第17話:馬車の中で
馬車は、静かに進んでいた。
石畳の振動が、一定のリズムで体に伝わる。
ガタゴト、という音が、妙に心地いい。
窓から見える学園の尖塔は、
もう小さくなり始めていた。
――遠ざかっていく。
それだけのことなのに、
胸の奥が、ふっと軽くなる。
レオンは、背もたれに体を預けた。
誰もいない馬車の中。
視線も、評価も、役割もない。
視界の端に、半透明のUIが浮かんでいる。
だが、いつもと違った。
文字が薄い。
数値の輪郭が曖昧だ。
これまで、常に感じていた
「押し付けられる感覚」がない。
(……軽いな)
圧迫感が、消えている。
感情の数値は表示されているが、
まるで参考情報のようだ。
上下しない。
警告も、補正も、入らない。
――監視が、緩んでいる。
それに気づいた瞬間、
レオンは、無意識に息を吐いていた。
深く、長く。
肺の奥まで空気が入る。
こんな呼吸をしたのは、
いつぶりだろう。
窓の外を流れる景色は、
王都の華やかさから、
少しずつ素朴な色へ変わっていく。
人の数が減り、
建物が低くなり、
空が、広くなる。
(……ああ)
胸の内に、
はっきりとした言葉が浮かぶ。
(自由だ)
実感だった。
これからどう生きるかは、
まだ決めていない。
辺境の生活が、
楽かどうかも分からない。
行き先は、
グレイウッド。
魔物が出る。
土地は痩せている。
人も少ない。
――条件だけ見れば、最悪だ。
それでも。
誰かの都合で、
感情を動かされない。
役割を演じさせられない。
「こうしろ」と、
世界に言われない。
それだけで、十分だった。
レオンは、目を閉じる。
不安は、ない。
期待も、ない。
ただ、
静かな空白がある。
埋める必要のない、余白。
(ここからは……俺の番、か)
誰に宣言するでもなく、
心の中で、そう思う。
馬車は、変わらず進む。
学園は、もう見えない。
UIは、ほとんど存在感を失っている。
役割の鎖は、
完全には外れていない。
それでも、
確実に、緩んでいた。
レオンは、
初めて「何もしない時間」を味わいながら、
小さく笑った。
それは、
誰にも見せる必要のない、
本当の表情だった。




