第10話:内心は静か
その日から、学園の空気が変わった。
――いや、正確には、変わったように見えるだけだ。
レオンは、いつも通り登校し、
いつも通り席に座り、
いつも通り授業を受けていた。
何も起きていない。
それが、逆に分かりやすかった。
視線が合わない。
話しかけられない。
隣の席が、少しずつ空いていく。
昨日まであったはずの「日常」が、
静かに撤去されていく感覚。
(……ああ、来るな)
予感ではない。
推測でもない。
理解だった。
もう、工程は終わっている。
必要な感情は集まり、
物語は次の段階に進む。
レオンの視界には、
相変わらず半透明のUIが浮かんでいた。
数値は、もう大きく動かない。
下がりきった好感度。
固定された警戒。
曖昧だった項目が、はっきりとした名前に変わっている。
【悪役】
【排除対象】
(完成した、って感じだな)
恐怖はなかった。
断罪される未来が見えているのに、
心拍は普段と変わらない。
怒りも、湧かなかった。
理不尽だとは思う。
納得もしていない。
それでも、感情は動かない。
――ああ、これだ。
前の人生の、
最後の頃と、よく似ている。
抗議する気力がなくなり、
説明する意味も感じられなくなり、
ただ「終わり」を待っていた、あの感覚。
(また、同じ顔をしてるな。俺)
鏡を見なくても分かる。
きっと、無表情だ。
冷たいと言われる顔。
悪役令嬢にふさわしい、感情の薄さ。
けれど、内側は違う。
冷えているのではなく、
疲れているだけだ。
誰かの都合で役割を与えられ、
それを演じさせられ、
最後に責任だけを押し付けられる。
もう、何度目だろう。
レオンは、ふと考える。
(これ、反論したらどうなるんだろうな)
おそらく、
言葉は歪められ、
態度は誇張され、
“反省のない悪役”という評価が追加されるだけだ。
それは、もう知っている。
だから、しない。
抵抗もしない。
訴えもしない。
ただ、待つ。
終わりが来るのを。
――追放。
――断罪。
――破滅。
呼び方は何でもいい。
それは同時に、
この場所から解放されるという意味でもあるからだ。
(……自由、か)
その言葉を思い浮かべても、
胸は高鳴らない。
期待も、しない。
ただ、
「ここではなくなる」という事実だけが、静かに置かれている。
教室の窓から、校庭が見える。
王子を中心に、
人が集まり、
笑い声が上がっている。
世界は、正しく回っている。
――レオンを除いて。
それでいい、と
心のどこかで思ってしまう自分がいた。
(早く、終わらないかな)
それは逃げでも、
諦めでもない。
静かな選択だった。
また役割を押し付けられるなら、
せめて次は、
誰の目も届かない場所がいい。
レオンは、机に頬杖をつき、
ゆっくりと目を閉じる。
嵐の前だというのに、
心の中は、驚くほど静かだった。
それが、
この世界にとって、
一番の“異常”だとも知らずに。




