第23話:水と火
住める場所はできた。
だが、生きるにはまだ足りない。
レオンは家の外に出て、村の中央にあった井戸へ向かった。石で組まれた縁は崩れ、つるべは途中で切れている。
覗き込む。
暗い穴の奥から返ってくるのは、乾いた空気だけだった。
「……枯れてるな」
予想はしていた。
人がいなくなった村で、水が保たれているはずがない。
少し考えてから、地図代わりに昨日見た景色を思い出す。村の外れ、森の手前に細い川があった。
距離はある。
往復すれば、半日は潰れる。
それでも選択肢は一つだ。
空の桶を手に、歩き出す。
道は整っていない。
石につまずき、草に足を取られる。
それでも、急ぐ必要はなかった。
川に着くと、水は思ったより澄んでいた。手を入れると冷たい。
「……悪くない」
桶に水を汲み、肩に担ぐ。
重い。
途中で何度か休んだ。
誰かに見られている気配はない。
遅いとも、要領が悪いとも、言われない。
それに気づいたとき、レオンは少しだけ笑った。
村に戻る頃には、日が傾き始めていた。
次は火だ。
拾ってきた枝を組み、擦り合わせる。
――つかない。
もう一度。
それでも、火は上がらない。
「……難しいな」
学園では、火は魔法で簡単に出せた。
だが今は、魔力を使う理由がない。
何度も試す。
指が痛くなり、汗が滲む。
それでも、止める理由もなかった。
ようやく、かすかな煙が立つ。
息を吹きかけると、
小さな火が、揺れながら生まれた。
炎は弱く、頼りない。
だが確かに、そこにあった。
「……ついた」
その瞬間、胸の奥に、妙な感覚が広がる。
達成感……というほど大げさではない。
ただ、静かな納得。
失敗しても、
時間がかかっても、
誰も叱らない。
誰も、ため息をつかない。
レオンは火を眺めながら、ふと気づく。
(俺、怒られる前提で動いてたんだな)
うまくやらなければならない。
効率よくしなければならない。
失敗は許されない。
そう思い込んでいた。
だが、この場所では――
失敗は、ただの過程だった。
夜が近づき、火は少し強くなった。
鍋もない。
豪華な食事もない。
それでも、水があり、火がある。
生きるために、十分だ。
レオンは火のそばに座り、ゆっくりと息を吐いた。
「……不便だな」
そう呟いて、少し間を置く。
「……でも、悪くない」
火は、静かに燃えていた。
誰の評価も受けず、
誰の物語にも属さず。
ただ、ここで、
レオンの一日が終わろうとしていた。




