5章 過去は元凶
クラスメイトのある男子がこの最近、すごく見てくる。
なぜなのだろうか。少し嫌な予感がする。
そう思った私は、なるべく1人にならないようにした。
その男の子は月城と言った。
月城の印象は、とにかく無表情で静かなイメージだった。
そして、よく高橋と井上と一緒にいる。
それ以外ではずっと何もしていない。
顔面偏差値はそこらへんの男子よりも少し上だろうか。
だからなのか、数人に告白されている。
だが、了承したことはない。
一回だけ2人で話したが、無口で空気が読めなくて、私の本性を見抜いているような目をしていた。
しかも、朝に無表情でいた時のことを見られていた。
焦ったが、よく考えると、月城が話す相手は井上と高橋しかいない。
それに、話したとしても、信じない人がほとんどだろう。
そして、月城と話していて、どこか私に似ているような気がした。
春休みに入り、数日が経った頃、友達からクラス全員でカラオケに行くという計画が出てきた。
私はそこまで乗り気ではなかったが、友達がものすごいやる気を出していたため、了承した。
カラオケの当日には、月城もいた。
だが、私はずっとクラスで仲がいい友達と話していたからか、月城は近づいてこなかった。
そして、少し柄の悪い男子たちが月城をからかいに行った。
そこからずっと座っていた月城が立ち上がり、マイクを持って、ミセスの曲を歌手なのかというほどに上手に歌った。
点数は100点満点。
ミセスで100点をとる人なんて見たことがない。
その後、みんなが月城に歌ってほしい曲をどんどん入れ始めて、月城の1人ステージとなった。
今回のことと、2人で話したことにより、月城は普通ではないということに至った。
もう春休みが終わろうとしている。
普通の学生ならば、春休みが終わってほしくないとでも思うのだろうか。
残念ながら、俺はなんとも思わない。
だが、俺は橘と話すために計画ともいえない計画を立てた。
俺は橘を下校時間になった時に誘い、噂になることを覚悟で話そうという計画である。
当たって砕けろとはこのようなことなのだろうか。
春休みが明け、俺は中学2年生となった。
俺は、計画通りに玄関で橘を待った。
そして、よくいる女子と橘が出てきた。
「橘さん、ちょっと話をしたいんだけど、いいかな?」
俺はそのまま直接言った。
「いいよ」
橘は普通に承諾してくれた。
意外だった。
俺は誰にも聞かれないように、もう誰もいない教室に向かった。
教室に入ると、ドアを閉めた。
「橘さんの言う、空気を読むのはわからなかった。これって、普通はわかるものなのか?」
俺は謎に思っていたことをそのまま言った。
「うん、そうだね。普通ならわかるだろうね」
やっぱりそうなのか。
なら、ここからは、一番気になっていることを聞こう。
「橘さん、いつも感情が全くこもってないような表情をしてるけど、なんで?」
そう問うと、橘は少し驚いたような感じを出していた。
「そんなことないと思うよ」
橘はいつものモノクロの笑顔で答えた。
このままでは話してくれないだろう。
こんな時はどうしたら良いのだろうか。
確か、漫画で自分の話をしてたような気がする。
「ちょっと、俺の話をしていいかな?」
俺は自分の話を誰かにするのは初めてだ。
だが、それ以上に橘のモノクロの表情が何なのかを知ってみたい。
「?いいよ」
橘は断らなかった。
俺は、母親だけで育てられた。
だが、母親と関わるのは保護者が必要な時だけだった。
日常でも、母親と顔を合わせることはなかった。
母親は仕事の事情で朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくる。
母親と話したのは、必要最低限だけで、普通の会話というものがなかった。
そのため、物心着く頃から人と関わらなかった俺は話せるものの、感情というものが芽生えなかった。
そして、少し前に母親が亡くなった。
それでも、俺は悲しいとか寂しいなどの感情は湧いてこなかった。
今までの人生で、俺は普通ではないことを自覚した。
俺は、自分が普通ではないことを自覚してから、「普通」というのを知るために様々な人を観察したり、テレビやアニメ、ドラマ、漫画、小説など、たくさんの資料を数多く見た。
それにより、何となく相手の感情などはわかるようになったが、自分には感情が湧かなかった。
俺は努力を尽くした。
色んな本を読んだり、ネットで調べたりした。
それまでに、俺は何百通りもの対策を講じた。
だが、それも意味をなさなかった。
皆が楽しい、悲しい、嬉しいなどの多彩な感情を放っている中、俺だけがモノクロの無だけだった。
別に皆が多彩な感情を放っていることは羨ましくも悔しくもなかった。
何とも思わなかった。
何とも思わないことが悲しいとか焦りとかもなかった。
しかし、このままでは社会的に生きていくことが難しいだろうと俺は確信した。
そのために、感情が湧かない代わりに、相手の気持ちをよくわかるようにすればいいと思い、人の感情について調べた。
そんな中、俺の見る中で唯一俺と同じモノクロの色を含んでいる人がいた。
それが橘だった。
だから、俺と同じモノクロならば、知っていることもあるのではないかと思った。
それが何かの手がかりになるかもしれない、そう思って橘と今こうして話しているのだ。
「まあ、こういうことだよ」
俺は長話をして一息ついた。
「そうか、月城は私と同じような感じだったのかな」
橘からは、モノクロではないくもり雲のような色が放たれていた。
これには、同情、哀れみ、悲しみという感情が含まれている。
「同じって、どういうこと?」
橘と俺とでは必ず同じってことはないだろう。
なら、なんで橘はこんなにも感情が乏しくなってしまったのだろう。
橘は完全に感情がないわけではない。
ただ、嬉しいや楽しいという明るい色がないのだ。
そして、ほとんどがモノクロの色を含んでいる。
そういえば、俺の呼び方が月城くんから月城になっている。
それに、優しいような話し方ではなくて、色を帯びていないような話し方になった。
表情も感情を含んでいない無だ。
これが本来の橘なのだろうか。
それならば、俺も本来の自分にしなければ失礼なのだろうか。
「月城は話してくれた。私も話さなければならないだろう」
ということは、橘の話が聞けるのか。
「ありがとう」
俺は橘が話してくれるなんて思ってなかったし、まだ少しでも感情がある橘にとっては辛い話かもしれないのだ。
ここは感謝を述べたほうがいい。
そして、橘は話し始めた。
私は、金持ちの家に生まれた。
家はとても広く、使用人もいた。
ここまで聞いたらとても羨ましいと思われるだろう。
だが、親はいつも海外に出かけており、帰ってくることはない。
それに、手紙が来たかと思えば、お見合いの相手の紹介や誇り高き橘家としての振る舞いなど、家族に向ける言葉ではないようなものがきた。
親は写真でしか見たことがない。
その代わりに、物心着く頃からいる使用人と幸せに過ごしていた。
その使用人は私の親代わりだ。
だが、それは違った。
ある日、夜中に目が覚めて飲み物を飲むために使用人を呼びに行った。
使用人のいる部屋へと向かったら、夜の11時だというのに、電気がついていた。
齢5歳の私は、使用人たちを驚かせようと思い、ドアの隙間を少し覗いた。
すると、聞こえてきたのは、幼い私には絶望するような内容だった。
使用人たちが話してた内容は、幼児1人を相手にするだけでいい給料をもらえるなんて本当にラッキー、みたいな感じだ。
それに、私が一番絶望したのは、「お嬢様が俺たちに愛されていると思っているのが滑稽だよな」と言っていたことだった。
自分は愛されている、家族のように仲がいいと私が一番信頼していた使用人たちはただ、お金目当てに集まったゲスやろうだった。
私は、愛されてなどいなかったとわかってから、愛や楽しいや嬉しいという感情がどのようなものなのか忘れてしまった。
使用人たちは解雇し、新しい家政婦を雇って食事などの家事をしてもらった。
私は、もう2度と騙されまいとたくさんの知識や常識、振る舞い方を必死になって学んだ。
生憎、お金だけはたくさんあった。
そうして、今の猫被りの私が出来上がった。
話が終わると、橘は少し目を伏せていた。
やはり辛い身の上話だったのだろう。
「そうか、それは辛かっただろう」
俺は、同情がわからなかったから想像で代用するしかなかった。
「どう?私の話を聞いて何か掴めた?どうせ何も掴めてなどいないだろうけど」
橘の話を聞いても、俺は一ミリも何も思わなかった。
広大な心のどこかにひっそりと隠れている感情は出てこなかった。
「あぁ、何も、思えなかった」
だが、俺はこれだけでは諦めない。
1人で探していた時も何百通りもの方法を試した。
結果は何もなかったが、相手の感情を読むということは何となくできるようになった。
それならば、2人で感情を掘り出そうとしたらどうなるのか。
2人で試したら確率も上がるのではないか。
そう思って、橘に話しかけたのだ。
「でしょうね。諦めなさい」
橘はもうわかりきっているかのように言った。
「けど、橘がこれから協力してくれるなら何かわかるかもしれない」
そう、橘は楽しいや嬉しいなどの感情はないが、苛立ちや悲しみなどの感情はまだ残っている。
ならば、その感情だけでいいからどのようなものかを聞いてみたい。
「もう、失ってしまった感情は取り戻せない。それに、めんどくさい」
橘はすでに感情を取り戻すことを諦めているようだ。
なぜ諦めるのだろう。
なぜ感情は取り戻せないのだろう。
言っては悪いが、俺は感情がまだ生まれていないから感情が芽生える可能性が高いのかもしれない。
「めんどくさい?めんどくさいってどんな感じなんだ?俺は何事にも何も思わないからどんな感じか全くわからないが、橘はわかるんだな」
人がよく言うめんどくさいでさえ、俺にはわからない。
精神的に疲れると言う言葉もあるが、それもわからない。
俺には触れたことがない世界である。
「そう言われても、めんどくさいはめんどくさいだから、。」
橘は若干引いている。
なぜなのだろう。
どうやったらそんな感情が出てくるのだろう。
「つまり、自分で思うよりも先に感覚的に思ってしまうものなのか。なら、どんな時にめんどくさいって思うんだ?」
やはり、一人よりも感情がある人と調べたほうが捗るな。
俺は感情に関しては赤子のようなものだ。
なぜ、俺は二人で考えるという方法を思いつかなかったのだろう。
「今」
今?
「今ということは、俺の何かがめんどくさかったんだな。どこがどうめんどくさいんだ?」
ここまで感情について一気に学べたのは初めてだな。
やはり、感情を持っている人が一番の見本だな。
「それ、調べて何か意味あるの?」
橘は軽蔑、怒り、哀れみ、わからないがそんな感じの目をしている。
「意味、っていうか、感情について何かの足掛かりになるかもしれない」
そう、意味はないのかもしれない。
だけど、このまま俺だけが感情の世界に入れずにモノクロの世界に居続けるのは何か違う気がする。
橘は色彩の溢れる世界とモノクロの世界、半分ずつ入っている。
だからこそ、諦めることができるのかもしれない。感情を持っているからこそわかる景色があるのかもしれない。
俺はその景色を見たいわけではない。ただ、理解したいだけだ。
写真でもいい、自分自身でなくても感情があるように完璧に見せたい。
それだけなのだ。
そう、それだけのことなのに、俺は未だにできていない。
「うざいね、月城。確かに私とあんたは似ているかもしてない。けれど、感情に対する考え方は全く違う」
橘は静かに立ち上がり、いつもの猫被りの橘に戻ってさよならと言って帰っていった。
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