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ありえない方向から社会復帰した。  作者: 水鳴諒(猫宮乾)
――第十章(執着)――
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■《4》マリア


 次に二人が向かった先はアラブ――マリア・セグメントと呼ばえる科学区画だった。世界貴族ですら手出ししないと言われるラシード氏ゆかりの土地だ。ラシード=クリストフ機関が、世界貴族使用人連盟の直接保証機関でもある。こちらに名前が入っているクリストフ氏は、世界貴族制度が出来る前に亡くなった、この財団機関の要人だ。子供に莫大な財産を譲って亡くなったが、まさか今それを、高杉蓮という名の見ず知らずの日本人が手にしているとは、思ってもいないだろう。死ぬというのは、そういう事だと、青海は考えていた。


 人工知能で出来た女神に挨拶をしてから、青海は梓を連れて外を歩いた。二人共、日差しよけの外套を持っている。それで頭から覆うようにして、白い四角の家が点在する街を少し抜けて、二人は小高い丘の上に立った。


「この辺りか」


 最近では、青海は他の世界貴族使用人を呼ばなくなっていた。だからいつも二人である。既に世界的に、結城梓が、サンジェルマンのただ一人の使用人であるという事は、認められつつあった。


 青海が手を握り、目を伏せる。するとそこに、小さな白い壁の家が現れた。街中で見たものよりは無論大きく端正だったが、現地の景観を壊すような家屋ではない。


 中へと入り、二人は荷物を置いた。

 ――研究が目的出るとして、二人はここへと訪れた。しかし実際には違う。

 世界中で、たったひとつ残っている、科学独裁体制のある種の国家――それがマリア・セグメントだ。彼らは、非人類に恐怖を与える事は無い。だが――F型表現者をメッシ用としている組織でもある。『自分達』にとって見過ごせないのは、よほどこちらであると、青海は判断していた。マリア・セグメントに監視されているギルベルトが動けないというのは分かっていたが――平和を本当に築くのであれば、このセグメントもまた、あってはならない存在だろう。


「梓。少し外の風を吸ってくる。夕食の準備を頼む」

「ああ、わかった。あんまり遠くに行って、迷子になるなよ」

「馬鹿にすんな!」


 こうして、青海は外へと出た。瞬きをして、瞼を開いた時には、先程挨拶したばかりの、人工知能のケースの前にいた。幾重にも繋がれている――『マリア』。聖母の名前が付けられれた集合知の結晶。その場は無人だった。無人になった時間に、青海がここへと来たからだ。つい先程までここにいた人間達は、「今から会議室に行くのだった」と、青海のフォンスで確信させられていた。


「特に恨みはないんだ」

『私は、私を貴方が破壊に来た事に、気づいていました』


 螺子を緩めながら、青海は人工知能の声を聞いている。誰が聴いても穏やかな気分になるように――調整され、合成されている、そんなマリアの声だ。


『私が破壊されたならば、非能力者による世界の維持地域は、すぐに潰えるでしょう』

「かもな」

『現実を観測する存在も、無くなります』

「非フォンス状態の、科学、か?」

『それも含まれます』

「安心しろ、俺がいるからな」


 静かにそう告げて、ギルベルトはそのままマリアを破壊した。

 会議室に、マリアの装置に異変があったと知らせるアラートが響いた頃には、新居の扉の前にいた。開け放ち、梓が用意していたカレーを見る。


「料理の腕は上がったよな」

「料理の腕も、だな」

「他には何が上がったんだ?」

「お前の行き先を予測する力だろうか」

「へぇ」


 そんなやりとりをし、食後、その新居は一日で使わなくなった。

 マリア・セグメントの崩壊の知らせが世界各国に知らされたのは、その翌月の事だった。理由不明のエラーにより強制停止したまま機能を失ったマリア――治すことは不可能で、そうして……現地にいた非能力者達が諍いを起こし、潰し合い、多くが亡くなるクーデター騒動となったらしい。青海の名前はどこにも出ては来なかった。


 その後、二人は、久方ぶりに日本へと戻った。


 昔から口喧嘩ばかりをしていたが、今もそれは変わらない。二人で戻った大豪邸において、あれを食べろこれを食べろと梓がうるさい小言を言えば、黙れ指図するなと青海が怒鳴り返す。いつまでも、そんな二人の関係は、変わらないように見えた。親友――このふたりに対しては、それ以外に相応しい名前が見つからない。


 契機が訪れたのは、十年目の春の事だった。

 マリア・セグメントの生き残りが、どう特定したのか――後には妄想だと片付けられるが、青海がマリアを壊したのは事実である――マリアを返せと青海に襲いかかろうとしたのである。無論、すぐに撃退は可能だった。だから、青海は気に求めていなかった。しかし、警戒した梓は、振り返って不審者と青海の間に立った。不審者は、震える両手でナイフを握り締めている。地を蹴る音がした。その時になってようやく、青海は気づいた。


「待て、下がれ、梓!」

「青海こそ下がれ! 早く家の中に入れ!」


 梓も気づいているようだった。ナイフからは、微弱すぎて逆に感知できないフォンスが漏れ出していた。そしてそれは――周囲に広がっていた、強い青海や梓のフォンスを、消しゴムで消すかのように、かき消したのである。これは、フォンスの消去、無力化である。マリア・セグメントが研究対象としていたものの一つだ。しかし残念ながら実現例も成功例もないと――確かにそう聞いていた。


 ナイフが振りかぶられる。フォンスでの移動はできない。

 そうなれば、二人は非力だ。交わした梓の二の腕を、ナイフがえぐる。そのまま襲撃犯は、ナイフを再び両手で掴み、青海目掛けて突進した。


 突き刺さる、音がした。血の垂れる音もした。ぐったりと体が、自分の腕の中に落ちてきたのを――青海は見た。青海を庇った梓の脇腹からは、突き刺さったナイフと漏れ出している血が見えた。この時になって、フォンスを使える状態に戻っていると気づき、青海は拳を握った。襲撃者の頭部が破裂した。意識のない梓を、青海が抱き上げる。そして――転移して向かった先は、隅洲琉唯の所だった。


「もう心配はいらないよ」


 治癒のフォンスが無ければ危なかったかもしれないと、苦笑するように琉唯は続けた。この十年という期間において、スミス公爵の能力として、治癒フォンスの伸び方が著しいというのは、誰でも知っていた。治癒と転移に関しては、もう完全に並ぶ者は誰もいない。自己治癒も覚えつつあるそうで、強い力を使っても、倒れるような事はめったにないらしい。


「そうか」


 ベッドで寝いる梓を見て、青海は心底安堵した。目を閉じると、刺されて意識を失っていた梓の顔が何度も過ぎった。死んでいるかのように見えた。死んでしまうと思った。だが――生きている。その事実に、青海はどうしようもないほど、安堵していた。茨木が用意してくれた、落ち着く作用があるというハーブティを飲み、その日は泊まらせてもらった。そして、翌日には、目を覚ました梓と対面した。


「よかった、無事で。お互いにな」

「――全く余計な事を。お前に庇われなくても、俺は大丈夫だったんだからな。早く直せよ」

「ああ」


 そんなやりとりをし、数日してから、二人は帰宅した。

 ――この日から、青海は日増しに梓の事しか考えられなくなっていった。




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