■39:保護
今年は、花火を、青海くんと結城くんと、四人で見る事になった。というのも、有名な花火大会の会場そばに、青海くんが新しい別荘を建てたので、招待されたからである。茨木と二人で出かけた僕は、屋上に促されて、そこで久しぶりにビールやチューハイの缶を見た。
「雰囲気出てるだろ?」
確かにそうかもしれない。大学時代には、よく飲んだ。もう随分と前の事のように思えるが。結城くんには、あまりピンと来ている様子はない。時代もあるのかもしれない。茨木以外、全員浴衣だ。茨木は、今回は遠慮すると言い張って、執事服のままである。
「そういえば聞いたぞ。ギルが、家出してお前の家に行ったとかって」
「そうそう」
「あいつ、俺に散々、夫婦喧嘩がどうのと言っていたくせに、自分こそ痴話喧嘩三昧だからな――恥ずかしい奴だ」
青海くんがそう言って吹き出すように笑った。僕もつられて笑う。
「青海くんと結城くんは、順調?」
「俺はそう思う。梓はどう思ってる?」
「――特に変化は無い」
そう答えた結城くんは、物珍しそうに焼き鳥を見ている。こうしてみんなで食べ始めた。話を聞いてみると、結城くんはお祭りに行ったことがないらしい。青海くんが今度連れていくと約束していた。茨木は、イカ焼きを食べている。
「梓は俺が家出したらどうする?」
「荷物をまとめて俺も出ていく」
「……探せよ」
「何故? 勝手に出て行った人間のことなど知らない」
二人のやりとりに、僕は小さく吹き出した。
「茨木は、僕が家出したらどうする?」
「させません」
「うん、僕もするつもりは無いけどね」
そんな僕達を、二人が見た。
「お前達っていつも穏やかだな」
「一種尊敬するな……俺と青海のような、殺伐感を見てとった記憶が一度もない。凛はその点、意外と怒りっぽい。隅洲は温厚だな……」
「おう。隅洲は温厚、うん。俺が言いたかったのは、それだ。茨木は別に温厚じゃない。茨木の相手が隅洲でさえなければ、いくらでも殺伐としただろう」
「私の相手は、琉唯様以外は考えられませんが」
茨木の言葉に、二人が沈黙した。照れくさくなって、僕は缶を傾ける。僕だって、茨木以外なんて考えられない。
その後、音楽に合わせて上がる花火を鑑賞し、僕と茨木はお暇した。
二人で家に戻り、僕は浴衣を脱ぐ。それから茨木が用意してくれた浴室へと向かった。夏の熱気が蒸し暑い。湯船に浸かって大きく吐息した。
二人でシーツに包まり、その夜は特に何をするでもなく、寝そべって遅くまで話をしていた。いつまでも、こういう日々が続いて欲しい。
「続くよね?」
僕は思わず聞くと、茨木が優しく微笑んだ。
「花火文化が続いてきたように、私達の毎日も続けましょう」
「うん」
茨木の腕に頭を乗せて、僕は頷く。瞬きをすると、大きな花火がまだ目に焼き付いている気がした。
「文化……か。潰えたものも多いんだとは思うけど、良いものは残していきたいね」
「そうですね」
「今の僕にできる保護は、何があるかな?」
それから僕達は、無形文化について話し合った。そうしてしばらくしてから、茨木が静かに笑った。
「琉唯様は、少し変わりましたね」
「え? そう?」
「はい。どんどん視野が大きくなっておられます。世界貴族として、誰よりも尊敬すべきご姿勢をお持ちになり――良き導きをもたらしておいでです」
茨木に褒められると、僕はそれだけで嬉しい。ただ、言われてみると確かに最近では、茨木に褒められるからではなく、気づくと僕は、『保護』といったものを考えている。
――時折、僕はそれが不思議になる。
「僕が良い方向に変わったのだとすれば、それは茨木がいてくれたからだよ」
「もったいないお言葉です」
僕はそのまま目を閉じて、眠ってしまったようだった。
数日後、僕は、僕の認定している華族の四人に、『日本古来からの文化を保護するように』と、お願いしてみる事にした。結局の所、僕は考えるだけで、自分で実行するわけではない。しかし、茨木はそれで良いと言ってくれる。
これがきっかけだったのかは分からないが、気づくと僕は、何とはなしに祭事について調べるようになっていた。神聖歴の施行前後に、一度潰えたような行事も、最近この国では復活しているものが多い。これは、僕が保証人になり自由を日本に約束したからであると、茨木は言う。僕自身には、そこまでの自覚は無い。ただ、落ち着いているとは思う。
落ち着いていなくとも恋愛は、出来るだろう。だが、落ち着いていないと、楽しめない事も沢山ある気がした。僕はそう言う、楽しめるようなひと時を作る事が出来たら良いなと、漠然と考えている。
祭事についてまとめてある冊子をめくりながら、そんな事を考えていると――ふと、一枚の写真が目にとまった。龍神祭の写真だという。ドクンと嫌な動機がした。前に僕は、何かを夢で見たはずだ――どうして忘れていたのだろう。
僕は茨木と各地を時々旅する。その時、茨木がいつも探している古い時代の痕跡――……僕はついに一度だけ、この前初めて、それを確認した。そこには、テイテンと書いてあった。文脈から僕は、それがフォンスの事であるように感じた記憶がある。茨木は何も言わずにそれを見ていた。驚いている様子は無かった。
保護されずに潰えてしまったもの――それに、古の時代のフォンスが含まれる事はあるのだろうか? そう考えていくと、一つ疑問を抱く。果たして、保護されずにフォンスが自然消滅するだろうか。保護する必要も無い技法――……あるいは、消滅させるべき能力……何か、そういった考えが浮かんでくる。
今でこそ生活に根付いているが、本当に少し前まで、フォンスは存在しないに等しかった。だが、僕達人間は、特に困らず生きてきた。多分。
「過去にもフォンスがあったとしたら――……何故一度、無くなったんだろう?」
静かに僕は呟いたが、答えてくれる者は誰もいなかったし、不思議と茨木に聞いてみようとも僕は思わなかった。




