■《5》花束
青海は、それが恋だと確信したら、待つような性格ではない。まだ蕾として先かけているだけだとしても、水をかけて成長させていくタイプだ。
すぐに訪れた初夏の庭を、その時青海は眺めていた。紫陽花を見ていた。だがすぐに、窓硝子に視線を戻して、自分の後ろに立っている梓が映っているのを確認する。
「梓」
「なんだ? 珈琲ならさっきだしたのが、ここに残ってるぞ」
「違う。おい、俺と付き合ってくれ」
「どこに? 危険地帯は嫌だからな」
「――非常に危険ではあるな。長い旅路を歩む場合、寄り添う相手に敵が多いと」
そう口にしてから、青海は振り返った。手には、紫陽花の花束を持っている。
「それは?」
「俺はな、プロポーズする時は、花を渡そうと決めていたんだ」
「プロポーズ?」
「ほれ。受け取れ」
青海が放り投げた花束を、慌てたように梓が受け取った。
「梓。俺はお前が好きらしい。いいや、断言して、好きだ。だから俺と生涯寄り添い共にいてくれ。俺の隣を歩いてくれ」
「――頭でも打ったのか?」
「俺もそう思ってる。しかし検査をしたが、異常は無かった」
つかつかと青海は梓に歩み寄り、そして手を取った。左手の薬指に、銀の指輪をはめる。
「嫌か?」
「……そう言われてもな。正直、驚いてはいる」
「どういう点で?」
「青海はずっと俺の事を好きだっただろう? だが、これまで言わずに来た。だから言わないのだろうと思っていた。それなのに、いきなり言われてもな」
「――は? 俺がいつからお前を好きだったって言うんだ?」
「それこそ最初からじゃないのか?」
その言葉に反論しようとして、青海は言葉が見つからない事に気がついた。
「っ、その話は良い。で、返事は?」
「返事? 決まってるだろ」
「俺の何がダメなんだよ?」
「ダメだなんて一言も言っていない」
「じゃあ良いのか?」
「ああ」
「――え? それは、付き合ってくれるという事か?」
「そうなるな」
あっさりと梓が頷いた。だがそれを聞いた時、青海の全身からは力が抜けた。近場のソファに、倒れるようにして転がる。
「梓も、俺を好きだって事か?」
「好きじゃなければ付き合うとは言わない」
「――いつからだ?」
「刺された時だ。自分が死ぬかも知れないという状況だったのに、俺はお前の無事を喜んだ。最初それは、使用人だからかと思ったが、どうやら違う。仮に学園時代であっても、俺はお前をかばった自信があった。そういう意味では、あの頃とも言えるが――青海は俺にはなくてはならない存在だ」
それを聞いたら、じわりじわりと嬉しさがこみ上げてきた。
立ち上がり、青海は梓に歩み寄った。そして腕を引く。そして静かにキスをした。
――このような経緯があって、青海はその翌年、招待状の用意をした。
結婚式の招待状だ。梓には、何も話していない。おそらく真っ赤になって怒るだろう。
世界貴族の結婚式は派手だ。全世界的な祝辞として、必ず各国でも放映される。
ただし今までは――一度も同性同士の挙式のニュースなど流れていない。世界貴族はいずれの国の法にもしばられないため、同性同士でも結婚可能だが、そもそも実を言えば、結婚という制度が無い。それに関しては、いずれかの国で、籍を入れておくという形になる。
「梓、今日は隅洲の所に遊びに行くぞ」
「そうなのか? 珍しいな。何時に行くんだ?」
「今からお前と」
こうして二人は転移した。青海が軽く手を握り、転移を手伝った。
二人で扉の前に立つ。すると茨木が扉を開けた。
「ようこそお越し下さいました、サンジェルマン様」
それから中へと促され、二人は応接間で、待っていた琉唯と顔を合わせた。
青海の顔を見ると、勢いよく琉唯が立ち上がった。
「結婚するって聞いたよ、おめでとう、誰とするの!?」
そんな事は初耳だったから、梓が青海を見る。
「梓だ」
簡潔に青海が言った。
「え?」
「は!?」
首を傾げた琉唯と、怪訝そうな声を出した梓――そんな二人の前にそれぞれカップを置いてから、茨木が一通の招待状を取り出した。
「既に世界貴族使用人連盟でも受け付けておりますので、今からキャンセルなさるのは、困難だと考えられますが――……サンジェルマン様、非常に貴方の婚約者様は驚いておいでですね」
「ほら、俺、サプライズが好きだからさ」
青海はそう言ったが、内心では梓の反応が楽しみで仕方が無かったし、きっと泣きそうになると思って、愉快な気持ちになっていた。
無言になった梓の表情が、どんどん青くなっていく。おろおろと琉唯がそれを見ている。
「何を考えているんだ、青海」
「何って言われても? 俺はきちんとプロポーズをすると言ったよな?」
「それはそうだとして、まだ結納も何もしていないし、家族との顔合わせもしていない。父や祖父との日程調整もあるし、政府関係者のどこの誰を呼ぶかも決めなければならないんだ。お前、なんでもっと早く言わなかったんだ!」
すると予想外の反応が返ってきたものだから、青海が咳き込んだ。
「青海の責任なんだから、可能な限り手伝ってもらう。とにかく結城の家に連絡をしなければ――帰るぞ!」
こうして二人は、すぐに帰宅する事になった。
その道中で、青海が聞いた。
「俺と結婚する事自体は良いのか?」
「何を今更。俺は、お前のプロポーズにきちんと答えただろう」
不服そうに唇を尖らせた梓は、それから、少し考えるような目をして、不意に微笑した。それを青海が見たのとほぼ同時に、梓が青海の手を握る。青海の右手に、梓がはめている左手の指輪の感触が伝わる。
「俺は、青海が望む限り、きちんと隣をあるいてやる。だからお前も、俺から離れるなよ」
「――随分な自信だな。迷子になるなよ」
「青海こそ」
こうして言い合いながらも、二人は手を繋いで帰宅した。見ている者は、誰もいなかった。




