11 クマの寄り目
「じゃーん、クマの素!」
エリンは早速、アシュリー公爵から与えられた「茶色い布と黒いボタン」を、ノエルに見せびらかした。
「結局、自分で作るんですね」
「キュルンとしたお顔は、私にしか再現できないからね」
「異世界にようやく、可愛いが生まれるんですね」
「ノエル君はだいぶ、異世界の意味がわかってきたみたいね」
そんな会話を交わしながら、チクチクと縫って仕上がった「クマのぬいぐるみ」はーー。
またしても、モンスターの再来となってしまった。
「ひ、ひどい……」
折り紙と同じく、エリンには裁縫の知識がまるでなかった。
結局、裁縫が得意だというランドリーメイドに来てもらい、ぬいぐるみの作り方を教わることになった。
「ノエル君、見てごらん。ぬいぐるみっていうのは、こういう型紙が必要なんだよ?」
「でしょうね。エリンさんはいきなり布を切るから、左右が非対称で、木の根っこみたいになってますよ」
ノエルの容赦のない感想をスルーして、エリンはランドリーメイドのニコに貰った型紙を使って布を切り取り、縫い合わせてできた、のっぺらぼうのクマを空中に掲げた。
「キタキタ、可愛いクマのお出ましよ!」
「早く目をつけましょうよ」
黒いボタンを差し出すノエルの手を、エリンはペシッ、と叩いた。
「ここからが大事なのよ! 簡単に目をつけちゃダメ! 目の位置で、クマの顔が決まるんだから」
ノエルは早く完成が見たいのか、黒いボタンをクマの顔の両端に置いた。
「ここじゃないですか?」
エリンは眉間に皺を寄せた。
「ほ〜ら、スンとした! このお上品なお顔じゃ、ダメなのよ。可愛いっていうのはね……」
エリンはまるで、棋士が集中して碁石を盤に置くようにーー。ビシッと。
クマの顔の中心に、二つのボタンを置いた。
「ここよ! 目は真ん中に寄せれば寄せるほど、可愛いのよ!!」
ノエルもティナもニコも、ポカーンとした顔で、仮置きの目を見つめている。
ノエルはたじろいぎ、ティナは唸った。
「え、目が近すぎません……?」
「うーん。でも、確かに親しみやすいというか、気が抜けるというか……」
そしてニコは堪えきれず、「プッ」と吹き出した。
「可愛いというか、面白いというか。なんだか笑っちゃいますね!」
エリンはその言葉を受けて、腰に手を当てて威張った。
「そう。一緒にいるだけで気が抜けて、リラックスできて、笑顔になっちゃう。それが可愛いっていう、尊い存在よ!」
三人はよくわからないけど、理屈が通ってそうなエリンの解説に頷いた。
*・*・*
ノエルは珍しく、「キャハハハ」と大声を上げて笑っていた。
テーブルの上には、ティナとニコの協力を得て試作した「可愛いクマのぬいぐるみ」が三つ並んでいる。
目も鼻も口も顔の中心に集まっていて、なんともキュルンとした親しみやすい顔だ。
よりによって三つ目のクマは、小さなピンクの舌が「ペロリ」と出ている。これもエリンのアイディアで、「より脱力する方向」を試した結果だ。
ノエルの笑いが止まらないので、ティナとニコも肩を揺らして笑っている。
「一個でも充分個性的ですが、並ぶとまた圧が凄いというか……」
エリンは鼻息を荒くした。
「可愛いの圧が高いということね。満足な仕上がりだわ!」
寄り目のクマを抱き上げて瞳を輝かせるエリンを、ノエルは見上げた。
「クマの名前はどうしますか?」
「名前は……まだ思い出せないの。でもきっと、いつか思い出すわ。大切な子だもの」
嬉しそうなエリンに、ノエルは安心した。
メイドのニコが「あの……」と声を上げたので、エリンはそれに被せて、試作の一体を押し付けた。
「もちろん、これはあなたが可愛がってちょうだい。あなたのおかげで、異世界に "可愛い" が誕生したの。ありがとう!」
エリンの真っ直ぐなお礼に、ニコも笑顔でぬいぐるみを抱き上げた。
ティナは自分が作ったぬいぐるみを見つめている。
「これって、いくらで売れるんでしょうね」
「ちょ、ティナ! 質屋にでも売る気!?」
「いえいえ。街で人気のぬいぐるみ作家の作品は、ドレスと同じ位、高額なので」
「ま、まじで!?」
そんなやりとりの最中、ノエルがポツンと立っているので、エリンは自分が持っているクマを手渡した。
「え?」
「この子はノエル君に可愛がってもらうわ」
「え、だって……せっかくエリンさんの理想のクマができたのに?」
エリンはカッコ良くウィンクして、ピースサインを額に当てた。
指は針を刺しまくって、包帯だらけになっていた。
「私の裁縫の上達ぶりを見たでしょう? これから "可愛い" を量産するのよ。この子は特別な第一号だから、ノエル君にあげる」
ノエルは大きく口を開けて、瞳を輝かせた。
賢く大人びたノエルが初めて見せた、子供らしい喜びの笑顔だった。
(まったく……「異世界可愛い」の一番を簡単に攫うわね)
エリンは天使の可愛さにノックアウトされていた。