ハッピー・ツリー
本格的なクリスマスツリーが欲しかった。昔から本物のモミの木で作ったクリスマスツリーに憧れがあった。
クリスマスの少し前、我が家のポストに入っていたチラシで、街はずれにモミの木が売られていることを知った。その手書きのチラシには可愛らしいポップな字体で、クリスマスツリー用のモミの木が販売されていることが書かれてあった。
あまり乗り気ではなかった夫を、娘に本格的なクリスマスツリーを、と説き伏せ、私はその場に出掛けることにした。
モミの木販売所は本当に街はずれにあり、数年この町で暮らしている私でもこんな場所があるとは知らなかった。
鉄柵に囲まれた畑があって、その中にモミの木が植わっているのが見えた。少し霧がかかっているのかあまり遠くまでは見通せない。鉄柵の外には小さな小屋が一つあり、その前にこれまた小さなおばあさんが一人で佇んでいた。
「予約していたものです」
受付らしいおばあさんに声をかける。
「ここにお名前を」
おばあさんは穏やかな表情と優しげなしぐさで注文書を差し出してきた。私はそれにサインをした。
「はい。確かに。ではあちらの方ですね」
おばあさんはにこやかに笑い、番号が振られた小さな紙をくれた。
「畑には番号が振ってありますので、そちらを頼りに探してください。お名前を書いたプレートが木の前にあります。運べるように準備しております」
そう説明されて、私と夫は畑に足を踏み入れた。
「どの辺なの?」
「G‐5って書いてある」
入り口付近には当たり前だが、Aの畑があり、そこにモミの木が並んでいたのだが、その並んでいるモミの木があまりにも小さい。一番手前に植えてあるものなんて、5センチぐらいしかない。奥に行くほど少しずつ大きくなっているので、手前は苗木かとも思ったが、それにしては形が立派すぎる。ミニチュアみたいだ。
「なにこれ……」
目的のものでもないのに思わず眺めてしまう。
「飾り用なのかしら?」
「まあ、小さいやつも需要はあると思うけど」
「確かにそうだけど」
不思議に思いながら目的のGの畑に向かう。B、Cと畑を通り過ぎると少しずつモミの木のサイズが大きくなっているのがわかった。膝丈から腰丈になり、身長と同じぐらいという風に少しずつ大きくなっている。
目的のGの畑に来るとモミの木のサイズは2メートルに近くなっていた。私が注文したものは部屋に飾れるギリギリのサイズで、2メートル半ぐらいのものだ。Gの畑の5本目には私の名前が書かれたプレートがあって、モミの木が運べるように大きな台車に鎮座していた。
「わあ……」
素敵だ。これが飾れるのかと思うとわくわくする。
「じゃあ、持って帰ろう」
乗り気ではなかった夫も流石に本物をみると少しテンションが上がったようで、いそいそと台車に手をかけている。
「うん」
Gの畑を出て、向こうはどうなっているのかと疑問がわいた。おそらく奥に行けば行くほどモミの木が大きくなっているはずだ。確か、モミの木は30メートルぐらいまで成長したはず。しかし、いまだに残る霧のせいであまり奥まで見通せなかった。
せっかく大きなモミの木が見られると思ったのに。
少し残念に思いながら振り返ろうとした瞬間、強烈な突風が吹き抜けていった。
「あ」
風にあおられ霧が晴れた。向こうには30メートルを超えているであろう巨大なモミの木があり、となりにはモミの木の半分ぐらいの大きさの人が立っていた。毛皮の服を着て、ひげ面の巨人が二人いる。
「…………」
驚きのあまり声が出なかった。幻覚かと思って隣を見ると、夫もポカンと口を開けて、巨大なモミの木と巨人を見ていた。
不思議と恐怖はなかった。たぶん、巨人にわくわくしたような雰囲気があったからだと思う。その巨人は私たちと同じようにモミの木を持って帰ろうとしているのだと思った。
吹き飛ばされた霧が帰ってきて、巨人たちの姿は見えなくなった。
私たちは半ば放心状態のまま、台車を押して元来た道を戻った。帰り際にAの畑を見たのだが、あの小さなモミの木はなくなっていた。モミの木があった場所には小さな穴が開いているだけだった。私は霧に紛れる本当に小さな背中を見たような気がした。
「気に入っていただけましたか」
畑の外に出るとあのおばあさんが声をかけてきた。
「はい。もちろん、気に入ったのですが……あの」
おばあさんは優しく微笑み、自分の唇に人差し指を当てた。彼女に目には穏やかな悪戯っ子のような光が宿っていた。
「…………」
「別に大したことではありませんよ。色んなお客様がいらっしゃいますから」
それを聞いて、私はふうと息を吐いた。多少なりとも緊張していたのだが、どうやら何の心配もないらしい。
「……わかりました。では、私たちは自分のモミの木を持って帰りますね。素敵なものをありがとうございます」
私は笑みを浮かべるおばあさんに頭を下げる。おばあさんは頷いていた。
「どんな世界でも、誰だって、クリスマスツリーを飾り付けるのが好きなものですよ」
「そうですね。楽しいですから」
私も穏やかな笑みを浮かべて言った。