第14章
黄金都市の宿舎にて――。
「これが俺たちの部屋?」
レガルはニカラが案内したロッジをのぞき込み、思わず固まった。床に雑魚寝用のベッドが並び、部屋の真ん中を滝が流れている。
「そうよ」とニカラ。
「外の街はあんなにキラキラなのに、中は装飾ゼロで床寝ってどういうこと? もうちょい気合い入れてほしいな」
「長居する客は少ないの。高級ホテルじゃないわ」
「神は寝なくても平気っすから!」とジュウシン。
ユウは滝に手を入れてみる。「一日三食は出ます?」
「グランターに聞きなさい。……ただし出される物の一部は信用しない方がいいわよ」とニカラ。
「あ、姉さんたち忘れてた。迎えに行ってくる!」
レガルが扉を開けた瞬間、ロノヴァが召使い二人の首を片手で吊り上げ、ぽとりと落として殺したところだった。床には命乞いする使用人たちが足元に口づけている。
「お願いです、命だけは――」
ロノヴァは足をその男の頭にのせる。
「褒め称え続けろ。――そして死ね」
召使いたちは慌てて賛美を続ける。
「うわ、やべ」とレガル。
一人が這って逃げ出そうとした瞬間、ロノヴァの視線が刺さり、即座に停止。
隣ではレーヤが壁に向かって歩き続け、足元の死骸と哀願にも気づかない。レガルは二人の腕をつかんだ。
「はいストップ! これ以上は殺さない――」
背後にスマソニが現れ、不機嫌に眉をひそめた。
「言ったはずだ。闘技場以外での暴力は厳禁だと」
「仕方ないんだって! 筋金入りの連続殺人鬼だから!」
召使いの一人がスマソニを見るなり安堵のため息をもらす。
「旦那様! 本当に、彼女は正気じゃ――」
「止めろと言った覚えは?」ロノヴァの声は氷点。
彼女の片眼がきらりと光っただけで、周囲の召使い全員の心肺が麻痺し、ばたりと崩れ落ちた。
「事情は了解」とスマソニ。
「おまえたちのチームには“罰則”を与える」
「あー、やば」
「全員を集めろ、レガル。**明朝一番で“敗退決定戦”**だ」
「敗退決定戦?」
「他のチームは第四ラウンドへ進む。だがおまえたちだけは例外だ。――勝ち残りたければ、明日勝て」
スマソニは屋敷へと戻っていく。レガルはレーヤとロノヴァを見て肩を落とした。
「俺たち、終わってる」
ロノヴァを指差す。
「君の殺戮ツアーのせいで、こうなったんだが?」
ロノヴァは答えず、死体を靴先でつつくだけ。聞こえていないのかもしれない。
「……だよね」
外にユウ、窓からジュウシンが顔を出す。
「どうしたの?」
「試合、完全に不利になった。詰んだかも」
「その通りだ」
長身、上等のコートとスーツ。灰白の肌と髪の神が、すっと現れた。レガルとユウは思わず身を引く。
「あなたは?」
「ゼロ。――**“ゼロの神”**だ」
「名前のパンチ、強っ」とユウ。
「やあゼロ。ご用件は?」とレガル。
「あるとも。――悪徳のガキどもがこの大会で何をやっているのか、現王者として説明してもらおうか」
「チャンピオン? すげ――」
BOOM
レガルの左腕が吹き飛ぶ。
「いってぇ。――それはひどい」
「おべっかは要らん、“僭主”」ゼロは吐き捨てる。
「望むのは一つ。――決勝でおまえとその姉妹を叩き潰すことだ。……だが今の状況じゃ、そこまで辿り着けまい」
「いや、俺たちはやるよ。下克上で勝つ!」
反対の腕も吹き飛ぶ。
「ちょ、やめて!」
「序列を教えてやる」
指を鳴らすと、影から四柱の神が現れた。男三、女一。
「我ら“天津神廷”。――多元界の上位神。この大会で勝利すれば、誰か一柱が“最高神”に昇格する」
「神って何段階あるの?」とレガル。
「多いさ。下位/中位/上位/最高/原初」とゼロ。
「紹介しよう」
尖った髪の若神を示す。
「ハヤテ――“速度の神”」
若神は興奮を噛み殺し親指を噛む。
髪を指で弄ぶ若い女神を示す。
「カガミヒメ――“鏡の女神”」
彼女は一瞬だけレガルを見てまた髪へ。
「ラクロ――“殺戮の神”」
ラクロは唸り、ユウとレガルを睨む。
「待つ意味がねぇ。今すぐバラす」
最後に騎士甲冑の大男の肩を小突く。
「ケンセイ――“騎士道の神”」
「万の騎士の誉れを以て、貴様らに相応しい最期を与えてくれよう!」
五柱は整列し、ゼロの隣に立つ。
「なんで俺たち狙い撃ち?……あ、そうか」とレガル。
「殺す獲物が増えた」とロノヴァ。
「死ね」
ロッジの中からニカラが顔を出す。
「扉の外、何の騒ぎ?」
「さあ? 見て来ようか、女王ニカラ!」とジュウシン。
「ダメ。……“女王”って呼ぶな」
「話せてよかった! じゃ、俺たちは中に――」
踵を返したレガルの肩を、ゼロがつかむ。
「待て。明日、誰と戦うか知っているか?」
「相手チーム?」
「チーム64。――誰が出ると思う?」
ゼロがハヤテを指す。彼は満面の笑み。
「**“速度の神”**だ」
「それは……詰んでる」
「せいぜい足掻け、オトカミの小僧。――幸運を祈る」
⸻
翌日――。
「二日目到達、おめでとう!」スマソニの声が天上から轟く。
「発表だ。諸事情により、全チームを第四ラウンドへ進出させる!」
どよめきと歓声。
「――ただし一つを除く。チーム1は進出ならず」
観客も神々も一斉にレガルたちを見る。レガルは後頭部をかく。
「はい完全に詰みましたー」
「チーム64、代表者は?」
ハヤテが稲妻のように前へ。
「ハイ!」
「よし。チーム1は誰を出す?」
ニカラがレガルの頭の中で囁く。
「速度神は手練。ジュウシンとロノヴァは既に出場。残りはあなたとレーヤとユウ」
「じゃ、俺が行く。レーヤは速いけどポンコツだし、ユウは……ユウだし」
「行くなら、次は彼女らが出るまであなたは出場不可よ。――本当にいいの?」
「うん。何とかする」
レガルが前へ出る。ハヤテは快哉を上げる。
「“放蕩息子”か! 最高!」
「レガル・オトカミ前へ!――観客は退いて。並の試合では済まない……」
スマソニが手を振り下ろすと、黄金のレーストラックが長大に伸びる。
「“デスレース”だ! 先にゴールした者が勝ち。敗者は脱落! 走りながら攻撃可、ただしショートカット禁止!」
「俺の得意分野!」とハヤテが舌なめずり。
「名付けて――“宇宙横断レース”!」
「速度の神と競走? 自殺コースだろ……」
「大丈夫、スタートに並びなさい」とニカラが笑う。
「大丈夫って何が」
号旗が掲げられ、ハヤテが構えにつく。
「見てなさい」
レガルも並ぶ。観衆のどよめき。
「誰を応援するの?」とレーヤ。
「二人とも死んだら、そこで拍手」とロノヴァ。
「了解!」
「頭おかしいの?」ジュウシンが呟き、
「普通じゃないよ。――他の姉妹も」とユウ。
スマソニが二人の間に立つ。
「Ready?」
二人がうなずく。
「On your marks……」
ハヤテがにやり。
「Get set……」
レガルの身体が黒へと変わり、暗い四眼が浮かぶ。
「Go!」
瞬間、二人は消え、気づけば宇宙空間。レガルは黄金トラックを疾走していた。
「うお、どこまで飛んだ?」
「この宇宙の四割は越えたわね」とニカラ。
「どこまで走らせる気?」
ハヤテがさらに加速し、差を広げる。
「ついて来いよ、のろま!」
「もっと速くできない?」
「お願いすればよかったのに。――腕を組んで、ほどいて」
レガルがやると、爆速が乗り、ハヤテを抜く。
「反則だろ! “ターボブースト”!」
彼は一瞬で点となり、消える。
「粉塵でも食ってな!」
「これが“余裕”?」
「今の私、全力の十五%。――もう一回」
同じ動作でさらに加速。瞬く間に背後へ迫る。
「またかよ! どうやったら振り切れる!?」
「現宇宙の七割。……それ以上は身体が燃えるからブレーキ」
「はあ!?」
「やあやあ」とスマソニの声。二人は周囲を見るが姿はない。
「言い忘れてた。俺、“音の神”**でもあるんだ」
「聞いてない!」
「声はどこへでも届く。――原初神の特権だね」
「うるさい原初」とニカラが嘲る。
「さて、レガル。速度神と渡り合うのは大したもの! じゃ、試すか。――“黄金ゴーレム”出撃!**」
巨大な金の巨像がポータルから落下し、棍棒や斧を構えてトラック上を塞ぐ。
「健闘を祈る!」
「ありがとよ……」
「こんなの雑魚!」ハヤテは瞬時に百体を貫いて視界から消える。
「待たないタイプだな!」
「追うわよ。――手を出して。黒槍を作る」
掌に黒い槍が形を取る。
「振れ!」
レガルが薙ぐと、最前のゴーレムが後列を連鎖で巻き込み、五十体まとめて吹っ飛ぶ。
「やった!」
「もう一度」
押し寄せる群れ。レガルは槍を地に突き、黒波を走らせ金塊の山に変える。
「今の、殺してないよね?」
「無生物よ。心配無用」
群れを削りながら、レガルは極限まで加速。
「レガル、減速! 今のあなた、大半の神より速い!」
「でも、あそこに――」
前方には残像を撒き散らすハヤテ。
「それ以上は身体が裂ける!」
「でも俺、復活できる」
「何時間(何年)かかるの?」
「……知らん」
「でしょ。――安全に勝つなら、落とすの」
「え?」
「殺さなくていい。足場を奪えば走れない**」
「でも宇宙に落ちたら――」
「神は真空でも生きる。――闘技会よ、戦え」
「わかった。じゃ――」
ハヤテの蹴りがレガルの脇腹をえぐり、宇宙へ吹き飛ばす。
「捕まえた!」
レガルは背後へ回り、槍の石突で弾くが、ハヤテは高速連打で背を打ち抜く。
「やめろぉ!」
ハヤテは首根っこを掴み、トラック上を引きずる。
「ラン&ランだ! “ブリッツ”!」
目を開けたとき、別宇宙。
「は?」
「宇宙百五十一個を跨いだわ。――よく持った」
「見ろ! ゴール!」
「勝つのは俺だ!」
ハヤテが彼方のゴールへ疾走。レガルが問う。
「ニカラ、あとどれくらい出せる?」
「レガル――」
「たった数秒!」
「レガル!」
「二秒だけ! あそこだ!」
「はぁ……――陸上のフォームを取って」
「任せろ!」
レガルが腰を落とし、四眼が黒く閃く。――消えた。
……?
気づけば赤い空。壊れ果てた惑星を俯瞰し、世界規模の戦闘。
「なんだここ――」
中央に三つ首の巨大竜。その頭頂に、レガルと同じ白磁の肌、淡紫の髪と瞳の少女。
「全部殺せ!」
……?
次の瞬間、トラック。ゴール直前。
「行け、レガル!」
横にはハヤテ。互いに手を伸ばす。レガルは身を投げ込む。ハヤテは衝突。
「レース終了!」スマソニ。
「判定中……」
間。
「写真判定の結果――レガルの勝ち! チーム1は残留**!」
「あり得ない! 俺は速度の神だぞ!」
「悪いな」
ハヤテの身体が震え、雷光となって爆散する。
「うわ、えげつな。神さま可哀想」
「復活するわ」とニカラ。
レガルは自分の手を見る。
「さっきの場所……何だったんだ」
「どこの話?」とニカラ。
「……いや、なんでも」
「全員、アリーナへ帰還!」スマソニが告げる。
「第四ラウンドを――始めよう」
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