみたいに。
レオンは、ゆっくりと深呼吸する。
怒りは出ない。
恐怖も、まだない。
ただ、確信が生まれていた。
(これは偶然じゃない)
世界が、
“そう見えるように”修正している。
自分の意思とは関係なく。
役割に沿うように。
悪役令嬢らしく。
冷たく。
傲慢に。
そう“解釈される”方向へ。
レオンは、机に視線を落とした。
(……なるほど)
抵抗すれば、もっと歪む。
言葉を重ねれば、さらに悪く見える。
だから――
(黙ってた方が、マシか)
それは選択だった。
だが、同時に、強制への理解でもあった。
世界は、もう動いている。
レオンが何を思うかに関係なく。




