第11章
城内――。
オトカミは家族と食卓に座っていたが、三つの席が空いている。そこへコハルが皿を二枚抱えて入ってきた。
「はい、愛しいあなた」
彼の前に一皿を置く。「今回は私が自分で作ったの」
そして子どもたちに嫌悪の目を向ける。
「あんたたちの分は召使いにやらせるわ」
オトカミが顔を上げる。
「レガル、レーヤ、ロノヴァは……どこだ」
コハルは今さら気づいたように瞬きを二度。
「あら、いないのね。――結構なこと」
「これは“家族の夕餉”だ……」オトカミの低声が落ちる。
「完全でなければ……意味がない」
その声音に妻と娘たちがわずかに怯み、コハルは夫の腕に抱きつく。
「あなた、きっとすぐ来るわ! もし来なければ、衛兵に探させる!」
「父上、ロノヴァは最後にモールでレーヤと一緒でした」ロイヤルが口を挟む。
「迎えに行きますか? レガルも一緒かと!」
掌が上がる。
「いや……ここにいなさい」
ロイヤルは背筋を伸ばす。
「はい、閣下」
「状況は把握している……ニカラ……」
「え、今なんて?」コハルが首を傾げる。
オトカミは首を振る。
「何でもない。――食べよう」
料理が運ばれ、オトカミは全員に行き渡るのを待ってから箸を取る。
「他の子らの分は取り置け……冷ますな……何があっても」
召使いは震えながらうなずく。
⸻
一方――。
闘技場は轟音。神々が猛撃を交差させ、レガルとユウは半ば悲鳴。
ロノヴァが一歩前へ。
「ここにいるものは皆、死に値する。――私が殺す。全員」
レガルが慌てて呼ぶ。
「姉さん! ここの連中、雑魚じゃないよ!」
ロノヴァは聞かない。最寄りの巨躯の神へ歩み寄る。赤い皮膚、濃赤の髪。戦鎚と斧を両手に。
「ちびっ子が迷い込んだか!」
ロノヴァは無言。
「まあいい、ルールはルールだ!」
武器が振り下ろされる前に――視線。
心臓も肺も凍り、男は呼吸すらできない。
「虫けら」
拝借した斧で首を払う。――一撃必殺。
「うわ……」レガルは呆然。
「今、ほんとに女神を斬った」
「ここには弱い神も多い」ニカラが告げる。
「ただし一部は宇宙級」
彼女の輪郭が揺らぐ。
「レガル、代われ。――この場の神気が私の形を干渉してくる」
言うが早いか、ニカラは体内へ滑り込み、レガルの瞳が黒に、装束も闇に染まる。
「うお、俺が操作側――!」
黒槍が掌に形成され、ユウが目を丸く。
「別人かよ!」
レーヤは顎に手。
「なんか違う! 髪切った?」
そこへ灰髪で鋭い眼の女が短刀を手に歩み寄る。
「神でもないものが何故われらの大闘宴を穢す」
「えっと、誰?」レガル。
「私はアカヤミ。――怒りと復讐の女神」
頭内でニカラ。
「用心。下位じゃない」
「どうすれば」
「戦うのよ。当たり前でしょ?」
「僕、いつも“やられる側”で――」
「私が最低限は支援。――動きなさい。指示は私」
ユウが咳払い。
「復讐の女神さん、俺たち、恨まれてないよ……ね?」
空間にナイフが多数生成され、形相だけでレガルとユウの背骨が冷える。
「私は“皆”に復讐する。――死になさい」
「ゲーム?」レーヤが首を傾げる。
飛び込むアカヤミ。レガルは黒槍で受け、黒の障壁が斉射された刃を弾く。
女神の瞳が一瞬見開かれる。
「その気配……既視感。――何者だ、少年」
「レガル・オトカミ。――普通の子!」
「その力は“無限”の匂いがない。――嘘は嫌いだ」
短刀を大地に突き立て、足元が激震。
ニカラが即座に。
「初陣か」
「うん!」
「**じゃあ――**跳んで」
レガルが跳ぶと、空に黒槍の雨。アカヤミは紙一重で回避。
「左!」
左へ。アカヤミの双短刀がオレンジの神気で膨張。
「切り刻む!」
巨大な斬光が神々ごと空間を両断。
「聞いてないってば!」ユウの悲鳴。
「投げ動作」ニカラ。
黒球を投擲。――アカヤミの足元で炸裂、周囲の神々を蒸発。
「今の俺のキルじゃ――」
「違う。――私」
「うわ来る!」
空中のアカヤミが連撃。速度は限界、だが身体はついていく。
「死ね死ね死ね死ね――!」
「落ち着いて!」
刃が首に触れる――切れない。
「馬鹿な――」
押し込んだ瞬間、刃が折れ、レガルの腕が勝手に伸び、心臓を貫く。
「わ、私が……負けた?」
「僕じゃない!」
「お前の中に……いる。――忘れ去られた暴君、狂気の害獣……」
――景色が墓地に変転。黒い魂が漂い、ニカラが歩み出る。
「やはり」アカヤミが唸る。
ニカラは満足げに笑む。
「久しぶりね、姪」
「どうやってここに。――人界はお前の手の届く外のはず」
「彼がいなければね」ニカラは爪を整える。
「愛らしい私のレガル」
「そういうことか。――凡人と交わり、現世に実体化。――哀れ」
「あら」ニカラが挑発。
「独り身の妬みは醜いわ」
「必ず復讐する、クズ――!」
――現実へ。アカヤミの身体は瞬時に崩れ落ち、塵と気配だけを残す。
レガルは着地、ユウの隣へ。
「先に言っとくけど、九割ニカラ」
「最高だった……けど、何で俺ここに」
レーヤは空を見上げてぼんやり。
「あの雲なに? 綺麗!」
蛇の女神が飛びかかる――手の甲でぽい。
「ていうか雲って何?」
ロノヴァとレーヤは汗一つなく神々を刈り取り、レガルは目線を往復。
「これ、ほんとに神? 強くないのも多いよね?」
「昇格用の場よ」ニカラが説明。
「下位や新生を次段へ。――最初から強大な者は出ない」
声色が欲深くなる。
「ただし――“死の大鎌”は別格。戦う価値がある」
「父さん級、出る?」
「不明。――何でも起こる。――特に“あいつ”が仕切ってるなら」
顎で主宰を示す。
「誰?」
「スマソニ」ニカラが渋面。
「神々の道化」
スマソニが高らかに拍手。
「壮観! 血飛沫が映える! 新参の伸び、見事!――油断はするな! 残り二分だ!」
ユウが復唱。
「二分。――死ななきゃ勝ち」
銃を構えた若い男が目の前に現れ、銃口を向ける。
「手を上げろ! 一人でも動けば頭に鉛玉!」
レガルとユウが両手を上げ――ニカラが分離、銃を取り上げる。
「ジュウシン。――やめなさい」
男の目が見開かれ、即土下座。
「女王ニカラ! 見誤りまして! お姿も麗しく! 人間体、至高!」
ニカラはうんざりと目線を落とす。
「立て。――身元が割れる」
「はっ!」
レガルが小声。
「誰これ。ユウの神版?」
ユウが無表情で肘打ち。
「彼はジュウシン」ニカラ。
「銃砲と兵器の神。――昔の私の近衛。ジュウシン、彼が恋人のレガル、こっちが友人のユウ」
「どうもっす!」神が手を振る。
レガルが眉を上げる。
「ボディーガード? 十代に見えるけど」
「他にもいる」ニカラはさらり。
「宇宙に散ってるから追って回収。――で、何してた」
「真なる神格へ昇るため、っす!」
「心意気は可。――でも君の腕でここまで?」
「ワンチャンっす! 強者も来ないと思ってたんすけど――女王がいるなら合流!」
そこへタイムアップ。スマソニが両手を打ち合わせ、喇叭の音。
「終了! 生存者は整列!」
ニカラが一言。
「交代。――掩護お願い、恋人」
そう言ってレガルの体内へ戻る。ジュウシンが目を丸く。
「憑依まで……!」
「俺も毎回びびる」レガルが苦笑。
「頭の中にもう一人」
整列した競技者は千を超える。スマソニが宣言。
「よろしい! これより“五人一組”! 全八ラウンドだ!――組替え不可、後戻りなし!」
各所で徒党が組まれる。ロノヴァがレーヤを引きずり、レガルたちのもとへ。ジュウシンは視界に入っていない扱い。
レガルが目尻を下げる。
「姉さま……! 一緒に組んでくれるの?」
「同郷。――後で殺す」
ロノヴァは事実だけを告げる。
「家族愛ェ……」
ジュウシンが拳を握る。
「女王のチーム! 胸熱!」
ロノヴァとレーヤがぴくりと見る。レガルが咳払い。
「彼、君らの大ファンって意味! 崇拝ってやつ!」
「は? 違――」ジュウシンの口をレガルが塞ぐ。
「なら褒めてから死ね」ロノヴァ。
「ファンって何?」レーヤ。
スマソニが会場を見渡す。
「よし! チームは出揃ったな! 働きへの褒美として――兄のグランターと宴を用意した!」
でぷっと太った男が隣に現れ、肉塊をむしゃむしゃ。
「やあ」
ニカラが内側でため息。
「出たわね、暴食。――永劫で一グラムも落とさない」
スマソニが手を叩くと、闘技場の脇に浮遊都市が生成。
「さあさあ、来たまえ!」
都市へ続く道が隆起し、二柱は指を鳴らして終点へ転位。
レガルがひそひそ。
「強そう――でもちょっと間抜け」
「強い」ニカラが断ずる。
「出自は君の父と同じ」
「父さんと同格!?」
「不幸なことに。――馬鹿げて派手でも質は本物」
白と金の都市。金衣の男女が清掃し、手を振る。
ユウが感心。
「綺麗……殺しに来てるけど」
レガルも頷く。
「金と虚飾の見本市!」
大邸館の扉が開き、饗宴場と楽。スマソニが招き入れる。
「遠慮なく! つまんで踊れ! 楽しんだ者勝ち!」
順に入場――スマソニがレガルたちを呼び止め。
「君ら、オトカミの子だろ」
ロノヴァは無視、レーヤは好奇、レガルは咳払い。
「まあ、そうだけど……何か?」
「父上は評判悪い」スマソニは肩をすくめる。
「でも、私の好きな兄の一人。――生き延びたら、よろしく!」
「頑張るよ!」
グランターが肉を放り込みながら。
「背中に目! 親父の名が割れたら餌だ! 喰い尽くされる!」
レガルは身震い。
「心得た」
席に着くと、スマソニは顎鬚を撫でる。
「あの少年……中に誰か棲んでるな。――見覚えがある。何者だ?」
グランターはもぐもぐ。
「匂いが変だ。兄弟の誰かが冬眠してる」
「どの兄弟か……」スマソニは目を細め、すぐに笑って肩をすくめる。
「まあいい。――暴き出すさ。何故って?」
ぱん。音楽が一段上がる。
「パーティに――波乱がなきゃ始まらないだろ?」
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