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13 瓦礫のクッキー

 夕食の後ーー。

 公爵家の食堂は未だかつてなく、熱気に包まれた。


 箱から一枚ずつ。エリンの手によって、くじが引かれていった。

 集まった使用人達はそれを囲んで、自分のカードに注目している。


 テーブルの上には豪華な賞品が……。

 様々なサイズのクマのぬいぐるみと、例の瓦礫のクッキーが並んでいた。


「ビンゴー!」


 エリンが教えた通り、ビンゴしたメイドが大声で叫び、エリンはほくそ笑んだ。


「これぞ異文化交流」


 まるで偉業を達成しているような、充実感があった。


「キャー、可愛い!」


 6等の賞品であるマスコットのクマを受け取って、メイドの女の子は喜んだ。

 既に当たった者は和気あいあいとクマのデザインを自慢しあい、まだ当たらぬ者は、己のカードを睨んだ。


 ビンゴした順に、さらに賞品の順位を引くという二重のくじ引きは、スリルがあった。さらに例の1等……「瓦礫のクッキー」がなかなか当たらないので、みんなの興奮は過熱していた。


「ビンゴ!」


 と、飛び跳ねたノエルは4等のマスコットクマを当てて、満面の笑みで戻って来た。

 そしてその時。ノエルは驚くべき来客を目撃して、指を差して叫んだ。


「あっ、叔父様!!」


 その声に、食堂内の全員が後ろの扉に注目した。


「うっ……」


 アシュリー公爵は圧倒的な注目に仰け反った。


 エリンは思わず、くじの箱を落としかけた。

 激務を理由に来ないだろうと諦めていたので、まさかの来訪だった。

 使用人達も主である公爵の登場に驚いて、賑わいを静めて固まってしまった。


 アシュリー公爵は目線を少し泳がせると咳払いをし、内ポケットからカードを取り出した。


「こちらの招待状を貰ったので……」


 エリンは慌てて、アシュリー公爵のもとに駆け寄った。


「あ、き、来てくださったんですね! お忙しいのに、ありがとうございます!」

「いえ……あのクマの仕上がりも確認したかったので」


 二人のやり取りの間に、ノエルは割り込んだ。

 自分が当てたマスコットクマを、アシュリー公爵に自慢げに掲げて見せた。


 公爵はそれを受け取ると、ジッとクマの顔を見つめた。

 目も鼻も口も中心に寄っていて……。

 しかもこのクマは、梅干しを食べたみたいに口を(すぼ)めている。


「これがあなたの欲していた、可愛い顔のクマですか?」


 真面目な問いにエリンは無性に恥ずかしくなって、真っ赤になって説明した。


「目が寄っていると、可愛いんですのよ」


 アシュリー公爵の肩が少し震えていたので、エリンが驚いて見上げると「ふふふ……」と、込み上げた笑いを端正な唇に溢れさせていた。

 アシュリー公爵の冷たい瞳が途端に柔らかく見えて、エリンの胸はキューンと締めつけられていた。


 アシュリー公爵が見つめていたクマのマスコットを、ノエルは無情にも奪い取った。


「これは僕が当てた賞品ですから。"口窄めクマ" はレアキャラですからね!」


 あげません、とばかりに、ノエルはクマを握りしめた。


 アシュリー公爵は複雑な顔で、自分の手にあるビンゴカードを見下ろした。

 ティナが数字をちゃんと記録していたので、アシュリー公爵のカードの穴を開けてあげた。


「まぁ、アシュリー様。斜めのビンゴが、あとひとコマですよ!」


 ティナの言葉に皆も盛り上がって、エリンは勢い良く、くじを引いた。


 数字が読み上げられると、アシュリー公爵はビクッ、と微動した。


「ビンゴ、ビンゴですよ。アシュリー様」


 ティナに促されるが、大きな声で手を上げるのが恥ずかしいのか、アシュリー公爵は小声で呟きながら、小さく手を挙げた。


「ビンゴ……のようだ」



 アシュリー公爵がエリンに歩み寄ったので、エリンは商品を決めるくじの箱を慌てて差し出した。


 アシュリー公爵は折り紙のクジを引いて、開いた紙を見て呟いた。


「1等……と書いてある」


 エリンはくじの箱を盛大に落としてしまい、色紙が舞った。

 使用人達が「わっと」盛り上がり、ノエルは飛び上がった。


「叔父様がエリンさんの "瓦礫の第一号" を当てた!」

「瓦礫の……一号?」


 動揺するアシュリー公爵の前で、エリンは真っ赤になった。さっきまでのポジティブな自信はどこへやら、ワタワタと、両手を宙に泳がせた。


「え、これは何かの間違いでして、あっ、もしかして、7等の間違いでは? 7等はとっても可愛いクマさんでして……」


 パニックになって、何とか瓦礫のクッキーを誤魔化そうとするエリンだったが、空気を読まない執事は大声で公爵を祝福した。


「さすがアシュリー様! 一番貴重な1等を見事に当ててしまいました!」


 全員が再び盛大に拍手をして、エリンの言い訳は掻き消されてしまった。

 さらに、ノエルはクッキーが入った袋を……。

 見た目だけはやたらに可愛いリボン付きの1等賞を、アシュリー公爵のもとに持ってきた。


「エリンさんが作ったクッキーなんですよ! 瓦礫みたいに固い、凄いヤツです!」


 悪口なんだか褒め言葉なんだかわからない説明に、エリンはますます赤面した。


 アシュリー公爵は自分だけ皆と違う賞品に戸惑っているようだが、ノエルが開封を待ちわびているので、リボンを解いて袋を開けた。


 確かに、クッキーと言うには頑丈すぎる、ゴツゴツとした無骨な物体が入っていた。


 エリンはたまらず、大声を上げて止めた。


「だ、だめです! アシュリー公爵のお口に、そんな硬いもの!」


 ノエルは呆れてエリンを見上げた。


「さっきまで、あんなに自信満々だったのに……」


 アシュリー公爵はこれが非常に硬いものだと理解して、奥歯で「ゴリ!」と噛んだ。


 エリンはまさか公爵が本当に食べるとは思わず、「ひぃ!」と声を上げた。


 全員が、アシュリー公爵の石を食べるような咀嚼(そしゃく)音を聞いている。


 ガリ、ゴリ、ゴリ……。


 アシュリー公爵は口の端を上げて呟いた。


「確かに噛みごたえはあるけど……香ばしくて、美味しいです」


 それは、焦げているということでは?

 とエリンは思ったが、(つつ)ましく返答した。


「お、お口に合いましたら、幸いですわ」


 合うわけがないと自分で突っ込みながら、エリンはアシュリー公爵を見上げた。

 すると……。

 アシュリー公爵はこれまで見たことのない、優しい顔をしていた。



 ーーそんなこんなで。

 エリンが企画した公爵家のビンゴゲーム大会は、大盛況のうちに幕を閉じた。


 エリンは夜のベッドの中で、クマのぬいぐるみを抱きしめたまま、眠れずに天井を眺めていた。


 自分が作ったクッキーを、石みたいに食べたアシュリー公爵を……。

 冷静に考えればおかしな記憶だが、まるで貴重な映像のように、エリンは脳内でずっとリフレインしていた。


「はぁ〜、ガリ、ゴリ……って、何度思い出せば気が済むのよ!」


 自分で突っ込みつつ、クマの寄り目顔を見つめた。


「あんな硬いクッキーを真面目な顔で食べちゃうなんて、変な人……初めは塩の塊みたいだったのに……気を遣ってくれたのかしら?」


 エリンが何を語りかけても、クマはキュルンとしているので、エリンは思わず吹き出した。

 チュ、と鼻にキスをして抱きしめると、幸せそうな顔で眠りについた。


「明日はなにして遊ぼうかしら」

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