表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありえない方向から社会復帰した。  作者: 水鳴諒(猫宮乾)
――第十章(執着)――
61/70

■《3》解析

 その日から、青海は何度も考えさせられた。

 ――どう扱われたいのか。それまで、梓に対しては、そこに別の人間がいると感じる事よりも、観察対象が存在している気分だった。それが違うのだと気づいたのである。自分は、どうやら執着していたらしい。


「なぁ梓」

「なんだ?」


 ギルベルトと顔を合わせた日以来、青海の家に梓はいる。これは、青海が保護していなければ、処罰されてしまうという事情もあった。ギルベルトは兎も角、スミス公爵が関わっている事で、いつも以上に世界貴族使用人連盟の目が厳しかったのである。


「……」


 名前を呼んだら、返事が返ってきた。それは別段不思議な事では無かったが、青海は、心の中以外で、『梓』と口に出したのは、初めての事だった。何故そうしてみたかと言えば、どこかの世界貴族が使用人に「スミス様」でなく「琉唯様」と呼ばれた事を、非常に喜んでいると耳に挟んだからである。ギルベルトは時折くだらない連絡を寄越す。


「お前、俺の使用人になるか?」


 別段、隅洲と茨木が羨ましいわけではない――と、考えながら、青海は言った。実は前から、いつか言ってみようと思っていたのだ。子供が泣き止まなくなったら、大人になったならば――その日はとっくに迎えていた。


「――そうだな。それが一番、祖父に迷惑がかからないだろう」


 少しだけ瞳を揺らしてから、梓が頷いた。


「分かってるのか? 俺の使用人になったら、俺とお前は対等じゃなくなる」

「元々対等では無いだろう」

「……」

「身分というよりもな、青海はいつも全てを手に入れていたし、俺はその後を追いかける事の方が多かったように思っている」


 意外な言葉に、青梅は目を瞠った。


「例えば? 全てって、何だ?」

「友達も、彼女も、学業成績も、運動能力も、フォンスも。数えればキリがない」

「お前だって全部持ってるだろう?」

「そうか? 例えば今の学園においても、俺が初日に話した友人は、お前の片腕となり、俺が好きだった鷹薙はお前の彼女となり、試験では俺はいつも三位だ。高杉が不動の一位で、お前が二位だ。体育祭などお前のクラスが圧勝で、フォンスの試験でお前に買ったことは一度もない。お前と高杉が世界貴族であったとしても、無かったとしても、知らなかったとしても、これは、現実だ。フォンスでも変えられない」


 つらつらと語った梓を見て、青海は嫌な汗をかいた。


「友達は、たまたまだろ? 鷹薙は、無関係だろ?」

「――そうか? 不思議な事に、俺が好きになった女は、全員お前を好きになる。とするとこれは何かの呪いか?」

「い、いや……」

「青海は、昔から俺の物を欲しがるからな。分かってる」


 小馬鹿にするように、梓が言った。そのような現実が認め難くて、思わず青海は声を上げた。


「そんなんじゃねぇよ。たまたまだからな!」


 そのやりとりの最中には、既にフォンスによって、梓の使用人登録が開始されていた。こうして、公的に、結城梓は青海の――サンジェルマン侯爵専属の、世界貴族使用人となった。ギルベルトの昼食会が開かれたのは、そんなある日の事である。


 帰宅した後、終始梓は俯いていた。ミサイルの防衛の件である。力ない己を嘆いているようだった。その表情は、昔ならば喜々として楽しんでしまうような、泣きそうな顔に似ていたのだが――この時、青海は何故なのか、慰める言葉を探すのに必死になっていた。


「――梓」

「今日は疲れた。青海も疲れただろう? 休んだらどうだ?」


 気やすい口調のままで良いと、梓に伝えたのは、初日の事である。これは別段珍しい事ではない。使用人と対等を装う事を望む貴族は、一定数はいるからだ。青い顔で寝入った梓を見ながら、ソファに座って青海は考えていた。自分以外が、梓を泣かせようとすると、何故無性に苛立つのだろうかと。


 それから月日が巡り、ギルベルトと凛の手による世界征服案件があった。

 世界貴族のSランク者が、二人も死んだ。それは――青海が果たしても良かった事でもある。その実力があったかは不明だが、志す事は可能だった。しかし、一度も青海は、倒そうなどと考えた事は無かった。倒すまでもないと感じていた。奢るものは、どのみち自滅するからだ。


「青海?」


 ネクタイを結んでいると、銀の盆を持って入ってきた梓が、首を傾げた。


「なんだ?」

「最近、鷹薙と会っているのか?」

「――いいや。そういう状況じゃないだろう? 今のこの世界は」


 随分と平和ボケした質問をしてくるなと、僅かに青海は苛立った。元を正せば、梓がミサイルを気にしていたから余計な事を考えるようになり、今回の事態だって静観したのだと、梓にしてみたら理不尽だろう事を考えていた。同時に、鷹薙と梓が連絡を取り合っているらしいと気づいて、それも面白くない。梓は、鷹薙に未練でもあるのだろうか?


「高杉……――クリストフ伯爵から連絡があった」

「なんて?」

「お前がもう飽きたのなら、鷹薙を下賜するとして、嫁入先を探すそうだ」

「……そうか」


 もうそんなに月日が経過しているのだろうかと、青海は時計を見た。最後に会ったのがいつだったのかも思い出せなかったし、最後に連絡をした日時すら思い出せなかった。


「良いのか?」

「――高杉には俺から連絡をするから、もう梓は無視して良い」

「そうか」


 頷いた梓が、テーブルの上に茶器を並べていく。それを確認しながら、バルコニーに出て、青海は蓮に連絡を取った。――いい結婚相手を見つけてやってくれ。俺も結城も、彼女の幸せを願ってる。そんな言葉を通信した。嘘ではない。だが、自分と梓が彼女と結婚することはないのだという意思を込めていた。何故梓の名前まで出したのかを、青海は考えないようにした。


 ――世界貴族と使用人の恋は、珍しいものではない。ひとつ、理由として挙げられるのは、常に同じ場所にいるという事だ。互い以外には、誰もいない。それも、寿命がなるべく近しい者を、サイコサファイアが選び出すようで、普通の人の一生よりも、長い期間そばに寄り添う事になる。


 梓を選んだのは青海だったが、サイコサファイアもまた、梓の相手を青海だと選んだ。あの石板の正体を知りたいと青海が感じたのは、その時が初めてである。


 この頃には、青海はギルベルトから仕事をひとつ請け負っていた。フォンスの科学化実験の研究成果を――北欧から取り寄せて、解析するという任務だ。まずはミサイルの研究からだったが、見れば見るほど、見事なフォンスと科学の融合作品が、数々姿を現した。例えば白衣が二着あった時、片方は普通の繊維であり、もう片方はフォンスを通した繊維だとする。すると片方は皮膚を守るための衣類としての成果しか持たないが、後者は簡易防衛着に成り代わっている。見た目で区別はつかないが、フォンスで見れば違いはすぐに分かった。


 この解析作業に、青海は追われる事になった。拠点を日本から北欧に移し、梓と共に新居に入る。用意されていた現地の使用人達が深々と腰を折り、二人を出迎えた。専属になった今、世界貴族使用人連盟から派遣されている者にとって、梓は目上の存在に変わっている。なお梓は、彼らが世界貴族使用人のどのクラスの人々なのかは知らない。彼らは城じみた新居の掃除をしたり、お茶の用意をする時に見かける事ばかりだった。


 新しい家は、山を切り抜くようにして、青海が出現させた――中世の頃に使っていた西洋の城である。いくつもの高い塔が並んでいるが、この城を呼び出した理由は地下にある。古くからサンジェルマン伯爵として、夜会に度々顔を出す傍らで、青海は当時、錬金術と呼ばれた「科学」を調べていた。フォンスと技術の融合の芽は、そこまで遡る事ができる。地下の実験室に降りた青海は、それからしばらくの間、そこに篭った。


 ――この成果がまとまったならば、日本の山間で発見された箱船の科学と、フォンスの関連が明確に分かる可能性が高い。それを胸の中で度々想起しながら、青海は作業を続けていった。


「起きろ」

「起きてる」

「では寝ろ」

「今夜は寝る」

「食事をとれ」

「さっき栄養剤を注射した」


 実験施設から出て来ない青海の元に、毎朝決まって顔を出すのは、梓である。


「作業が終わるまで入らないでくれと言ってるだろ」

「俺はお前の使用人だから、主人の体調に気を配るという仕事をしている」


 こう言われると、返す言葉も無かったし、梓も帰らないだろうと判断して、青海の実験は中断するしかなくなる。ソファに座り、梓が用意した、簡素な食事――目玉焼きと高級なハムを見ながら、青海はナイフを手にとった。時折パンを齧りながらも、頭の中ではフォンスと科学について、考え続けていた。


 それからどのくらい篭っていのか――研究はひと段落を見せた。程度で言うならば、同時の暴君が戯れに作らせたのだろう大人の玩具の設計書まで、完璧に手中にある。


 時間の感覚が既になかったので、青海は、この日も朝食を持ってやってきた梓に尋ねた。


「今は、お前が俺の使用人になってから、何年目だ?」

「八年だ」

「何か変わった事はあったか?」

「鷹薙が結婚して、子供が二人生まれたそうだ」

「そうか」


 静かに頷き、それから受け取ったカップを傾ける。香りの良いお茶で体を癒しながら、青海は梓を見た。


「――お前も、そろそろ結婚を意識する歳か?」

「特別考えた事は無いが、同世代の者達が結婚していくのは寂しいとは思っている。ただそれはそもそも、十七歳から俺の外見年齢が止まってしまっている事を考えると、大人になれなかった自分への寂しさとも言えるのかもしれない。数百年に一歳ずつの老化に、いつか俺は慣れる日がくるのか、時折不安になる」


 梓が淡々と答えた。その声は、聴く者が聞いたならば、凛の声によく似ていただろう。


「同じような悩みの奴だと、恋をしやすいよね」

「ああ、そうかもしれないな」

「梓」

「なんだ?」

「俺に惚れるなよ」

「言ってろ」


 こうして――その日、彼らは北欧から、また違う拠点へと移動する事を決めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ