サプライズ・プレゼント
サプライズ好きの彼氏がいて困っている。
心底困っていて嫌でたまらない、という訳ではないが、付き合いも長くなるといい加減にサプライズのネタも尽きてくるし、ちょっとばかし面倒だと思っても仕方ないだろう。付き合い始めたばかりのころは、そりゃ、おもしろい人だ、私のために毎度毎度、色んなことを考えてくれるなんて素敵! とか思ったけれど、七年もの時間が流れると流石に困る。
今だにデートの始め、途中、終わり、どこかでサプライズを仕掛けてくる――最悪の場合、一回のデートで三回のサプライズがあるのだから。
親友にこんな悩みがある……と話すと、彼氏よりはるかに付き合いの長い彼女はこう言った。
「お茶目じゃん。子供心を忘れない人って素敵だと思うよ。いいよね、あんたはさ。あたしなんて……彼氏がいないわ! ノロケやがってド畜生! 贅沢な悩みなんだよ! 全世界のさみしい女に代わってぶん殴ってやる! ボコボコじゃい!」
前半はすごくにこやかに、後半は鬼の形相で。
確かに飲みの最後あたり、かなり酔いが回ってきてる時に相談した私も悪いのだけど、あのあと暴れ出した友人をなだめるのに苦労した……って話がそれた。今はアルコールに酔っている親友の話ではなく、サプライズに凝っている彼氏の話だ。
私だって子供心を忘れないのは大切だと思う。特に大人になって、なんだかくすんだ気分になってるときなんかは心の底からそう思う。でも、大人になって、普段から毎日毎日、子供心のままでいるのはいかがなものだろう。
……しかし、彼氏が本当に大人なのか、と聞かれると言葉に詰まる。
彼氏は舞台に立つ俳優なのだが、もちろんあんまり売れていない。主役をはったことは小さな自主劇団ですら片手で数えるほど、普段は端役を梯子し、時たま回ってくる準々々々主役ぐらいで食いつないでいる。バイトを定期でこなしつつ、ギリギリ自立した生活はおくれているものの、世間的にはまっとうな大人とは言い難く、いい歳こいて未だに夢を追い続けているあたり、精神的には大人になりきれていないのかもしれない。
彼の演技はそんなにひどくないとは思う。私は演劇にうとく、彼にチケットを貰ってやっと出かけるぐらいの興味しかないので、大層なことは言えない。だけど、彼女のひいき目を除いても、仕事が途切れないところを見ると、私の感想はあながち外れていないのではないだろうか。チャンスに恵まれないだけだ……と擁護することもできるけれど、チャンスはもぎ取るものだ。大人になればよく分かる。何がよくともそれだけではチャンスはつかめない。それを逃し続けているということは、やっぱり彼の実力は中途半端なのだろう。
クリスマス、すなわち十二月二十五日の昼さがり、私は久しぶりのデートに出かけるため、念入りにおしゃれしているところだった。ここ数ヶ月、彼氏に仕事がなく、奴はデートできないほど元気がなかった。お前の都合だろうが! と怒りがわかないでもなかったが、私としても意気消沈している彼を誘い辛く、あんまり会えてもいなかった。
しかし昨日、クリスマスだし、ということで久しぶりに彼氏の方からお誘いがあったのだ。デートならイブだろ、と思わないでもないが、電話で話しただけでもわかるほど声にハリが戻っていたので、とりあえず長かったネガティブモードからは脱出したらしい。いいことだ。急なお誘いで慌てたけど、ちゃんとプレゼントも用意してあるし、私の準備はできてるぜ。
はい、ここで問題が一つ。
元気になった彼は、間違いなく数ヶ月ぶりのデートで仕掛けてくる。おそらく貯め込んだうっぷんを晴らすかのように手のこんだサプライズを狙っているに違いない。
彼とデートできるという喜びの反面、何が出てくるのかというゲンナリ感があるのも否定できない。ぶっちゃけて言うが、私はもう彼のサプライズでは驚けないのだ。一人の人間が思いつく驚かせ方なんて、そう数がない。
彼には悪いが、もはや芸がないのだ。
私はそんな思いを抱きつつも、はやりウキウキした気分で準備を終え、意気揚々と家を出た。時刻はすでに夕刻だ。夕闇が迫りつつあるものの、まだ明るい。そんな時刻。
今年は何やら寒波がすごいらしく、ここ数日の冷え込みで降り積もった雪があちこちに残っている。今日からはちょっと暖かいらしいが、体感的にはあまり変わらない気がする。
寒空の下、目的地は彼のアパート。私の家から徒歩で三十分ほどの距離にある。
彼氏が迎えにも来てくれない理由は、彼が一人で歩いてアパートまで来てほしいと言ったからだ。要するに私が家を出た瞬間から、彼のサプライズ計画は始まっているのだ。
やれやれ……何が出てくるのやら。まあ、彼氏のわがままに付き合ってやるのも悪くはないだろう。言っても久しぶりだし。
足取り軽く歩いて、アパートの近所にある大きな煙突付きの立派な洋館の角を曲がった先で、突然、大の字で突っ立った女の子に通せんぼされた。
「え?」
「困った困った。本当に困りました」
女の子は私が気づいたことを意識したのか、大の字をやめ、腕を組んで首をひねった。
「えーっと、この辺にコンビニはないものでしょうか……」
女の子はチラチラこちらを見てくる。
これは……。
おそらく、と言うまでもなく、彼の手の者だろう。サプライズ関係者だ。他者を巻きこむサプライズは彼としては珍しい部類だけど、今までだってなくはない。他者を巻きこむときは大掛かりになることが多く、今回にかける彼の意気込みが感じられる。
「えっとね……コンビニはこの先よ。真っ直ぐ行ったら国道に出るから、そこを左に曲がったらあるわ」
女の子はコンビニの場所を教えないと、どいてくれそうになかったのでとりあえず場所を教える。
「え! ありがとうございます! 教えてくれるなんて親切な人ですね! ありがとうございます! 本当に助かりました! あ、これささやかですけど、お礼です! じゃ、本当にありがとうございました!」
女の子はわたしの手に何か茶色い袋を押し付けると、パタパタと走って行った。
何なんだ、あれは……。どういうサプライズだ? あまりにも意味が分からないぞ。
あっけにとられる私に残ったものは、女の子が押しつけていった茶色い小袋だけ。中身を確かめてみれば、瑞々しいおいしそうなみかんだった。三個入っている。
……これがクリスマスのプレゼントとすれば、うん、十分サプライズだが。
あまり悩んでいてもラチがあかないので、とりあえず謎の女の子のことは忘れ、私は彼のアパートに向かった。すると百メートルぐらい進んだところで、ぐったりと座り込んでいる少年に出会った。ポストに背を預け、ハァハァと荒い息を吐いている。
「…………」
「う……喉が……喉が乾いた……ら、ランニングをしていたらこのザマか……近くに自販機はない……」
そんなになるまでランニングなんてするなよ、少年。喉が渇いて座り込むなんて馬鹿みたいだぞ。あとチラチラこっちを見るのはやめてよ。
「……あのさ、みかんでよければあげるよ。今の手持ちじゃこのぐらいの水分しかないんだけど」
息も絶え絶えな少年に近づいて、私はみかんを差し出した。少年は差し出したみかんをひったくるようにして奪うと皮ごとかぶりついた。
おお……苦いだろうに。またたく間に三個のみかんを平らげた少年は、スクッと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ありがとう、見知らぬキレイなお姉さん。おかげで助かりました。つまらないものですが、これは感謝のしるしです」
そう言って差し出されたのは金槌だった。いや、つまらないもの過ぎるだろう。これ持って走ってるって君はいったい何者だ? 誰かをブン殴りに行くつもりだったのか? それとも重りの代わり?
普段であれば絶対に受け取らないが、今回は黙って受け取る。受け取ると言うか押し付けられたのだけど、まあ、返しはしなかった。
この金槌を持ったランニングの最中脱水でグロッキーになっていた謎の少年も間違いなくサプライダーだろう。
元気よく走り去る少年の後ろ姿を見ながら、私はなるほど、今回はこういう趣向なのか、と納得していた。
いわゆる『わらしべ長者』というヤツなのだろう。自分の持ち物で困っている人を助けて行くと最後にはとんでもない宝物を手に入れられる、という話だ。原典では最終的に豪邸と広大な畑を手に入れたのだっけか。クリスマスプレゼントに豪邸って重すぎるけど……。
コンビニの場所→みかん→金槌。これから先、金槌が一体何に代わるのかはわからないが、とりあえず前に進んでみよう。
私は大工仕事をしていたおじいさんを助け、風船が木に引っ掛かっていた子供を助け、杖が折れて困っていたおばあちゃんを助け、犬を追いかけていた少女を助け、泣きやまない赤ちゃんをあやすママを助け、自殺しそうだったおじさんを助けた。
彼のアパートまでたかだが三十分の距離なのに、ずいぶんな大冒険をしたじゃないか。
私が少年から譲られた金槌は面白いぐらい様々なものに変化した。
大工仕事のおじいさんは金槌がなく、金槌と巻尺を交換してくれた。少年の風船は四苦八苦したものの、伸ばした巻尺で取ることができ、少年はおもちゃの剣をくれた。おばあちゃんの折れた杖の代わりに割合しっかりしていたおもちゃの剣をあげて、役に立たなさそうなヒモをもらった。少女の犬はリードが切れていたので、役に立たないと思っていたヒモをリード代わりにしてあげて、お礼にぬいぐるみをもらった。泣き叫んでいた赤ちゃんはぬいぐるみをいたく気に入り、代わりにおどろおどろしいお面をもらった。そりゃ、こんなお面であやしていたら泣いちゃうよ。おどろおどろしいお面をかぶってくれ、と暗に頼まれたので、恥ずかしかったがサプライズの一環として大人しく言う通りにかぶって歩いて行くと、橋から飛び降りかけていたおじさんが私を見て驚き――お面を見て驚き――演技だろうけれど――自殺を中止してくれた。命のお礼には安いけれど、私は可愛らしい手袋を貰い、おじさんに頭を下げられた。
「ありがとう、お嬢さん。危うく命を捨てるところだった。恥ずかしいから理由は言わないけど、これからは強く生きて行くよ」
「ええ。そうして下さい。なんならこのお面記念にどうですか。また自殺したくなったときにでも見てくれれば」
「ああ。ならそうしようかな。じゃ、これはお礼だ。あげる予定だったんだが、その予定はキャンセルになったものでね。つまらないものだが」
「いえ。ありがたく」
そんな会話をしておじさんと別れた。今、私の手の中には手袋がある。これで私のわらしべ長者はコンビニの場所→みかん→金槌→巻尺→おもちゃの剣→ヒモ→ぬいぐるみ→お面→手袋となった。本家とは違って価値が増加しているわけではないけれど、意外と面白い。
しかし、そろそろ終わりが見えてくるだろう。彼の家までそんなに距離もないし、よくてあと一人というところか。
もうすぐ彼の家につく、そんなところで私は両手を寒そうにこすり合わせている恰幅のいい素敵なひげのおじいさんに出会った。きっとこの人が最後の一人に違いない。
「やれやれまいった。あの子をデートだからって、家の前であがりにしてあげるんじゃなかったかな……いつも頑張ってくれてるとはいえ、サービスしすぎたかな。おかげで帰るのに時間はかかるし、思わぬ残業だ……」
おじいさんはぶつぶつ呟きながら突っ立っている。こちらに気づく様子もないので、とりあえず声をかけて見た。
「あの、寒ければこの手袋はどうですか? もらいものなんですが、寒がっているあなたにぴったりかな、と。ちょっとデザインはファンシーですが」
「おや、親切なお嬢さん。ではお言葉に甘えて。これはお礼です」
おじいさんは紙袋を差し出してくる。なんの疑問も抱いてないし、下手な説明もなかった。私から物を受け取り、対価として何かを渡すのが当然と言わんばかりの対応だ。
私は何の変哲もない紙袋を受け取った。
「中身は後で見て下さい。そうですね、目的地にでも着いたときに。では、これで」
おじいさんはそんな忠告をして、たったかた、と駆けて行った。
なるほど……これは彼に渡せと言うことかな。それで最後に彼がちゃんとしたプレゼントをくれると言うわけだ。ふっ……意外と出来てるじゃない。見破っちゃったけどね。
インターホンを鳴らすと彼が玄関から飛び出してきた。尋常じゃないぐらい焦った顔で。
「やあ、って……なんかあった? 死にそうな顔してるわよ。久しぶりのデートで見せる顔じゃないと思うけど」
「いや……ごめん! サプライズ失敗した! わらしべ作戦を練ったんだけど、最後の一人が待ってる間に気分が悪くなって病院に運ばれた!」
彼はサプライズの失敗によほど焦ったのか、いきなり全貌を暴露した。まったく……そんなに恐縮しなくてもいいのに。十分だよ。
「謝んないで。意外と楽しめたから。それで、その最後の人は大事ないの?」
「あ、うん。それは大丈夫。軽い貧血だって。でも……」
「でも?」
「君がもらうはずだった最後のアイテムが行方不明になって……あれ? それ!」
彼氏は私が持っていた紙袋を凝視している。
「ああ、これ? なんかそこの角でおじいさんと手袋で交換してくれたヤツよ」
「おじいさん? いや、最後の角で待ってるはずなのは、運ばれた女の子で……っていうか、それが最後のアイテムなんだ!」
「へ? え? じゃあ、あのおじいさんは知り合いじゃないの? 恰幅のいい紳士的な人」
「うん。まあ、最後は女の子だったし」
ポカンとした顔を見せる彼氏を横目に、私は唐突におじいさんの最後の言葉を思い出し、袋の中をのぞき込んだ。
きれいに包装された箱が一つと長方形の紙切れが一枚。
「チケット……?」
つまみ出した紙切れは演劇名がデカデカと書かれたチケットだった。
「ああ……初主演。今夜初上演、ぜひとも見に来てほしくて。デートはその後。今日はすごいよ。公演もデートも」
「……すごいじゃない。いや、正直なんて声かけたらいいのかわかんないけど、とにかく、おめでとう。これが一番のサプライズかも」
照れた笑みを浮かべる彼の顔を見ていると、こっちまで幸せな気分になる。
「主演も、デートも楽しみにしてる」
「しかし、そのおじいさんって誰だったんだろう? そもそも計画に入ってないし、誰からも助っ人に入るなんて連絡もなかったし……」
二人で連れだって劇場へ向かう。道中、彼はしきりにおじいさんことを気にしていた。
「ああ……あれ」
「なに、何か考えあるの?」
「気にしなくていいんじゃない」
「いや、気になって演技に集中できないかも……」
「しっかりしろよ、主演男優」
「それは冗談だけど、やっぱり気になる」
「フッ……あのねぇ、恰幅のいいおじいさんだって言ったでしょ。この時期にそんなおじいさんがいたら……」
確証なんてない上に、今の今に思いついたのだが、意外とありだ。
困っていた子供心を忘れない彼を見ていたのだろう。特徴のある服こそ着ていなかったし、ひげもイメージほど長いわけじゃなかったが、あれはきっと……
「サンタクロースに決まってるでしょ」