事情聴取3
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松谷さんの部屋を出る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。私と御厨さんは、花音さんを直接養護施設まで送った後、堀江先生を自宅まで送る事にする。
花音さんを養護施設で降ろし、車内には私、御厨さん、堀江先生の三人だけになった。御厨さんがハンドルを握りながら言う。
「そういえば堀江先生。立ち入った事をお聞きしますが、堀江先生は……花音さんと一緒に暮らすつもりは無いんですか?」
堀江先生は、目を伏せがちにして答えた。
「……僕は、医師として忙しい身です。花音に何かあっても守ってあげられない。花音が女の子特有の悩みを抱えていても力になってあげられない。……そんな僕が、花音と一緒に暮らしていいのか不安になってしまうんです。僕に妻がいたらまた違うんでしょうけど……瑞穂さんは、まだ治療中で家庭を築く自信が無いようですし……」
瑞穂さんとは、花音さんの母親である。瑞穂さんは今、アルコール依存症で治療中だと聞いている。
「堀江先生は、今も瑞穂さんと会っているんですか?」
私が聞くと、堀江先生は頷いた。
「はい。僕が花音の主治医になった頃からたまに会ってました。今、瑞穂さんは真面目に厚生施設に通所していますよ。……実は最近、瑞穂さんに承諾を得て、花音を認知する届けを役所に出したんです」
「そうなんですか!?」
「はい……いずれは、花音と暮らせたらと思っています」
そう言って、堀江先生は穏やかに笑った。
◆ ◆ ◆
翌日、私、御厨さん、花音さん、堀江先生の四人は、警察車両でとあるマンションを訪れていた。マンションの一室の前で私がインターフォンを鳴らすと、「はーい」という女性の声が聞こえる。私が名前を言うと、すぐに玄関のドアが開いた。
姿を見せたのは、緩いダークブラウンの髪を一つに束ねた女性。黒い縁取りの眼鏡を掛けている。
彼女は、広川真理香さんの同級生で、松谷洋平さんの婚約者でもある成瀬綾音さんだ。
成瀬さんは、すぐに私達をリビングに通してくれた。リビングの隅に置いてある棚には、アニメのグッズらしきぬいぐるみやアクリルスタンドがいくつか置いてある。成瀬さんは、漫画家なのだ。
「ごちゃごちゃした部屋ですみません。片付けるのが苦手なもので……」
成瀬さんは、苦笑しながら六人分のハーブティーをテーブルに置いた。私が一口お茶に口を付けた所で、仕事部屋らしい部屋から一人の女性が姿を現した。
「ああ、綾音先生! お茶なら私が淹れますよ!」
そう言ったのは、黒髪をショートカットにした小柄な女性。
「いいのよ、美久ちゃん。美久ちゃんは背景を描くのを頑張ってくれてるんだから」
成瀬さんは、笑ってそう言った後、私達に黒髪の女性を紹介してくれた。
彼女の名は柿崎美久。年齢は二十一歳で、大学に通いながら成瀬さんのアシスタントをしているらしい。
「あの、刑事さん達は今日、例の事件についての捜査でいらしたんですよね? 私、成瀬先生のアリバイについて証言できる事があります。私も同席させて下さい!」
柿崎さんが勢い込んで言った。お言葉に甘えて柿崎さんにも同席してもらおう。
「では、一昨日も伺いましたが、事件のあった日の午後八時から午後十一時頃、成瀬さんはどちらにいらっしゃいましたか?」
私達六人が席に着いたところで、御厨さんが早速質問を投げる。成瀬さんは、落ち着いた様子で答えた。
「あの日は、夜の七時半頃から夜中の十二時頃まで、ずっと仕事部屋にいました。締め切りが近かったので。……でも」
成瀬さんは、気まずそうな表情で言葉を続けた。
「八時半頃、息抜きの為にコンビニに行きました。コンビニには十五分くらいいたと思います」
その時、両親から食事の日程を変更したいと言われていた事を思い出した成瀬さんは、婚約者である松谷さんに電話をしたとの事。
「私はその頃自宅で寛いでたんですけど、八時時五十分頃、綾音先生から電話があったんです。『美久ちゃん、助けて! 締め切りに間に合わない!』って。私の家はここから近いので、自転車に乗ってすぐ駆けつけました。九時頃にはこのマンションに到着して、それから夜中の十二時過ぎまでずっと綾音先生のお手伝いをしていました」
柿崎さんがそう補足する。
「あの時はごめんね、美久ちゃん。夜中まで手伝ってもらっちゃって……」
「いいんですよ。翌日は一限目からの講義は無かったですし……」
柿崎さんは、手をヒラヒラと振って成瀬さんに応える。
「つまり、午後九時頃から十一時頃までの成瀬さんのアリバイは、柿崎さんが証明できるわけですね?」
御厨さんが聞くと、柿崎さんはコクコクと頷いて「はい、そうです」と力強く言った。
「……コンビニの店員の証言や防犯カメラの映像で、成瀬さんがコンビニを訪れた事は確認できています。それでも、八時から八時半頃までのアリバイが無いのは痛いですね。このマンションから現場となった河川敷まで、車を使えば十分くらいで行けますから」
私の言葉を聞いて、成瀬さんと柿崎さんが目を伏せる。
「広川さんと成瀬さんとの間には、トラブルもあったと聞いています。同期会の事について、もう一度お話して頂けませんか?」
私が言うと、成瀬さんは眉根を寄せたまま話し始めた。
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