割れたガラス
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私達四人は、捜査一課の会議室に戻ると、今後の捜査方針について話し合った。
「犯人の絞り込み、難しいですねえ……」
私は、机に乗っている捜査資料を見ながら呟いた。
動機という点で考えると、広川さんに脅されていた島崎さん、広川さんにバカにされた松谷さん、そんな松谷さんの婚約者である成瀬さんが怪しい。成瀬さんを尊敬しているらしい柿崎さんも容疑者リストに入れた方が良いだろうか。
広川さんを殺害する機会があった人物と言う点で考えると、これまた関係者全員当てはまる。
島崎さんが広川さんと交わしたというメールを信じるのであれば、広川さんが亡くなったのは午後十時から十一時頃となる。その場合、柿崎さんと一緒に漫画を描いていた成瀬さんのアリバイは成立するが、成瀬さんが無実だと言い切る事は出来ない。
あのメールを広川さん本人が打ったとは断言出来ないし、成瀬さんを尊敬していた柿崎さんが嘘の証言をしている可能性もあるからだ。
「あの、花音さんは現場に散らばっていたガラス瓶の破片とかについて気にしていたようですけれど、どういう事なのか説明してくれませんか?」
「……それは、秀一郎さんに聞いてみないと……交代してみます」
そう言うと、花音さんの目が虚ろになり、次の瞬間にはスッと目つきが鋭くなった。そして、机に肘を突き、両手の指を絡めると、彼女――いや、彼は、妖しい笑みを浮かべて言った。
「やあ、久しぶりだね。小川君、御厨君」
瀬尾秀一郎――それは、解離性同一性障害を持つ花音さんの別人格。私は、笑顔で修一郎さんに挨拶した。
「お久しぶりです、秀一郎さん」
挨拶を済ませた後、私は早速秀一郎さんに、ガラス瓶の事を質問した。すると、秀一郎さんは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「小川君、君も警官だろう。もう少しだけ、自分で考えてみたらいいんじゃないか?」
「ええ……」
私が顔を引き攣らせると、御厨さんも笑って言った。
「小川、花音さんが成瀬さんに質問した事と合わせて考えてみろ。答えはもう出ているようなもんだ」
御厨さんは、既に秀一郎さんの考えを分かっているようだ。
私が考えていると、会議室のドアがノックされた。と思ったら、私達の返事も待たずに一人の女性が部屋に入って来た。
「あー、揃ってるねー。あんた達、鑑識からの報告書を持ってきてあげたわよー」
「課長!」
私は、思わず声を上げた。目の前にいるのは、ウェーブがかった金髪を垂らした三十歳くらいの女性。彼女は、捜査一課長の白鐘卯月。一見刑事には見えないが、若くして課長に昇進したやり手だ。
課長は、花音さんの方を見ると、笑顔で言った。
「あら、今は秀一郎さんなのねー。お久しぶりです」
「久しぶりだね、白鐘君」
一瞬で秀一郎さんだと見破った。課長も以前から花音さんと面識があるらしいが、さすがだ。
「じゃあ、報告書置いておくねー。みんな、頑張ってー」
そう言うと、課長は手をヒラヒラと振って部屋を後にした。
「早速報告書を見ましょう」
御厨さんが、報告書を机に並べる。しばらく四人で報告書を読んでいたが、いきなり堀江先生が声を上げた。
「あ、そういう事か!」
「え、どうしました? 堀江先生」
私が問い掛けると、堀江先生は報告書の一部を指さして言った。
「ほら、ここ、見て下さい!」
そこには、遺体の側に散らばっていたガラス瓶の破片についての記載があった。花音さんが言うまでもなく、鑑識さんはガラスの破片について詳しく調べてくれたようだ。
そこにあった一文を見て、私は目を見開く。
「ガラスの破片の一部に眼鏡のガラスが混じっていた……?」
そこで、私は初めて秀一郎さんの考えが分かった。犯人は、河川敷で広川さんと争っている時に眼鏡を落とすか何かして壊してしまった。割れたレンズの欠片を全て回収するのは難しい。
困った犯人は、どこかに捨ててあったガラス瓶を拾ってきて、遺体の側にガラスの欠片をぶちまけたのだ。眼鏡のレンズが割れていると悟られないようにする為に。
「……という事は、犯人は今眼鏡を無くして困っている……?」
私が呟くと、秀一郎さんが冷めた目で言う。
「しかし、それだけで犯人を絞り込むのは難しいな。島崎結奈さんが眼鏡からコンタクトレンズに変えたのは事件の前。松谷洋平さんも成瀬綾音さんも、予備の眼鏡を持っていたかもしれない」
「そうですね……」
再び会議室に沈黙が流れた所で、報告書を読んでいた御厨さんが「おっ」と声を上げた。
「今度は何ですか?」
私が聞くと、御厨さんは口角を上げて答えた。
「重要な手掛かりだぞ、小川」
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