■33:初詣
僕と茨木は、新年五日目に、やっと初詣へと出かけた。僕は久しぶりに和服を着ている。袴だ。新成人と間違われそうで少し怖い。二人で神社を進んでいき、目を閉じた。
今回茨木と訪れた場所は、神代文字が伝わっていたという逸話を持つ、今では無人の小さな神社である。無理を言って、鍵を管理している近隣の住人に、五日目ではあったが、扉を開けてもらった。中へと入った僕達は――フォンスを用いて、痕跡を探した。
僕も、段々、茨木がどんなものを探しているのか、分かってきたような気がする。神世七代と呼ばれる、古い古い時代――神話の時代に興味があるらしい。
「特に何も無いね」
「ええ。有難うございました」
残念だが、当たりはそうあるものでもないだろう。なお、僕が同伴している場合、一度も当たった事は無い。いつか見つかる日は、来るのだろうか。
その後帰宅した僕達は、挨拶に出かける事にした。来客を待つばかりで、自分達からは、どこにも出かけていない。それは例年の事だったのだが、僕は今年は行きたい家があった。既にそこの住人達とは、顔を合わせているのだが――……凛とギルが一緒に暮らしていると耳にしてしまったのである。
僕も茨木と一緒に暮らしているが、彼らのような二人きりの同棲とはちょっと違う。だから、気になって気になって仕方がないのである。素直にこの思いを茨木に伝えたら、「行ってみましょう」と言われた。よって本日、僕達は、凛達の家に新年の挨拶へ向かう事にしたのである。
転移してから、僕は深呼吸をして、それから凛の家の呼び鈴を鳴らした。
「よく来たね」
すると出てきた凛が微笑した。考えてみると、僕から凛を訪ねたのは、初めての事である。茨木が、挨拶の品を渡すと、礼を言って凛が受け取った。
招かれて中に入ると、ギルがソファに寝そべっていた。そして僕を見ると、忌々しそうな顔をした後、クッションを手繰り寄せて、顔を覆ってしまった。
「ギル……もしかして、まだこの前のことを引きずって、照れてるの?」
「……べ、別に」
「そう? それなら良いけど。僕でさえちょっと忘れてたから、驚いちゃって」
僕はそう言いながら、凛の隣に座った。茨木も僕の横に腰を下ろす。凛が、そんな僕達にお茶を出してくれた。僕は、テーブルのそばにある揺り椅子を眺める。レトロで素敵だと感じたのだ。椅子の上には、古びた聖書が置いてある。
それから僕は、凛に向き直った。
「二人暮らしは、どう?」
「楽しいよ」
「家事とかは、どうしてるの?」
「面倒な時は、フォンスだけど――最近は、手でやってみるようにしてる。ギルが、手料理にこだわるから」
僕は頷いた。確かにいつもギルは、手料理命令を発令している。
「ギル、あんまり凛の事をこき使わないでね」
「どちらかといえば、俺がこき使われてるぞ。洗濯俺、掃除俺、ゴミ出し俺、皿洗い俺、料理凛、その他俺」
「……――凛は、良い恋人を持ったね」
僕は曖昧に笑って濁した。凛が頷いている。
座り直して膝を組んだギルが、その時、茨木を見た。
「お前らってさ、喧嘩とかしないのか?」
「ええ、特に喧嘩は致しませんが。ギルベルト様達は、なさるのですか?」
「そういうわけじゃないんだけどな……お前らがいつまで経っても、倦怠期の様子すら無く、傍から見ていて砂を吐きそうなくらい甘い理由に興味があってな」
「ご自分達もそうなりたいという事ですか?」
「違う!」
「おや、違うのですか?」
「い、いや……違わないけどな……待ってくれ、俺が質問したんだ」
「ですから、しないとお答えさせて頂きましたが?」
ギルも、茨木には口で勝てないようだ。僕は茨木がやり込められている姿を、ついぞ見た事がない。
「いるだろ、ほら、喧嘩しかしてない二人が」
「――まぁ、そのようですが」
茨木が、ギルの声に小さく頷いた。何の話だろう?
僕が視線で茨木に尋ねると、彼は微笑した。
「世の中には、喧嘩するほど仲が良いという言葉を地で行く恋人達もおられるようですよ」
ふぅんと僕は頷いた。すると凛が目を細めた。
「僕は反対だな」
「何が? 喧嘩? 確かにあんまり良くないよね。僕は平和が好きだし、茨木とは喧嘩をしたくない。喧嘩なんかしたら、茨木に嫌われちゃったかもしれないと、多分怖くて正気じゃいられないよ」
「――喧嘩というか、うん、まぁ……ごめん、何でもないよ」
凛が僕を見て、何とも言えないという顔をした。何が言いたいのかは、よく分からなかった。茨木は、僕の言葉が終わった時、そっと僕の手を見えない位置で握ってくれた。温かい。二人で、凛とギルには気づかれないように、そのまま手を繋いでいた。
その後、しばらく四人で雑談をしてから、僕と茨木は帰宅した。
そして寝室に向かい、再び手を繋ぐ。ここならば、誰に気づかれる事も無いから、いくらでも繋ぎ放題だ。そう考えていたら、茨木にその手を引かれた。窓の前で、僕は茨木の腕の中に倒れこむ。それから顔を上げて、茨木を見た。キスしたい、と、思った時には、唇を塞がれていた。
その後、声を上げて、僕は理性をなくし、自分がいつ眠ったのかも分からなかった。
目が覚めた時、茨木が僕の頭を撫でながら苦笑した。
「――倦怠期など来るはずがありません。私は、琉唯様を決して飽きさせたりしませんからね」
そう言って茨木は、落ちていた革製のリングを手に取り、フォンスで消失させた。
僕の頬が、かっと熱くなる。
僕はリングなど無くても茨木には決して飽きないが、気持ちの良い事が、今では大好きだから――何も言わなかった。代わりに、言うべき事は言った。
「茨木の事が、何よりも大好きだよ」
こうして、初詣に出かけた一日は、幕を下ろしたのである。




