■37:雑談
それにしても、まだ春だというのに、今年は劇的なニュースが追いつきて、いつもより密度が濃い気がしている。僕はだらだらと寝台に寝転びながら、ソファに座っている茨木を見た。
「茨木にとって、現時点での今年最大のニュースは何?」
「そうですね。琉唯様が、私に手ずからキッシュを焼いて下さった事でしょうか」
「う、あ、ええと……美味しかった?」
「ええ、とても」
僕の頬は熱くなった。だが、僕が言いたい事とは違った。
僕の中でのニュースは、『華族認定』『凛とギルの同棲』『青海くんと結城くんの結婚』が上位三位なのだ。まず一例目は、僕にとっては、なんだか僕の子供のような気持ちがあるからだ。幼い頃から見守ってきたのも、理由の一つだろう。二番目は弟の大事件だ。三番目は――何せ法的な結婚だ。同性だ。とても、僕にとっては衝撃的だったのである。
青海くんと結城くんの結婚式はこの前終わった。結婚式というよりは、世界貴族と日本華族が集まって、ひたすら名刺交換をしながら、会食をした形で、長い祝辞を何人も述べていた記憶しかない。その内容も、世界平和や発展についてであり、二人の門出に関するものではなかった。全ては結城くんの手配だったらしい。やらなきゃ良かったと青海くんが後でぼやいていたのを思い出す。
だが僕は聞いている。二人はその後、新婚旅行と称して小さな宗教都市へと出かけ、二人だけで古い教会で結婚式をしたらしいのだ。ギルの情報だから、多分正しいだろう。
そのギルと――凛。最近この二人の話は、あまり聞かない。自然消滅したというような意味ではなくて、逆に順調に進んでいて、特に何事も無いのだろう。頼りがないのは元気な知らせを、彼らは地で行っているのだろうと思う。
「――ここ数年で言うのであれば、医療特化型フォンスの養成学科を、琉唯様が主導して各国の大学に開講の打診をなさった事には、非常に感銘を受けました。あれは、私にとっては衝撃的なニュースの一つと言えます」
「手配は全部茨木がやってくれたけど……」
「それで良いのです。琉唯様は、思った事、考えた事を、私にお申し付け下さい」
褒められて、僕は照れくさくなった。
この十年少しの間、僕はフォンスを用いて自分にできる事を考えた。自分のためにではなく、誰かのために出来ることだ。結果として、攻撃したり防衛したりというのは、僕には向いていない気がしたので、後方支援というのか――使える者も少ないが、治癒のフォンスを鍛える事にしていた。治癒のフォンスは、自分の体の異変も直してくれる。
フォンスの欠乏で、人は意識を失うが、治癒のフォンスはそれをも癒せる。また、治癒のフォンスにより、欠乏状態になる事はない。そうなる前に、体が勝手に自己抑制する。といった事を、僕は学んだ。これを応用すると、戦っていて欠乏しかかったら、自分に治癒能力を発動させ、少し癒した状態で、意識を落とさずに体の抑制が働く、となるらしい。
らしい、ばかりだ。まだ研究が進んでいないというのもある。だからこそ、専門の教育機関が必要であると、僕は思ったのである。
「ええと、あのね茨木。僕はもっとこうゴシップ的な意味合いで、ニュースと口にしたつもりだったなよ」
「ゴシップ? ああ――ギルベルト様やサンジェルマン様といったお話ですか?」
「そうそう」
「お招きいたしますか?」
「理由は?」
「琉唯様の呼び出しとなれば、無碍には断れないはずですが――たまには、公爵家でも、何かを催しても良いかもしれませんね」
茨木はそう言うと、思案するように窓の外を見た。桜の季節はもう終わりだから、花見には遅いだろう。この季節の行事を、僕は必死に思い出し、「イースター?」と呟いた。茨木が苦笑している。
「悪くはないですが、個人的に特別良いとも感じません」
「僕も言ってみただけだよ」
それから二人で悩んだ。
「パン作りとか蕎麦打ちとか、そういうイベントは? あ、けど……面倒だね。旅行とか――うーん、警備も大変だろうしね……さすがにこのメンバーでお忍びは無理だろうから……忍べそうな所……森……キャンプとか?」
僕が言うと、茨木が楽しそうな顔をしながら、カップを傾けた。頷きながら、耳を傾けてくれる。
「違うんだよね、もっとさ、昔のギルの昼食会みたいに、こじんまりとした所で、僕は雑談がしたいんだ」
「では、マンションをひとつ手配いたしましょうか?」
「うん。そうだね、そうしよう。昼食会にしよう。普通の」
「かしこまりました」
こうして、僕は昼食会を開くことになった。宅配ピザなどを、久しぶりに食べてみたくなって、出前の広告を眺める。手作りと口煩いギルを封じるには、自作手巻寿司セットをテーブルの上においておけば十分だ。ギルはおそらく、自分で作るか、凛か茨木に作ってもらうだろう。日時の調整などは茨木が行ってくれたので、すぐに当日が訪れた。
僕もその日、初めてそのマンションに足を踏み入れた。予想よりちょっと広かった。最上階にある窓からは、新宿府の町並みが展望できる。壁はほぼ全面が、硝子だ。
「お招き感謝する、スミス氏」
「久しぶりだね、ギル。凛」
最初にやってきた二人に笑みを向けてから、僕はソファに促した。その時点から、既にギルの視線が、面白い玩具を見つけたかのように手巻寿司セットを捉えたのを、僕は見逃さなかった。
「琉唯、華族の子供達はどう?」
「うん、良い子達だよ」
「実は僕も、どこかの国で子供を引き取ろうかと考えてるんだ。琉唯はどう思う?」
「そうだったの? 子供は、可愛いよ。大変だけど。ただ、ほら、僕には茨木がいるから、大変さは、そんなに味わってないかな」
「僕は育ててみたいんだけど、犬や猫とは違うと言って、ギルが怒るんだ。犬や猫の飼い主にも失礼であるし、僕にだって、人間の子供だというきちんとした認識があるんだけどね」
「んー、それは、ギルはもっと凛と二人で暮らしたいと言ってるんじゃないの?」
僕が言うと、ギルが顔を上げた。目を細めて、僕を睨む。
「別にそういうつもりじゃないぞ、スミス氏」
僕にはギルの考えは、上手く分からない。その時、青海くんと結城くんもやってきた。彼らはケーキをお土産に持ってきてくれた。
「新婚さんかぁ」
ギルが二人に対してニヤッと笑った。すると結城くんが辟易したような顔をして、青海くんを睨んだ。青海くんは、照れくさそうに笑っている。二人は、隠す必要がないお揃いの指輪をはめていた。どこで作った何カラットの宝石であるかまで、連日報道されていたのが懐かしい。
「座る?」
凛が結城くんを促した。ギルと青海くんが話しているのを眺めつつ、僕も結城くんへと声をかけた。
「久しぶりだね」
すると結城くんが座りながら頷いた。ネクタイを少し緩めている。
こうして僕達は三人で雑談し、あちらは二人で話していた。
しばらくして茨木が、料理を運んできたので、昼食会となった。
長閑なひと時を終え、僕は彼らを見送ってから、茨木の腕を掴んだ。
「あんまり昔と変わりがないね」
「ええ。そうすぐに変化するものばかりではございません」
そういうものかと頷いて、この日はそのマンションで、僕は茨木と共に眠った。




