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ありえない方向から社会復帰した。  作者: 水鳴諒(猫宮乾)
――第十二章(愛情)――
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■【下】人工的天才児育成計画

 ――メルムを特定しなければならない。存在するのかも含めて。

 ――箱船の意味を再考しなければならない。

 ――非実在性ファントムクラック有可視化能力者について、学ばなければならない。

 ――自分の素性を知らなければならない。


 脳裏でリスト化したギルベルトは、揺り椅子に座って、ギシギシと体を揺らした。

 頷いてから、茨木にコスモスで連絡をした。


 簡潔にここまでの話を伝えると、茨木は静かに口を開いた。


「宋伯爵の元へ向かわれた方が良いでしょう。彼はずっと、それらに関して研究を続けています。もう何年も、研究室から出ていないと、先日耳にしました」


 その言葉に素直に従い、ギルベルトが連絡をしたのは、その日の内の事だった。


「メルムは存在するのか?」


 ギルベルトは、挨拶直後、単刀直入に切り出した。事前説明などは何もしない。


『するだろうな』


 しかし答えた宋伯爵も、必要としてはいないようだった。

 彼は――非常に強いコスモス能力を持っている。話せば、それだけで伝わる事が多い。


「箱船受精卵から連なる子供か?」

『――ああ。そうらしい』

「それ以外には、いないのか?」

『いないようだ』

「何故分かる?」

『お前が調査をおこなったからだ。いないと確信しながら。その時全て、それは消えた』

「……調査後は?」

『ラシード氏の娘達の血脈は、しっかりと観察記録をされてきた』

「どうやってメルムであると判断できる?」

『それは非常に簡単だ。彼らは、テレパシー能力が使える。しかしそれは、厳密にはコスモスとは異なる。同じ種族間でしか使えないコミュニケーション技法らしい。人で言うところの聴覚を使う。よってこえは、双子同士におけるような、ごく内輪的テレパシーとも話が違う――その時、箱船由来の人々は、耳を強く思念する。それも外部からモニタリングが出来る。彼らは、人受精卵から蘇った存在ではなかったと、僕らのような研究者はもうしばらく前から考えているぞ』

「滅ぼす――殺害処理する事は、しないのか?」

『研究倫理としてか? 研究の一環としてか?』

「どちらでも良い。そいつらを滅ぼす予定があるかどうか知りたい」

『――彼らはテレパシー類似の超感覚的意思伝達手法を用いて「オロチに備えよ」と繰り返している。「オロチが自分達に気がつかないわけがない」と、「オロチがユメグの術で出現したら、今度こそ終わりである」と、繰り返している』

「……」

『僕達には別に彼らに危害を加える予定は無いが、保護をする予定もない。そんな彼らは、自分達が滅ぼされると考えているようではある。逆に聞くが、それはギルベルト侯爵様、貴方の手による滅亡か?』

「……――リストを送付してくれ。今すぐに。箱船から連なる、人ではない者の」


 こうしてギルベルトは通話を打ち切った。宋伯爵からは、すぐに望むものが届いた。

 ソファに寝そべり、一枚一枚、紙をめくってリストを見る。ある名前を探していた。全てを読み終えた時、そこに名前が無かった事で、ギルは不意に泣きそうになった。良かった、と、全身が震えていた。どこにも、凛の名前も生体情報も記載されていなかったのだ。


 ――もしも凛がメルムだったならば。


 ギルベルトは、凛を殺す事など、出来るはずもない。仮にメルムだったとしても、ギルベルトは凛が好きだ。ギルベルトはそう考えながらも、リストを見る事には怯えてしまった。だから今、涙が出るほど、嬉しかった。凛は、人間だったのだ。


「ギル? どうかしたの? 泣いていたの?」


 フォンスの転移で戻ってきた凛は、驚いたように紙袋をテーブルに置いた。林檎が転がったが、気にしないようにして、ギルベルトに歩み寄る。ギルベルトの背中を撫でながら、凛は彼が差し出した紙を見た。


「これ――メルムの?」

「ああ。そうだ」


 ――殺せるか?


 ギルベルトは心の中で、無意識に続けた。凛は、それを読み取った。


「うん」


 林檎を拾ってテーブルに載せてから、凛は姿を消した。ギルベルトも後を追う。

 二人は、太平洋上空にいた。嘗て、メルムのラピュタじみた城があった座標だ。

 凛が、その時目を伏せた。そして、静かに目を開けた。


「終わったよ」


 今回は、二人の正面で倒れたものは、誰もいなかった。

――その翌日の新聞では、各国での集団突然死のニュースが三面記事には記載されたが、この時、凛やギルベルトの名前が出る事は無かった。



 二人は、帰宅すると、それぞれがソファに座った。そして、顔を見合わせる。


「――また、俺はお前にやらせてしまったな」

「うん」

「有難う」

「うん」


 頷いた凛を見てから、ギルベルトが腕を組んだ。


「箱船の警告の意味は――宋伯爵の言葉を合わせて考えても、メルム同士の警告だったということで良いだろう。残るは、俺の神様可能性と、素性か」


 それを聞きながら、凛が珈琲を二つ出現させた。


「凛。お前は、俺の素性をなにか知らないか? 調べていたんじゃないのか?」

「――調べていたよ。好きな相手の事は、より多く知りたいから」

「結果を教えてくれ」


 すると凛が指を鳴らし、一つの封筒を取り出した。分厚い書類が入っている。


「ここに資料があるよ」

「悪いな」


 受け取ったギルベルトは、紐で綴られた紙束を取り出した。放り投げた封筒は、宙で浮かんでいる。


 ――表紙には、『人工的天才児育成計画』と書いてある。

 年月日は西暦だった。国際連合機密とある。


 天才児の遺伝子研究についての報告書だった。致死性遺伝子を排除し、天才遺伝子のみを保護し、その他――マリア・セグメントにおいては、まだ見つけ出されていなかった――そして世界情勢の混乱で研究が潰え、忘却された数多の因子……それらを詰め込んで、天才児を作るという研究のレポートだった。その際に「ラシードという人物がフォンスを与えた」と走り書きされたメモも挟まっていた。


 試験管で生まれた天才児の研究が、すぐに立ちいかなくなったのは、その者が――非実在性ファントムクラック有可視化能力者だったからである。そう、付け加えられていた。その筆跡を、ギルベルトは知っていた。観察記録を書いた人間の名前を見て、何度か頷く。


 ――記録者:エイブラム・コースフェルト。これは、ギルベルトが知る限り、比較的新しい茨木の名前である。


 紙をめくれば、サンジェルマンの記録もあった。

 そして、最後に――……隅洲琉唯の名前がある。


 その後、各自引き取られた形跡があったが、琉唯以外の消息は不明。そう記されて終わっていた。


「――なるほどな」

「うん」

「なぁ凛」

「何?」

「俺は、非実在性ファントムクラック有可視化能力者という名前の、神様らしい」

「そうだね」

「神様を愛せるか?」


 冗談めかしてギルベルトが言うと、凛が珈琲を静かに飲んだ。


「僕を赦してくれる神様ならね」






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