■【下】人工的天才児育成計画
――メルムを特定しなければならない。存在するのかも含めて。
――箱船の意味を再考しなければならない。
――非実在性ファントムクラック有可視化能力者について、学ばなければならない。
――自分の素性を知らなければならない。
脳裏でリスト化したギルベルトは、揺り椅子に座って、ギシギシと体を揺らした。
頷いてから、茨木にコスモスで連絡をした。
簡潔にここまでの話を伝えると、茨木は静かに口を開いた。
「宋伯爵の元へ向かわれた方が良いでしょう。彼はずっと、それらに関して研究を続けています。もう何年も、研究室から出ていないと、先日耳にしました」
その言葉に素直に従い、ギルベルトが連絡をしたのは、その日の内の事だった。
「メルムは存在するのか?」
ギルベルトは、挨拶直後、単刀直入に切り出した。事前説明などは何もしない。
『するだろうな』
しかし答えた宋伯爵も、必要としてはいないようだった。
彼は――非常に強いコスモス能力を持っている。話せば、それだけで伝わる事が多い。
「箱船受精卵から連なる子供か?」
『――ああ。そうらしい』
「それ以外には、いないのか?」
『いないようだ』
「何故分かる?」
『お前が調査をおこなったからだ。いないと確信しながら。その時全て、それは消えた』
「……調査後は?」
『ラシード氏の娘達の血脈は、しっかりと観察記録をされてきた』
「どうやってメルムであると判断できる?」
『それは非常に簡単だ。彼らは、テレパシー能力が使える。しかしそれは、厳密にはコスモスとは異なる。同じ種族間でしか使えないコミュニケーション技法らしい。人で言うところの聴覚を使う。よってこえは、双子同士におけるような、ごく内輪的テレパシーとも話が違う――その時、箱船由来の人々は、耳を強く思念する。それも外部からモニタリングが出来る。彼らは、人受精卵から蘇った存在ではなかったと、僕らのような研究者はもうしばらく前から考えているぞ』
「滅ぼす――殺害処理する事は、しないのか?」
『研究倫理としてか? 研究の一環としてか?』
「どちらでも良い。そいつらを滅ぼす予定があるかどうか知りたい」
『――彼らはテレパシー類似の超感覚的意思伝達手法を用いて「オロチに備えよ」と繰り返している。「オロチが自分達に気がつかないわけがない」と、「オロチがユメグの術で出現したら、今度こそ終わりである」と、繰り返している』
「……」
『僕達には別に彼らに危害を加える予定は無いが、保護をする予定もない。そんな彼らは、自分達が滅ぼされると考えているようではある。逆に聞くが、それはギルベルト侯爵様、貴方の手による滅亡か?』
「……――リストを送付してくれ。今すぐに。箱船から連なる、人ではない者の」
こうしてギルベルトは通話を打ち切った。宋伯爵からは、すぐに望むものが届いた。
ソファに寝そべり、一枚一枚、紙をめくってリストを見る。ある名前を探していた。全てを読み終えた時、そこに名前が無かった事で、ギルは不意に泣きそうになった。良かった、と、全身が震えていた。どこにも、凛の名前も生体情報も記載されていなかったのだ。
――もしも凛がメルムだったならば。
ギルベルトは、凛を殺す事など、出来るはずもない。仮にメルムだったとしても、ギルベルトは凛が好きだ。ギルベルトはそう考えながらも、リストを見る事には怯えてしまった。だから今、涙が出るほど、嬉しかった。凛は、人間だったのだ。
「ギル? どうかしたの? 泣いていたの?」
フォンスの転移で戻ってきた凛は、驚いたように紙袋をテーブルに置いた。林檎が転がったが、気にしないようにして、ギルベルトに歩み寄る。ギルベルトの背中を撫でながら、凛は彼が差し出した紙を見た。
「これ――メルムの?」
「ああ。そうだ」
――殺せるか?
ギルベルトは心の中で、無意識に続けた。凛は、それを読み取った。
「うん」
林檎を拾ってテーブルに載せてから、凛は姿を消した。ギルベルトも後を追う。
二人は、太平洋上空にいた。嘗て、メルムのラピュタじみた城があった座標だ。
凛が、その時目を伏せた。そして、静かに目を開けた。
「終わったよ」
今回は、二人の正面で倒れたものは、誰もいなかった。
――その翌日の新聞では、各国での集団突然死のニュースが三面記事には記載されたが、この時、凛やギルベルトの名前が出る事は無かった。
二人は、帰宅すると、それぞれがソファに座った。そして、顔を見合わせる。
「――また、俺はお前にやらせてしまったな」
「うん」
「有難う」
「うん」
頷いた凛を見てから、ギルベルトが腕を組んだ。
「箱船の警告の意味は――宋伯爵の言葉を合わせて考えても、メルム同士の警告だったということで良いだろう。残るは、俺の神様可能性と、素性か」
それを聞きながら、凛が珈琲を二つ出現させた。
「凛。お前は、俺の素性をなにか知らないか? 調べていたんじゃないのか?」
「――調べていたよ。好きな相手の事は、より多く知りたいから」
「結果を教えてくれ」
すると凛が指を鳴らし、一つの封筒を取り出した。分厚い書類が入っている。
「ここに資料があるよ」
「悪いな」
受け取ったギルベルトは、紐で綴られた紙束を取り出した。放り投げた封筒は、宙で浮かんでいる。
――表紙には、『人工的天才児育成計画』と書いてある。
年月日は西暦だった。国際連合機密とある。
天才児の遺伝子研究についての報告書だった。致死性遺伝子を排除し、天才遺伝子のみを保護し、その他――マリア・セグメントにおいては、まだ見つけ出されていなかった――そして世界情勢の混乱で研究が潰え、忘却された数多の因子……それらを詰め込んで、天才児を作るという研究のレポートだった。その際に「ラシードという人物がフォンスを与えた」と走り書きされたメモも挟まっていた。
試験管で生まれた天才児の研究が、すぐに立ちいかなくなったのは、その者が――非実在性ファントムクラック有可視化能力者だったからである。そう、付け加えられていた。その筆跡を、ギルベルトは知っていた。観察記録を書いた人間の名前を見て、何度か頷く。
――記録者:エイブラム・コースフェルト。これは、ギルベルトが知る限り、比較的新しい茨木の名前である。
紙をめくれば、サンジェルマンの記録もあった。
そして、最後に――……隅洲琉唯の名前がある。
その後、各自引き取られた形跡があったが、琉唯以外の消息は不明。そう記されて終わっていた。
「――なるほどな」
「うん」
「なぁ凛」
「何?」
「俺は、非実在性ファントムクラック有可視化能力者という名前の、神様らしい」
「そうだね」
「神様を愛せるか?」
冗談めかしてギルベルトが言うと、凛が珈琲を静かに飲んだ。
「僕を赦してくれる神様ならね」




