4章 春休み
橘と二人で公園で話しをした日から数日が経った。
あれから橘とは話せていない。
空気を読むということがわかったわけではない。
橘は一人になる時間がないのだ。ご飯を食べる時も、登校時も、どこへ行っても誰かが必ずいる。
唯一、一人になる時はというと、家にいる時だけだろう。
流石に家まで尾行するのは色々と問題があるためやらない。
橘のあの、モノクロの表情の理由。
いつも笑顔で楽しそうな橘が俺と似ているのはなぜなのだろう。
考えても答えはわからない。
自分の知識の中にあるもの以外はわからない。
特に、感情が関わっているものはわからない。
橘が一人になる時を狙い続けて、春休みに入った。
春休みになるまで、一度も話せなかった。
なので、待つのは諦めようと思う。
春休みになり、俺はまず宿題に取り組んだ。
学校が公立なこともあり、宿題は多くはない。そのため、1日で宿題は終わった。
宿題が終わったのはいいが、することは何かを見ることしかない。
昔、一度だけゲームをしたことがあるが、面白いとは思えなかった。
感情について知るためにアニメや漫画、テレビ、ユーチューブなどをよく見るが、面白いとは思えない。
何をしても何も感じない。
俺がユーチューブをスマホで見ていると、井上からメッセージが来た。
《クラス全員で遊ぼうって話が来てるんだけど、お前はどうする?俺は行くぞ》
メッセージをよく確認すると、行き先は近くのカラオケらしい。
クラス全員ならば、橘も参加するだろう。
もしかしたら話せるかもしれない。
俺は参加することにした。
クラスで遊ぶ日。
俺は集合場所であるカラオケについた。
もう半分ものクラスメイトが到着していた。
その中に井上と高橋もいた。
俺は2人のところへ向かった。
それに気づいた2人は手を振っていた。
そして、2人のところへ着くと、3人で話し始めた。
「おはよう、月城」
井上が優しい笑顔で挨拶をしてきた。
この優しい笑顔を好きになる女子もいるらしい。
「おはよう」
俺は挨拶を返した。
「おう、おはよっ。てか、月城がカラオケに来るなんて珍しいな」
高橋が物珍しそうに俺を見てくる。
「確かに月城、カラオケに誘ってもこないもんな」
井上も高橋の意見に賛同したみたいだ。
思えば、カラオケは歌を歌う場所らしいから行こうとは思えなかったような。
まあ、今回俺が歌うつもりはないが。
強制参加ならば一曲くらいは歌ってもいいが、強制でないならば歌うつもりはない。
そう話していると、もう全員集まったみたいで、カラオケに入っていた。
そして、カラオケのでかい空間に入ると、飲み物を頼むらしい。
俺は無難にお茶にした。
味は違えど、何も感じないのならば、どれも同じである。
飲み物は俺にとってただ、体の水分を補給するためだけのものだ。
俺は、お茶を飲むと、橘を探した。
探そうと周りを見ると、少しして、橘を発見した。
いつものメンバーの中心にいるようだ。
そしたら、一軍男子が近づいてきて俺の前で止まった。
なんだろう。俺に用事があるのだろうか。
「おい、お前。まだ歌ってないだろ。1人一回は歌う決まりだ」
一軍男子の中でも特にガラが悪いと言われる人が言ってきた。
そうか、1人一回は歌わないといけない決まりなのか。
それならば仕方がない。
「わかった」
俺は一軍男子から曲を決めるアイパッドを受け取った。
歌おうか。さて、どの曲にしようか。
聞いてみよう。
「なぁ、井上。俺、どの曲歌えばいいと思う?」
俺はちゃんとしている井上に頼った。
「え!月城歌うの!?初めてじゃね?」
俺が話しているのを聞いてしまったのか、高橋が会話に入り込んできた。
「確かに初めてかもな。それで、何を歌えばいいか、だっけ?」
井上が聞き返してきた。
「あぁ」
俺は答えを待っていた。
「そうだな。人気の曲とかでいいんじゃないか?」
井上はふざけた答えを言ってこないから助かるが、人気の曲にも色々ある。
困ったな。
「ならさ、ミセスの曲歌ってよ」
高橋がまたもや会話に入り込んできた。
だが、これでまとまった。
人気の曲でミセス。
ランキングで最初に出てきたミセスの曲を歌おう。
ミセスの曲ならよく店などで流れている。
歌えるだろう。
俺はミセスの曲を選択した。
すると、ちょっとカラオケ内がざわついた。
なぜだろう。
まあいい。
俺は先ほどまで歌っていたクラスメイトからマイクを受け取った。
みんなそれぞれで話しているからそこまで注目を浴びないだろう。
ん?なんでこんなにも静かなんだ。さっきまで騒音レベルで騒いでいたじゃないか。
しかも、視線が全て俺に集められているような。
あ、もう少しで歌い始めだ。
気にしても仕方ないか。
俺は歌を歌うとストレス発散になるとか、楽しいだとかはわからない。
歌なんて、音程とリズムを合わせて声を出すだけではないのか?
そう思いながら俺は歌った。
その間、クラスメイトの声は聞こえなかった。
歌い終わると、ものすごく静かだった。
だが、そんなことは気にせずにもとの場所へと帰った。
すると、高橋が俺のところへきた。
「お、お前、そんなに歌上手いのかよ。なんで誘ってもカラオケこなかったんだよー」
高橋は俺には理解できない感情で話しかけてきた。
「うまい?歌って上手か下手かの違いなんてあるのか?」
俺には上手とか下手とかはよくわからない。
それに、さっき俺は普通に音程とリズムを合わせただけなんだが。
「うまいに決まってるだろ!見ろよ、あの100点満点の表示を!」
100点満点?
カラオケって満点しか出ないんじゃないのか?
俺ですらこの点数なんだから。
「普通」
俺はそう答えた。
「はぁ?」
高橋は意味がわからないというような少し怒りの感情が見えた。
「まあまあ、高橋。怒りを収めて。月城は言葉が足りないぞ」
井上が俺と高橋の間に入った。
そうか、俺には言葉が足りなかったのか。
「月城はカラオケにきたことがないから100点が普通だと思ったんだろ?」
井上は俺の方を見ながら言った。
俺は井上の問いに頷いた。
「そっかぁ、初めてなら仕方ないかぁ。てことは、月城天才かよ」
高橋は納得した。
さすが井上というべきだろう。
だが、そこからが俺の運のつきというべきだろう。
なぜなら、歌がうまいと知って、クラスメイトが色々勧めてきたからである。
カラオケの時間が終わるまで、俺は歌い続けた。
家に帰って、俺はカラオケに行った目的を思い出した。
橘と話すためだった。
だが、残念ながら橘と話すことは叶わなかった。




