河川敷の遺体
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九月五日の昼下がり。私、小川沙知は、警視庁捜査一課の会議室にいた。
「では、事件の概要を説明致します」
そう言うと、私は辺りを見回す。私の右隣には、先輩刑事の御厨圭介。私の向かいには、捜査協力者の木下花音さん。花音さんの左隣には、花音さんの主治医だった堀江雅人先生が座っている。
事件が発覚したのは今から二日前の九月三日。とある河川敷で、一人の女性の遺体が発見された。被害者は広川真理香さん三十歳。都内にあるデパートに勤務している。
凶器は近くに落ちていた大きめの丸い石で、撲殺と思われる。死亡推定時刻は、九月二日の午後八時から午後十一時。
私と御厨さんは、被害者の交友関係を中心に捜査し、容疑者をある程度絞り込んだが、そこから中々捜査が進まなかった。
「……というわけで、花音さんに協力を要請する事になりました。もう夕方近くなので、今日は第一発見者の話を聞くだけにしましょう」
私は、そう言うと机に広がった捜査資料を纏めた。花音さんは十二歳の小学生、堀江先生は医師としての仕事があるので、平日の昼間は時間が取れない事が多い。
「俺が運転するので、四人で第一発見者に会いに行きましょう」
御厨さんが、そう言って立ち上がった。
◆ ◆ ◆
第一発見者の元へ向かう社内で、後部座席の堀江先生は恐縮した様子で言った。
「……でも、良かったです。僕が主治医じゃなくなっても花音に付き添う事を許可して頂けて」
一般人が捜査協力者として捜査に参加するには、特別な許可が必要だ。堀江先生は、今まで捜査協力者である花音さんの主治医として捜査の場にいた。だから、花音さんの主治医を辞めた現在も捜査に同行して良いのか不安だったのだろう。
「まあ、許可は出るでしょうね。堀江先生は、花音さんの父親なんですから」
御厨さんが、ハンドルを握りながら笑みを浮かべて言う。そう。堀江先生は、花音さんの父親なのだ。最も、約二か月前まで、堀江先生はその事を花音さん本人にも隠していたのだが。
しばらく車を走らせると、右前方に川が見えてきた。御厨さんは、河川敷の近くに車を停めると、「着きました」と言って車を降りた。
私達四人が河川敷を歩いていると、コンクリートで出来た橋の側に緑色のテントが張ってあるのが目に入る。
御厨さんが、テントに近付き「大原さーん、いらっしゃいますかー」と声を掛けると、一人の男性がテントの中から顔を出した。
六十代くらいのその男性は、白髪交じりの髪を短く刈っていて、無精髭を生やしている。この男性が、事件の第一発見者である大原裕二さんだ。
大原さんは、ここをねぐらとする所謂ホームレス。大原さんは事件のあった日の朝七時頃に、コンビニのお弁当を買おうとテントから出てきたところ、百メートルほど離れた川辺に倒れている広川さんを発見したというわけだ。
大原さんは、御厨さんが花音さんと堀江先生を紹介すると、感心したように腕を組んだ。
「へえー、こんな可愛い子が捜査協力者ねえ。頭が良いんだなあ」
花音さんは、小さな声で「……いえ、そんな……」と言って俯く。私や御厨さん、堀江先生とはそれなりにおしゃべりする花音さんだが、やはり人見知りの傾向があるのだろう。
「それで、刑事さん達。今日は何の用で? 一昨日、遺体を発見した時の状況は話したはずだけどな」
「何度も申し訳ないですが、もう一度その時の状況を話して頂けませんか?」
御厨さんが笑顔で頼むと、大原さんはすんなりと話してくれた。一昨日の話と矛盾はない。記憶違いなどはなさそうだ。
「あの、大原さんは事件が起きたと思われる夜もテントにいらしたんですよね。何か不審な物音を聞いたとか、不審な人物を目撃したとか、そういう事は無かったでしょうか」
私が聞くと、大原さんは頭を掻きながら答えた。
「いやあ、午後八時から午後十一時だっけ? その時間、俺は寝ていたから、何も気づかなかったなあ。空き缶拾いで疲れてたし」
「そうですか……その他に、何か気付いた事はありませんか?」
「他に気付いた事と言えば、遺体の側にガラス瓶が落ちていた事くらいかなあ」
その話も一昨日聞いている。大原さんが発見した時、遺体の側に、日本酒の透明な空き瓶が二本割られた状態で落ちていたと言うのだ。
その後も私達は大原さんに話を聞いたが、有益な情報は得られなかった。
「ご協力ありがとうございました」
御厨さんがそう言った後、私達四人はその場を後にした。
◆ ◆ ◆
その後、一旦警視庁に戻った私達四人は、再び会議室に集まる。席に着くと、御厨さんが花音さんに問い掛けた。
「今日の捜査はここまでになりますけど、帰る前に何か聞いておきたい事はありますか?」
花音さんは、少し考えた後真面目な顔で答えた。
「……聞いておきたい事は無いですけど、ご遺体の写真をもう一度見たいです」
それを聞いて、私は机の上にある捜査資料を広げた。そして、写真のある個所を指さす。
「これが写真になります」
そう言って私が捜査資料を渡すと、花音さんは一枚の写真をジッと見つめた。
写真には、長い髪を亜麻色に染めた女性が横たわる姿が写っている。広川さんだ。頭部には傷跡が確認され、痛々しい。
「……確かに、ガラス瓶の破片がご遺体の周辺に散らばっていますね。しかも、ご遺体の服の上にも散らばっている」
花音さんに言われて見ると、確かにガラスの破片は、青いワンピースを着た広川さんの上にも少し散らばっている。
「広川さんが亡くなった後で何者かがガラス瓶を割ったと思われますが……何故そんな事をしたかは分かりませんね」
私が口を挟むと、花音さんは無言で頷いた。
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