第13章
……?
オトカミは巨大古都の廃墟に姿を現し、その左右にはロイヤルとレメディが並んでいた。
「まだ手つかず……。――いや、何かが残っている」
「父上、ここはどこですか」とレメディ。
「カミヤシロ――九つの神都の一つだ」
「神都?」とロイヤルが首をかしげる。
「ああ。神々が現世に築いた拠点だ。各々、別の惑星に点在する。ほとんどは数千年前に滅んだ。ここはアメノホシ――黄金期に神々が好んだ星」
三人は中央の大神殿を目指して瓦礫の街路を進む。地には屍が無数に転がり、
「はっ、どうせ自業自得」とロイヤル。
「どうでもいい。――父上に従えばいい」とレメディ。
「知ってるって」
大神殿の扉の前に立つと、オトカミが触れただけで扉は自動に開いた。
「幾劫を経ても、まだ時の審判に耐えているか……」
脳裏に一瞬、金黒の衣をまとった自分と、顔を隠した十九の影が円卓を囲む光景がよぎる。オトカミは振り払う。
内部には巨柱、壁一面の碑文、中央の円卓、そして二十体の巨大像。
「……ここ、最近も誰かが来た痕跡がある」
二人は黒金の神殿を見回し、ロイヤルが手を挙げる。
「ねえ、ここって何歳?」
「数十億年。――**神々の視線**はとうに去った。祈る凡びとはもう来ない」
「父上のお手伝い、ありますか」とレメディ。
オトカミは二人の肩に手を置く。
「“オリジン(万物の母)”が我らの支配に目を向けた。――まもなく戦になる」
「オリジン?」
「“創元”、すべての母。――昔話はまた今度だ。今は危険なものを見せよう……」
彼が円卓の中心に手を置くと床板が剥がれ、地下室が口を開く。
「来い」
三人は闇へ降りる。――その一部始終を、黄金の光が遠見していた。
光の向こう、影に隠れた存在たちがひそやかに言葉を交わす。
「無限がまた現実を弄ぶ。――裁きは逃れられぬ」
「万物の母が照準を合わせた。序列は乱させぬ」
「行方不明の同胞はどうする」
「潜伏中だ。――均衡は脅かさぬ。長居したのはオトカミ。彼と“簒奪者”は処理する」
背後で黄金光がまた微かに瞬く。
地下、オトカミは金紫の光で闇を払い、宝匣に辿り着く。手を触れると眩い金光を噴き上げて開いた。
「完璧だ……」
覗き込んだレメディが目を細める。
「父上、これは……?」
「“オリジン”に抗う鍵だ。――持ち帰る」
⸻
「始め!」
ハイバラはロノヴァを値踏みする。ロノヴァは石像のように静止。
上段からレガルがワナワナしながら声を掛ける。
「い、いけロノヴァ! ――なんで俺が応援してんだっけ!」
「華奢じゃないっすか」ジュウシンが首を傾げる。
「踵フェチでも、殴りは強いよ」とレガル。
ハイバラは指先から灰弾を凝り、弾丸のように放つ。ロノヴァは半身で躱すが、腕を掠め、灼痕が走る。
「私の灰は溶岩より熱い。――耐えられるかしら」
さらに肩を撃ち抜き、嘲る。
「立ってるだけで死ぬ? 望み通りにしてあげる」
両掌を撚り合わせ、灰の渦を形成――撃ち出す。
「照準固定」
ロノヴァの瞳が光り、灰渦が空中で静止。
「馬鹿な――私の術が止まる?」
「物も止めるの?」とユウが息を呑む。
「……いろいろ“止める”」とレガル。
刹那、ロノヴァはハイバラの喉を掴む。
「消えろ」
ハイバラは灰へ解体して背後に再構成、蹴撃。ロノヴァは転がりつつ起き上がるが、視界を灰群が覆う。
「窒息しなさい」
ロノヴァは片膝をつき、呼吸を断ち――赤眼が瞬くと、そのまま崩折。
「死んだか」とグランター。
ハイバラは足先で小突き、鼻で笑う。
「拍子抜け。オトカミの娘ってこの程度?」
覗き込んだ瞬間、ロノヴァが旋回蹴を顎へ叩き込む。
「生きてる? 灰は肺に入ったはず――」
「止めた」
「自分の呼吸を? 頭おかしいの?」
「ははっ!」スマソニが上機嫌。
「想定より愉快だ! ――スパイスを足そう!」
手拍一つでアリーナの床が崩落を始め、空から武器が雨あられ。二人は紙一重で捌く。
「チャレンジ修飾!?」とレガル。
「私の番に来ないで……!」
「あの子、いいわ」とニカラが微笑。
「存在目的が“戦うこと”って身体の動き」
ハイバラの拳がロノヴァの鼻梁を砕き出血。ロノヴァは無視し、落ちてきた剣を拾って腕へ突き立てる。
「擦り傷」とハイバラ。
「あなたは再生できないでしょ?」
ロノヴァの左腕が斬り飛ぶ。しかし彼女は瞬き一つせず左脚で反撃、灰で受け流される。
「無能」とハイバラ。
地へ叩き付け、鎚を引き抜き――振り下ろす直前、ロノヴァの眼が閃光、ハイバラは硬直。
「やめ――」
ロノヴァが斬り払うも、手応えは灰。ハイバラは上空へ退き、灰鎖で空中の武器を掴んでは投擲。
「本体は灰……攻撃時だけ物質化か」
灰鎖がロノヴァの脚を絡め、焼く。そして両眼を抉り落とす。
「もう止められないでしょ、出来損ない!」
槍が心臓を目がけて飛ぶ――ロノヴァは残った腕で受け止める。
「位置、前」
「盲目で不具! まだやるの?」
ロノヴァは槍を引き抜き、鎖を裂断。
「声……左へ五歩」
剣閃が走り、ロノヴァの右脚が奪われる。それでも倒れず、衝撃波級の剛打を弾き返す。
「根性やべえ!」とジュウシン。
「十八年“殺すだけ”してれば上手くなる」とレガル。
刃と刃が火花を散らし、互いに浅い傷を刻む。ハイバラは腹を裂き、ロノヴァはなお前へ。足場は刻々と狭まる。
「がんばれロノヴァ! ――あってるよね?」とレーヤ。
ロノヴァは回転斬でハイバラの足首を両断。
「やはり――打撃時だけ“物体化”」
「どこまで保つつもり? その傷で」
「心臓――主目標。所在……」
ハイバラは灰嵐でロノヴァを焼き、
「楽にしてあげる。――ジュカコニが待ってる」
「そこ」
打ち下ろしに合わせ、ロノヴァは肩で受けつつ一歩外し、槍を胸腔へ投擲――心臓を串刺し。
「や、やめ――」
倒れ込んだハイバラへさらに連突。灰の女神は爆ぜた。
「勝者、ロノヴァ!」スマソニが高らかに。
「見事! チーム128は失格。参加に感謝!」
レガルは去る神々を見て肩をすくめる。
「そりゃ不機嫌にもなるよな」
「レベル上げに来て一発退場。――心折れるよ」ユウ。
「震えもしない」とニカラ。
「彼女を震えさせるのは一人だけ。――父さん」とレガル。
グランターがどすんと降りてきて、
「死んだ神には効かねえが、生きてるおまえにゃコレだ。――“金の林檎”!」
黄金の果実を手渡すと、ロノヴァは一口で平らげ、瞬時に完治。
グランターが背を叩く。
「次は怪我すんなよ! 神用だ、続けて食うと死ぬぞ」
「おまえを殺す」
「独特なサンキューだな」
スマソニが中央へ転位。
「二回戦・第一試合終了! まだまだ続くぞ!」
ロノヴァが戻ると、レーヤとレガルがぱちぱち。
「悪徳だけど、最高!」
「いえーい! ――いえ?」
「次は誰」とロノヴァ。
レガルとユウは小さくなる。
試合は続き、やがて空は群青へ。残るは六十四チーム。ニカラは再びレガルと同調。
「よくやった、皆」とスマソニ。
「一発勝負は不公平? だが“神法”は言う。――最弱が強さの上限。誰か一人でも戦えねば、全員が敗者**」
隣のグランターを親指で指す。
「見ろこのデブ。食ってるだけの穀潰し――だが騙されるな。宇宙を丸呑みした悪食だ**」
「うまかったぞ!」とグランター。
レガルが手を挙げる。
「次も同じ形式ですか」
「明日は趣向を変える。――備えよ」
スマソニは隣接の浮遊都市を示す。
「**宿は好きに選べ。門限なし、散策可!」
解散の折、スマソニがレガルを呼び止める。
「坊主、一つ聞く」
「はい」
「父親のこと、どれだけ知ってる」
「桁外れに強くて、年齢は十億年単位。――親としては悪くない、と思います**」
「出自は」
「次元も空間もここじゃないって。――それだけ」
スマソニは魂の奥まで覗くように見つめ、嘆息。
「気をつけな。――この現実には、君に善意ばかりを向ける者はいない」
「……肝に銘じます」
「行きな。明日に幸運を」
レガルが去った後も、スマソニとグランターは彼の背を黙って見送った。
⸻
別の場所――。
マガツヒは競技場級の地獄牢を進む。天井まで届く鉄格子。咆哮と呻きが地の底から湧く。
最奥の巨牢で足を止める。
「やあ、“王”カドロクス」
「破壊の神……」
古の刃のような声が闇から響く。
「歓迎せぬ」
「残念。――頼みがある」
竜と九頭蛇を掛け合わせたような巨爪が鉄を握る。
「よくも面を出せたな。――厚顔」
「救う道がある」とマガツヒ。
「虚言」
「むしろ本題だ。――神狩りが好きだろう? 獲物は二柱。オトカミとニカラ」
爪が外れ、低い唸り。
「長らく飢えていたろう。――狩りはどうだ」
闇の中で紅い双眸が灯る。
「聞こう」
「素晴らしい。――予想通りだ」
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