攻略対象者の婚約者を持つ姉の代わりに、エンディングを見てきました
「なんですって!?
ライド様がエスコート出来ないって、こんな直前に知らせにくるなんて、酷いじゃないの!いくら学生会が主催のパーティーのご準備で忙しいからって、私は婚約者なのよ。もうーどうしてなのよ…酷いわ!」
我が家の図書室から出ると、二才上の姉のルチアーノが、金切り声を今日も上げていた。
あの声を聞くだけで、頭が痛くなるし、不愉快になる。
最近の姉様は、いつも言葉も荒れていて、不機嫌で関わりたくもないのに、妹としては多くの迷惑を被っている。
あぁ~、今日も頭が痛い。彼女とは、会わないようルートを変えた。
…姉の荒れる理由はわかっている。
姉様の婚約者、ライド・レミニカ公爵令息が、学園で仲良くしている令嬢達がいるからだ。
学園未入学の私達の世代でも知っている…今話題の噂話。
二人の令嬢。
一人は、セシリア・モルツ侯爵令嬢。
彼女は、身体が弱かったらしく二年生からの転入生で、瞬く間に美しさと儚い容姿で、男子学生達は夢中だと聞く。身分も高く、成績も良く、その上、ルドルフ第一王子、エドモンド第二王子、ライド公爵令息、リチャード伯爵令息という次代を築く方達と幼馴染だそう。
…姉様とは、同じ学年だ。
そしてもう一人、リリシアという平民女性。去年の入試トップの特待生。身分関係なく誰とでも仲良くなる不思議な女生徒らしい。大層可愛いらしく、男女共に人気があると聞く。
この女生徒二人と王子達幼馴染を含めた学生会の今年のメンバーは、まさに理想的だと言われている。
「皆様大変仲がよろしいのです」
って大概が含みを込めて、ニヤニヤされる。お茶会でも頭痛を我慢するのがしんどい。
その学生会のメンバーの一人と婚約者である我が姉に向けた不幸を楽しんでいるのだろう。
私には関係ないと思いつつも、我が家だって高位貴族、プライドはある。クリスナー侯爵家が馬鹿にされているのは、腹が立つ。
だから私は、メモ帳をどこにでも持って行き、全て言われたことを書いている。
このメモ帳の効果が発揮される日があるのだろうか…
ハァーーー、頭が痛い。
学園では、彼女達は月の女神、花の妖精と言われ、人気を二分していると聞いた。
噂では、学生会のみなさん達は、二人の令嬢を囲み、婚約者のようにチヤホヤして、ご丁寧に扱われているらしい。
まだ姉様が、文句を言っている声が聞こえた。
キィーキィーとした声に、頭の痛みが増した。こんな言動を学園でも披露しているらしい姉様の噂話で、私も現在大きな迷惑をかけられているのだけど。
「今日もまたアレな状態ね。困った姉様だわ。姉様にとったら、面白くはないわよね。ライド様も困った方よね、お相手はセシリア様にリリシアさんよね。浮ついた心持ちなんて噂話の餌食だわ、またきっとわざわざ親切に教えてくれる方達が現れるわね…ハァー」
と、私の後ろにいたメイドのエナに声をかけた。
ガタガタ何かが揺れている音がして、後ろを向くとエナは真っ青な顔していた。
「どうしたの、エナ?」
と彼女と目を合わすと、
「アデリア様…申し訳、本当に申し訳ございません」
と言って私に向かって土下座をしてきた。泣きじゃくる。
勝手に泣かれても困るだけで、無理矢理彼女を立ち上がらせ、近くの部屋、ダイニングに入った。
「座って…エナ」
とダイニングの端に陣取り、給仕は不用とダイニングを片付けていたメイドに言った。
「泣いてばかりじゃわからないわ、エナ。あの場所で謝罪すると言うことは、姉様絡みって事かしら?」
エナの肩が大きく揺れた。
「理由はわからないけど、ライド様が姉様をエスコート出来ないという話とエナに何か繋がりがあるの?」
と小さな声で聞いた。
何となく嫌な予感はした。あの泣き方は何かに耐えきれず、吐き出したようだったから…
私とエナの関係は、四才年上の姉のように接していると思っている。私の専属メイドの一人なのだけど。
「わたしは、クリスナー侯爵家に行儀見習いとして奉公させて頂く前…
男爵家の次女ながら、セシリア様と大変仲良くさせて頂いておりました。そしてクリスナー侯爵家への推薦状もモルツ家がご用意してくださいました…」
ん?
セシリア様と仲良かったなら、モルツ家で奉公すれば良いのでないかしら?
「どうしてモルツ侯爵家で行儀見習いさせてもらえなかったの?同じ侯爵家よ」
「…それは、セシリア様が…
私は、学園に通うお金はありませんから、どこかに奉公に出る話をした所、クリスナー侯爵家に行って欲しいと言われたのです」
…何か更に頭痛の種が増えた。
「あなたは、モルツ家から派遣されたスパイなの?」
スパイなら、大変な事ではないか?
すぐお母様に言わないと!
でも、私とセシリア様に接点はない。何を調べているのか。
「泣いてないで、エナ!セシリア様なのかモルツ侯爵様なのかわからないけど、クリスナー家の何が知りたいの?」
命令口調になったのは仕方がない。なんかとんでもない事になっているんだもの。
「そんな、スパイなんてつもりはなくて、セシリア様が、わたしの旅立つ時、ルチアーノ様のご様子を教えてほしいと頼まれました…」
「姉様?何故、同学年だから?」
「わかりませんが…実は最近も、セシリア様から手紙を頂きまして、屋敷内の様子や誰かと会っているか、卒業パーティーのドレスの色など教えて欲しいと書かれてまして、わたしは、アデリア様付きだから、詳しくはわからないけど、情緒が不安定だと書いてしまいました。申し訳ありません」
確かにこの半年、気性は荒いし、使用人への当たりもきつい。情緒が不安定だと言ってしまえば、確かにそう。現在の状況だと、誰かに当たりたくなる気持ちもわからないでもないけど…
「では、エナが情緒が不安定だとセシリア様に手紙を書いたから、ライド様がエスコート出来ないと言ったと思ったの?それはないのでは?だって、学園でも姉様はあの調子じゃないのかしら…ハァー」
そっと溜息を漏らした。
泣いていながらも、私の様子には過敏なようで、ビクビクされた。
情緒不安と書いたぐらいは、大したことではないでしょうに…
さっさとお母様に丸投げしてしまおうと、思ったら、エナが両手を胸の前で組んで、
「アデリア様、…見捨てないでください
…セシリア様が八才頃にお茶会のメンバーに、困ったことになったと言ったのです。私には敵がいると…その者とまともにやりやっても、きっと上手くいかない。だから私もヒロインになると」
「ヒロイン?敵?何、それは?」
「わたしもよくわからなかったのですが、今はまだ婚約するのは嫌だけど、王子達の幼馴染にはなりたいと、夏の避暑地の季節は、あちらでいつ来てもいいように、待機をして毎年成功したと喜んでました。その後、エドモンド第二王子の婚約者として、申し込みが来たと聞きましたが、それを断るために病による療養に入ると仰ったのが、学園入学の一年前でした」
計画的すぎるわ、セシリア様。
幼馴染ね、ライド様狙いということで、姉様は目をつけられた?
「その頃、だから三年前、エナが我が家にやってきたのよね、わかったわ。聞いた限り母様に報告するわ、エナは部屋で待機してもらえる?私では判断出来ないから」
と言って下がらせた。
何度もお願いしますと言われても、こちらにしたら、エナはスパイみたいなものだろう、ずっと黙っていて、少なくとも内情まで明かしたのだから。
仲良くしていた分、凄い嫌な気持ちなんだよね。
もうエナにお世話してもらうのは、無理だな、と何度目かの溜息を吐いた。
すぐに母様に取り次ぎをお願いして、私は、エナから聞いた話をした。
「…という事ですのよ、お母様…
モルツ侯爵家は、何が狙いなんでしょうか?ライド様との婚姻ですか?お姉様の様子を知りたいなんて」
「そのセシリアさんって、エドモンド第二王子様の婚約者候補よね、療養を理由に保留にしたとは聞いた事はあるわ。ライドさんに想いを寄せていたのかしら?ライドさんとルチアーノは、政略的な思惑があって婚約をしているのよ。いわゆる契約なの。…御身内が、何やらよろしくない事をしているってこと、レミニカ公爵家もモルツ侯爵家もこの事ご存知なのかしら」
ギシギシと扇子から音がなっているし、反れている。
凄い握力だわ。
表情は、きちんと侯爵夫人を繕っているけど、間違いなく怒っているわ。
八つ当たりされる前に、退避をしましょう。
腰を浮かせた私に、ボソリと母様は話し始めた。
「…今日ライドさんが、卒業パーティーのエスコート出来ないと言ってきたのは、学生会が忙しいとかではなくて、セシリアさんをエスコートするためかもしれないわね、それをルチアーノが見たら…
とんでもない醜聞を披露するのではないかしら…」
一瞬で室内が凍るように、寒気がした。
それ、絶対に有り得る!
姉様なら、発狂しそう…
私、来月学園に入学するのに、姉の失態で物凄く恥ずかしい思いをするのではなくて?
今だってかなり言われているのに!
噂のクリスナー家の妹が入学とか言われて、いじめられたりして!?
耐えられない!
「母様、姉様を卒業パーティーに参加させてはいけません!絶対、駄目です。我が家の恥を晒しそうです」
「それが狙いなのかも。今回は、ルドルフ第一王子とリチャードさんがご卒業だから、貴賓として陛下か王妃様が、参加されるかもしれないわ。大変、引き留めなければ!婦人会の笑い者にされるわ」
私達は、同じ悩みをかけられている同士。視線を合わせると、慌て執事を呼ぶ。
「ルチアーノ様は、レミニカ公爵家の馬車が、今、迎えに来まして、私も奥様をお呼びしようと思って、こちらに来たのです」
えっ?公爵家の馬車が何故?エスコート出来ないって使者が来たはずなのに。
「では、まだルチアーノはいるのね!」
と母様も安心して、執事の後に続いて玄関ホールに向かえば、誰もいなかった。
「「「えっ?」」」
どういうこと?
「どうしてルチアーノ様がいない?馬車は?」
と執事が言えば、見送ったらしい姉様付きのメイドが、
「ルチアーノ様が、ライド様をあちらの会場で捕まえて、婚約者なんだからエスコートしてもらうと出て行かれました」
醜聞が待った無しになった。
「お母様、すぐに早馬を出して馬車を止めて引き戻させましょう…」
「ええ、もう力尽くで連れ戻して」
執事が厩係に渡りをつけに行った。
「私、エナを連れて卒業パーティーの会場に行ってもいいですか?姉様を引きずってでも連れ戻します。発狂なんて失態をされたら、入学早々に笑い者にされます」
「私だって嫌よ、婦人会の笑い者なんて。でも何故、エナを連れて行くの?あちら側のスパイなんでしょう?」
「セシリア様のお考えなのかは、わかりませんが、ライド様が狙いだとしても、このようなやり方酷くありませんか?姉様のお怒りを増長させて、様子をうかがって、駄目押しに恥をかかせる。クリスナー侯爵家に対する敵対行為です。エナをセシリア様の前でお返ししようかと思って…」
「でもアデリアは、入学前なのだから敷地内に入れないでしょう?」
「学生証は届きましたし、姉様に至急の用だとか、その前に姉様を捕獲出来たら、姉様の欠席をライド様に伝えると言ってみます。一言、エナの話は聞きましたわよと言ってやりますわ。…入れなかったら戻ります」
と言って準備をした。
エナを呼んで来てもらい、すぐに我が家の馬車に乗る。ブルブル震えているエナに、
「エナ、感謝しているわ…まだ姉様を引き留められてないけど…
姉様の声を聞いて、何かしらの罪悪感が出て告白してくれたのでしょう?言わないでおくことも出来たでしょうに…
あの様子の姉様が、セシリア様とライド様がパートナーとして現れたら、発狂して何を仕出かすかわからないわ。間違いなくクリスナー家の醜聞になったわ」
馬車に乗ったら少し冷静になれた。エナとも最後だと思うと、責めるより感謝の思いが言葉として出た。
「わたしは…」
辞めたくないは言わないで、というより言わせない。
「我が家からは、モルツ侯爵家にも真偽を問いただすと思うわ。あなたの立場が悪くなったのは間違いないの、セシリア様からはバレた時などの話はしているの?」
と聞くと、また泣き始めた。
悪いけど、そこまでは、我が家だって甘くないのよ、エナ。
エナとセシリア様…きっと、お友達として、同級生の話を聞きたかったとか適当な事を言われて丸め込まれたのだろうと思えば、可哀想にも思える。
こんな風に告白して、最悪な気まずい関係になってしまったし、もう二度と我が家で会えないわ、エナ。
噂では、月の女神なんて聞いていたのに、かなりの悪女だと思う。
急に馬車が止まった。
学園に入る前に、レミニカ公爵家の馬車が止まって、我が家の護衛騎士と御者に若い侍従が言い争っていた。
「ケイリー、ありがとう。お姉様は?」
我が家の護衛騎士に呼びかけた。
「馬車の中に…」
良かった。とりあえず騒ぎを起こす前だ。
「姉様、一旦屋敷に戻ってください」
と言えば、レミニカ公爵家の侍従が、
「困ります。ライド様に必ずお連れするようにと命じられてます!」
ライド様の名前を出されて、姉様は何か勘違いしたのか?反応をしてくれない。ますます何かの作戦の匂いが漂う。これは、嘘で動かすしかないわね。
「姉様、母様は、倒れました。至急戻りますよ」
「嘘、お母様が!何故」
と自ら扉を開けてくれた。
侍従が何か言いたそうな顔をしたので、
「私が、ライド様に母様が倒れた事を伝えます。どうしても母様が、姉の顔を見たいと言うんです!」
と強気で言い倒す。婚約者に何か期待を寄せている姉様も主人に忠誠な侍従もかなりぐずって、時間ばかりが過ぎるが、
「こちらは人命ですよ、あなた侯爵夫人の言葉に逆らうのですか!レミニカ公爵家を訴える事になりますよ。私からライド様には事情を説明しますから。姉様、母様が、今日扇子を一本自らの手で折りました。これ以上の逆鱗に触れるつもりですか!」
と最終的に脅した。母様の握力は、家族を震えさせる最終兵器…姉もすぐに従った。
そして、我が家の馬車に姉様を乗せ、屋敷に戻らせることに成功した。
大分時間が過ぎてしまった。
「では、行きましょう」
と気合いを入れた私と顔色が悪いエナと不服顔の侍従はレミニカ公爵家の馬車に乗り、学園の敷地内に入った。
門で止められると思っていたのに、今日は卒業パーティーだからなのか全開放だった。学生証の出番なし。
しかし私は、パーティードレス姿ではない。
一目見て、入場者じゃないことがわかるのに、中々警備はザルで、侍従とエナと連れそって、パーティー会場入口まで来れてしまった。
「ここまで来れてしまったわね、やはり時刻に遅れたからかしらね」
二人いた受付の係に、レミニカ公爵家の侍従とクリスナー侯爵家の者だと名乗り、姉の件と言ってライド様を呼ぶようにお願いした。
…
待っていても、全く帰ってこない受付係の人。
軽やかな音楽も聞こえるし、賑やかな声も聞こえる。
何故私は、ここにいるのだろう…
みんなが楽しそうにしているのに、私がみんなの分の不幸を背負ったみたいな気持ちになる。
そもそもの原因は、姉なのか、ライド様なのか、セシリア様なのか。
私も苛々し始めて、マナー違反を犯した。呼ばれてもいないパーティーに勝手に入り、開けっぱなしの扉に近づいた。
「ライド、待てよ。セシリアのエスコートは、婚約者の私の役目だ」
「エドモンド殿下、セシリアは誰とも婚約はしておりません、お忘れなきように!それに今日は、私と約束したのです」
「お前は、婚約者ルチアーノ・クリスナーがいるだろう、不誠実過ぎるぞ」
「殿下こそ、セシリア以外に婚約者候補が二人もいるのに、私の事を言えないでしょう。それに、ルチアーノ嬢とは、本日、婚約を破棄致しますから。その為馬車を手配しましたし、どうせ私とセシリアを見つけたら、ギャーギャー騒ぎますので、その時はっきり言います」
と声が聞こえた。
二人の男に挟まれた銀髪の令嬢がオロオロしながらも、口元が緩んでいた。
「何、アレ…やっぱり全て計画って事よね?」
と、言って侍従とエナを見た。
二人は表情も抜け落ち、顔色も真っ白になっていた。知らなかったらしいな。
まさか婚約破棄の為、姉様はこの会場に呼ばれたらしいのだから。
姉様を行かせなくて、
本当に良かったわーー
間違いなく騒ぐ、叫ぶ、発狂する。当事者でない私でさえ、怒りが湧いているもの。
報告には、証言確保!
「すみません、壁際にいるあなた…」
声をかけた。
「えっ、私かしら?」
こちらを見た三人ほどのドレス姿の令嬢達。私達が聞こえたということは、彼女達もあの会話が聞こえただろう。
「はい、あなた達は、一年生ですか?」
「ええ、そうですよ」
と言ってくれた。ドレス姿じゃないので、騒がれたり、無視されないで良かったわ。
「えっと、今のライド様とエドモンド第二王子様ですよね?間にいるのが、セシリア様?」
と聞くと、何とも言えない顔で頷かれた。
「話し声が聞こえたのですが、今の話、あなたにも聞こえましたよね。とても不穏な会話が」
と証言確保の為に聞く。
「あなた、そう言うのは、聞こえないふりをするべきなのよ。下位貴族なのでしょう、忘れた方がいいわ」
と三人のうちの一人に言われた。巻き込まれ拒否よね、わかるわ。王子に公爵令息だもの。でもね~、私は関係者の妹なので、聞こえないふりは出来ないの。
こちら側は、非常に腹が立つのよ…私の来月からの学園生活がかかっているし、クリスナー侯爵家としての立場があるのよ!
呼吸を整えて、再び話しかける。
「ですよね…でもここにいる侍従は、レミニカ公爵家の者なんです。その色々あってこちらに来てまして…ところで、この関係、こういったやり取りは学園では普通なのですか?」
と聞くと、三人は私を少し怪しんだ。侍従の制服は見た事があったようで、レミニカ公爵家の者というのは、信じたようで、あの三人の関係には肯定した。内緒よと言いながら。
やはり令嬢は、噂話が大好きだ。彼女達は口が軽いし、コソコソ話が止まらない。
次から次へと聞いていないのに出てくるアレコレ。
学園での恋模様が、現在激しいらしい。
「あの二人の他に、ルドルフ王子やリチャード様も加わる時もあるわ」
とも言われた。噂話好き三人令嬢の名前を教えてもらっていると今度は、ダンスフロアから悲鳴が上がった。
「何をするんですか!」
「ランファーノ嬢、わざと飲み物をリリシアにかけただろう」
と体格の良い男性が、一人の令嬢のコップを持つ手を捕まえ、上に上げさせていた。
「あちらの方がリチャード伯爵令息よ、ルドルフ王子の側近で将来の近衞騎士よ。…凛々しいわよね~でもランファーノ様ったら、またリリシアさんに絡みに行ったのね、学生会の方々に怒られるのに」
人の不幸は蜜の味なのかな。
何故か盛り上がっている三人組。
「大丈夫~?怪我はない?」
軽やかに歩きながら、よく通る声でセシリア様が声をかけた。
あなた今まで会場の出入り扉近くにいたわよね?移動が、素早すぎない?
「あ、ありがとうございます~。セシリア様…私は、リチャード先輩が守ってくれましたので平気です」
と小動物のように身を縮めているのに、声はしっかりしている。
ニコニコ笑顔を振り撒いていた。
悲しくないの?
ドレス汚れてしまったのでは?
「ランファーノ嬢…こういった行動を君は何度もしているね、こちらではきちんと把握しているよ。詳しい話は家同士で後でやろうと思うが、悪質だよ君は!私は、君とはやっていけない」
「リチャード様、私、本当にわざとではなくて、誰かの足に引っかかって、ジュースを溢したのです!」
「たまたま、ジュースを持ってリリシアの近くにいた?そんな言い訳を信じる者はいないよ。呆れるよ、君には。リリシアの持ち物が消えているのも、君が指示しているんだろう?クリスナー家のルチアーノ嬢と組んで、学生会にいるリリシアとセシリアをいじめているのは、全て知っているよ…自分の婚約者がこんな人物だなんて、本当に恥ずかしい!!彼女達二人は、毎日悲しんでいるんだ」
まさかここにも姉様の名前が出るなんて!?驚いてしまった。事態は物凄く悪いのではないかしら?
これってクリスナー侯爵家の大ピンチ?
でも、今はあの二人悲しんでるようには見えなかったけど。
「ルチアーノ嬢、出て来なさい。この会場に来ているのは、先程受付係から聞いた。エスコートは出来ないと言ったにも関わらず、わざわざ呼び出して、私を縛ろうとするその独占欲、しつこさと浅ましさ、愛想が尽きた。私も君には言いたいことがある!」
とライド様が言い出した。
扉に、セシリア様を連れ添って来たのは、断りを入れたのに自分を呼び出したことに文句を言う為?見せつける為でもあるだろうけど。
婚約者として最低だわ!
姉様が可哀想だわ。
金切り声をあげたり、騒いでいる姉は想像がつくし、みんなに迷惑をかける姉も嫌だけど、レミニカ公爵家には常識や気配りは皆無なのか?失礼にもほどがあるだろう。
事実を今度のお茶会で、みんなに公表しよう。
姉様に同情するよ、私は…
あの注目令嬢達は、お互いの肩に触れ、顔はよく見えないけど、頭が動いていた。よく見るとチラチラ周りを気にしているし、悲しんでいるとは思えない。
だけど、わざとらしく目元を拭う仕草は何?泣き真似でもしているのかしら?
本当に最低最悪の現場だわ、ここは。
もう、嫌だわ、気分が悪い。頭が痛い。
帰りたい…
…帰りたかった。
なのに、エマが足が震えて動かないと言う。
「置いていかないで下さい~」
と泣かれた。私は、エナをセシリア様に押し付けて、一言、「話は聞いているのよ」と言ってやるために来た事を思い出した。
仕方なく再び会場内を見る。
…
ライド様の呼びかけに、誰も反応しないし、みんな探しているようで周りを見てもルチアーノはいないのよ。
ライド様が苛々されてもね、会場が静かになるだけだ。
何だ、何だと踊るのを止め、みんながライド様を見始めた。
扉付近で、倒れそうになっているレミニカ公爵家の侍従とエナだって、息を潜めているし、もちろん私は、ルチアーノじゃないから、前に出るつもりもない。
みんなの戸惑いが空気感染で伝わる。音楽も止まり、みんな注目もしているし、迷惑だとも思っているようだ。
それはそうだ。
今やっているのは、三年生の卒業パーティー…ライド様は主役じゃない。それなのに、いつまでも自分がパーティーの中心にいたがっているみたい。
カオスなパーティー会場に、受付係が震えながら手を挙げた。
「…ルチアーノ・クリスナー様はお見えになっていません。クリスナー家の者が、ライド様に言伝があると、レミニカ公爵家の侍従と共に受付に声をかけられました」
と消えそうな声で言ったが、ある程度の人には聞こえたはずだ。ライド様は、意気揚々と何かを物申したかったみたいだけど、彼の思い通りにならなくて、それだけでもスッキリした。
口をパクパクさせているし、何あの阿呆顔は!
もちろん、私は、名乗り出るわけでも、手を挙げてアピールもしない。
この会場の空気を読んで、ここは無視一択と判断した。
顔を真っ赤に変えているライド様は、受付係に対する暴言が止まらない。完全な八つ当たり。今にも手を出しそう。
…よくあれが、ルドルフ王子やエドモンド王子の側近なんてやれるわ。賢いかもしれないけど、自分の思い通りにならなければ、駄々をこねる子供だ。しっかり我が家に報告しますよ。レミニカ公爵家も次男だからなのか、教育が甘すぎでしょう、見ている者がみんな不快を表した。
ライド様に近づいたリチャード様は、
「どうなってるライド、話が違うじゃないか!二人同時に婚約者の悪行を言い、追い詰めれば、正当化も出来て私に対する家族からの批判も減るって」
と。
こちらでも揉め始めた。ライド様とリチャード様で、何やらきな臭い話し合いがあった様子に、みんな呆れと引いている。
正当化?馬鹿じゃないか。
そして、愛らしいふりをしていた女性二人は、泣き真似をやめ、呆然とライド様とリチャード様の言い争いを見てる。
「どうなっているの?」
「話が違うじゃない」
「あんなキャラなの?信じられない」
こちらの二人も何か打ち合わせがあったようだ。思い通りにいってないのか、みんながいる場所で、計画がどうとか、こんなの知らないとかあなたが失敗したとか、何の押し付け合い?
…卒業パーティーが、口喧嘩の場でみっともない。
あれが月の女神に花の妖精?
聞いて呆れるわ。
人の噂は当てにならないわーーー
でも、今度のお茶会で良い話題になってきっと盛り上がるわ!
これが学生会の真実、なんて打ち出して話そうかしら。
今回は、私の主催だから大成功間違いなしね。
今日、ここに来て初めて良かったぁ~と思った。
「やめろ、二人とも。ライドにリチャード、今日は卒業パーティーだぞ。お前達迷惑だからこの場から立ち去れ!」
とルドルフ王子の一刀両断の声と、エドモンド王子が、
「どうしたんだよ、セシリアにリリシア。いつも二人は姉妹のように仲が良かったじゃないか。そんな言い争いしないでくれ。大丈夫だよ、計画云々なんてしなくても、私は、セシリアを婚約者に選ぶから。これは失敗じゃないさ。私がいるよ、二人には。私は、兄様が国王になれば、臣下になるけど、太公の位をもらえる。それまでは王子で王族だから、リリシアは、私の側妃になれば良いよ」
あぁ、この王子、話したことなかったけど、かなり脳内お花畑さんだ…
我が国は、王族以外一夫一妻だ。臣下になったら、リリシアさんをどうするつもり?
多分この会場にいる令嬢が、一斉にエドモンド王子に対して、不愉快に思った顔をしただろう。
「はあ~!?エドモンド様の側妃?それって愛人ってこと?冗談じゃないわよ!嫌よ、あなたはセシリア様だけを追いかけてて下さいよ。ルドルフ様~、あなたしかいません~、助けて下さい」
とリリシアさん。
「私だって、こういった馬鹿を堂々と言ったり、妄想的な自己完結する所が嫌だから、ライド様を選んだのよ。私だって、本当はルドルフ様が良かったの!あんな八つ当たりばかりの口だけ男のライド様は、駄目だわ。本性がこんな雑魚なんて思わなかったもの。リリシア、私は侯爵令嬢なの。平民のあなたには王子妃は、無理なの。これは現実で、ここは乙女ゲームの似た世界だったのよ。だって、こんなダサい雑魚キャラが攻略対象者なわけないじゃない。ルドルフ様~、実はリリシアは、リチャード様狙いなんです、私にはっきり宣言しましたし、リチャード様の婚約者のランファーノ様を貶めるよう計画をいくつも実行してました!意地悪を受けたり、やられたふりをしたり、ほとんどが彼女の誘導です。こんな子に、ルドルフ様のお側へまとわりつく資格なんてありません」
とセシリア様。
「何言ってるのよ、あなたから持ちかけた話だったじゃない!この悪役令嬢!私はヒロインなのよ!」
と叫ぶ声。
貴賓席から欄干を何かで叩く音がして、見上げれば、王妃様がいた。
笑っていない目で微笑んでいる。
「今日は、卒業パーティーのはずです。うるさい虫共を追い払いなさい」
と言えば、護衛騎士が、問題人物達を引きずって行くが、まだまだ彼らは、怒鳴りあいが続いている。
会場中、呆れて冷ややかな目で彼らを見ている。彼らは会場から出され、どこかに連れて行かれた。
もちろん私は、端にずれて、問題の人物達と視線を合わせない。
エナをセシリア様に押し付けもしなかった。
エナは、気配を消し、壁に同化するように張り付いていた。…足が動くのね。
会場からは、やたらと明るい曲が流れ始めた。ルドルフ王子様が、何やら一生懸命に声を出し、雰囲気を変えようと話している。
お可哀想に…
仲間は仲間でしょうから、同じような視線で見られているだろう。
もしかしたら、彼らの話を聞いていたのかもしれない。だから、彼らの口を閉じさせるタイミングの悪さ、判断の遅さを露わにした。結果、ルドルフ王子も不出来をみんなに植え付けた。
噂話はそこら中で花が咲いていた。
…ハァーー、とりあえず我が家の醜聞は免れたようだ。
気がつくと、頭痛はなくなっていた。
「エナ、足が動くようね。帰りましょうか?ライド様もいないし、姉様が来れなくなったと言う必要もないわよね」
「…はい。私は、セシリア様が言っていた計画に巻き込まれていたのでしょうか?」
「そうかもしれないわね。とりあえず、私的な手紙も全部提出して、お父様達から恩情を頂けるよう正直に話すことをお勧めするわ…」
まぁ、我が家では働けないけどね。
エナを連れて、クリスナー家に帰ろうとすると、
「アデリア様、私はどうしたらいいでしょう?」
知らないよ、レミニカ家の侍従なんて。
「さぁ?」
とだけ言って、私は真っ直ぐ歩く。一体なんだったのだろう、今日は…
そして、一月後、今日のパーティーの件が、王都の劇場で公開された。
もちろん、全て偽名。
『卒業パーティーの計画』
という喜劇。
別の劇場では、
『学生会の淫らな関係』
というR指定の悲劇。
あの日参加した学生達の脚本だそうだ。
笑い者は、あちら側になった。
少しタイミングが狂えば、こちら側が笑い者だった。
*
春を迎えた。
本日、学園の入学式です。
新品の制服に、友人達に囲まれてキャッキャッしているのは、アデリア・クリスナー侯爵家の次女。
周りにいる学生達が、私をチラ見もしないし、コソコソ話している様子もない。
「平和で良かったわ」
思わず出た言葉に、友人の一人が、不思議そうな顔したけど、噂話を言っている方と言われている方では、気に留め方が違う。
『姉』に対しての噂話に、憐れみも嘲笑も含めた表現に、当事者ではなく妹としてだって嫌な気持ちになったし、それは忘れない。でも言った方は、忘れているのだろう。
今、私と共に笑っている友人達だって、もしも姉様が、あの日醜聞を犯したら…
私の側にいないだろう。
ある日突然…
人は、簡単に態度を変えるし、印象も変える。
私は、あの日みんなの意識が変わった時を見た。
もう誰も、月の女神や花の妖精など呼ぶ人はいない。去年の学生会のメンバーは、今までにない最悪な人選だったと言われている。
「ねぇ、アディー、あの二人、あなたのお姉様とレミニカ公爵令息じゃない?」
と目線を誘導され見た二人組。
「そうね、姉様達だわ」
姉様は、三年生にいる。
見る限りだと、姉様の荷物持ちは、ライド様だ。
「アディーのお姉様の婚約者でいいのよね?今でも…公爵令息の…」
姉様よりも悪名になったライド様。
みんな噂のと言いたいのでしょうが、私にとっては、姉様の時より関係ないからね。
もう、私に言わないで。
「あれが二人の新たな関係なんでしょう。関わって得はしないわ。私は逃げるが勝ちよ」
と言って、声をかけずに歩き出した。
流石に一月経てば、もう新鮮味には欠けるネタ話。友人も黙った。私がみんなにご紹介したネタだもの。
もうあの二人のことは放置している。
身分が高いだけに、八つ当たりされても嫌だからね。
あれからわかった事は、二人は似た気性だということ。我が家で言い争う姿を見たけど、仲直りもすぐしていた。謎で不思議な二人だ。それをお似合いというのかはわからないけど。
レミニカ公爵家から、正式な謝罪があった。この婚約は政略なものだから続行だけど、エナの件はレミニカ公爵家側にも公開し、モルツ侯爵家と三家の話し合いにより、賠償金という形で、レミニカ家、モルツ家からガッポリもらったそう。
母様は、鬱憤を晴らすかのように、二家には嫌味を言ったらしい。父様の疲れた顔は、十年ぐらい老けた感があった。
姉様のこのお金のおかげで、私は自由恋愛でいいと両親から言われている。
うっふふ、これが一番嬉しい。
まぁ、私があの時一番頑張ったのだから、当然よね。
あの日、結局、私は姉様を呼び戻しただけだったけど。
あ、一番大事なこと。
あの残念な卒業パーティーを見ていたわ。嫌な気持ちに耐えて、確実に両親に伝えた。
両家から適当なことを言われても、知らなかったら鵜呑みにしてしまうもの。ある意味一番大事な役割を果たしたわけだわ。
目撃者ね、私は。
あんな気性の激しい公爵令息も嫌だし、お花畑の王子も、視野の狭い伯爵令息も優柔不断な王子も嫌だもの。
私が恋するなら…
穏やかで、優しい人がいいわ、なんて話したら、姉様は、
「馬鹿ね、アデリア、結婚するならそうかもしれないけど、恋愛はヒリヒリするのが楽しいんじゃない、顔に身分も大事!」
…姉様、あなた嵌められそうになったというのに。好きだ、惚れた、こうしてくれなかった…思いが強くなると、他人に見せられる姿じゃないわ、みっともない。
「何よ、その目は」
「いえ、姉様、今、お幸せですか?」
「うーん、微妙かしら?ドキドキもヒリヒリも足りなくて、何か今のライド様パッとしないわね…魅力が無いわね」
私には、その気持ちは全くわからないわ。セシリア様とライバル関係にいたかったってこと?ライド様もエドモンド王子と争うライバル関係が楽しかったのかしら?
そんな会話を思い出した。
まぁ結局似たもの同士なのよね~
「アディー、聞いてる?ほら、あの方私達と同じ新入生よね、凄くカッコいいわよ」
友人達が騒いでいる。
その横を走りすぎて行く男子学生。
「セシリアー、待ってよ、逃げないでよーーー」
全力疾走のセシリア様と追いかけているエドモンド王子…
療養していた身体の弱いはずなのに…そして儚さはどこにいったのだろう?
髪を振り乱し、表情も必死さと悲壮感が漂っている。
そんなに嫌がっても、もう脳内花畑のエドモンド王子様の引き取り手は、モルツ家しかないのに…R指定の醜聞がね~、そんなことはしてないと思うけど、劇が公開されちゃったからねー…3ピー…
エナの件は、やっぱりというべきかモルツ家は知らないの一点張り。
セシリア様とエナの手紙のやり取りは、深い意味はなかった、書く事がなかったから、私達の共通の知り合い、ルチアーノ様のことを聞いただけ、と涙を溜めながら言い訳をしていたと聞いた。悪女なのか小物なのか…
エナは母様が書いた紹介状で、クリスナー家御用達の商会で働いている。
つい先日買い物に行けば、エナは、商会で良い出会いがあったそうで、我が家に感謝していた。
どこでも春は恋の季節なんだろうか?
「ねぇ、あなた、このハンカチ落とさなかった?」
と友人達が、かっこいいと騒いでいた彼に、声をかけた人を見た。今年の新入生を押しのけるように入り込んだのは、リリシアさん。力ずくで周りを押さえているにも関わらず、ニコニコ笑顔は完璧だ。平民の逞しさは凄い。
彼女は二年生だ。特待生のままだけど、貴族のご令嬢に対して、虚偽をみんなに伝え、ランファーノ様を怒らせたり、誘導していたことが問題になったと姉様が言った。
「当然よ、何が、ルドルフ様助けて~よ、第一王子はスパッとあのメンバーとの関係を切ったそうよ。それでも学生会の印象は消えないし、優柔不断の印象は拭えないわ。噂が無くなるまで、隣国に留学に行ったわよ。婚約者がいなくて本当に良かったわよね、王族として首の皮一枚繋がった状態」
と笑っていた。ルドルフ王子様は、お可哀想に~とは思ったけど、人を見る目がなかったのは、王としての資質を不安になるよね。
良いお嫁さんを隣国で見つけてきて欲しいものだ。
「何をしているんです、リリシアさん!」
と厳しい口調の声がかかった。怖そうな女性教諭に連れて行かれたリリシアさん。
しっかり、学園長から注意を受け、学園内における様々な協力的要請があった場合、速やかに奉仕すること。
これが罰則らしい。
「学生会の仕事を放置して、急にどこに行くんですか?あなたには、後二年間罰則があるのですから、今度問題を起こしたら、退学なのですよ。殿方ばかり追い回さず、きちんと仕事をしなさい」
リリシアさんのドレスにジュースをかけたランファーノ様が、リリシアさんに指示しているわ。
重そうな箱を持たせている…
彼女、学生会に入ったみたいだわ。
完全に下僕扱いだわ、こちらも…
リチャード様は、今どうしていらっしゃるのかしら?彼だけは聞いてない。
聞こえないというのは、みんな知らない、表に出ていないのだろう。
…考えるのはやめようと思う。
「アディー、早く、中に入りましょう」
「ええ、今行くわ」
「さっきから、呆けてばかりじゃない。今日から、私達だって、学園の一年生よ。子供じゃないんだから、しっかりしなきゃ」
「そうね、楽しまなきゃね」
友人達に囲まれて、キャッキャッはしゃぎながら講堂に入る。
思い切り誰かの足を踏んでしまった。
「ごめんなさい」
「…前向いて歩きなよ。まぁ俺も端の席に座って足を横に出していたのが悪かったんだけどな。気にしてないよ。転ばせなくて良かったって安堵しているぐらいだから」
と少しばかりの崩れた笑顔を見て…
そして、私は一目惚れをしてしまった。
顔が、良いーーー
ドキドキするわ。
さぁ、これから始まるのは…
やっと
私の話らしい…。