第21話:何もしない朝
目を覚ましたとき、最初に感じたのは――静けさだった。
鐘の音もない。
誰かの足音も、怒鳴り声も、名前を呼ぶ声もない。
天井は低く、板の隙間から朝の光が細く差し込んでいる。辺境グレイウッドの、半ば崩れかけた廃屋。その一室。昨日、自分で掃いた床の上に敷いた簡素な寝具の感触が、まだ身体に残っていた。
レオンはしばらく、身動き一つせずに天井を見つめていた。
――起きろ、と命じられない。
――遅れるな、と叱られない。
――今日の役割も、義務も、予定もない。
その事実を、頭が理解するまで少し時間がかかった。
「……」
喉から、意味を持たない息が漏れる。
王立学園にいた頃は、目覚めた瞬間から“流れ”が決まっていた。
授業。立場。視線。振る舞い。
何をしても、しなくても、「悪役令嬢」という枠の中で評価される。
だが今は違う。
ここには観客がいない。
判定者もいない。
好感度も、噂も、断罪もない。
……はずだ。
レオンはゆっくりと上体を起こし、きしむ床に足を下ろした。冷たい感触が、現実をはっきりと伝えてくる。
腹は、少し減っている。
水も汲みに行かなければならない。
屋根の修理も途中だ。
やることは、ある。
だが――“今すぐやらなければならないこと”は、ない。
そこで、ふと思考が止まった。
(……どうしよう)
言葉にしてみて、レオンは自分でも少し驚いた。
焦りはない。
不安も、恐怖もない。
ただ、選択肢が白紙であることへの戸惑い。
(悪い意味じゃないな、これ)
誰にも急かされない朝。
失敗しても、責められない時間。
何もしないという選択すら、許されている。
レオンは立ち上がり、軋む扉を開けた。
朝の冷たい空気が流れ込む。荒れた土地、遠くの森、鳥の声。世界は相変わらず厳しく、決して優しくはない。
それでも。
「……今日は、ゆっくりでいいか」
誰に聞かせるでもなく呟いて、レオンは外に出た。
何もしない朝は、罰ではなかった。
それは――ようやく手に入れた、自由の形だった。




