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■32:来客


 年の瀬になった。


 年越し蕎麦を食べた僕達は、初詣に行くかどうするか、まだ悩んでいた。ベッドに茨木と共に寝転んで、二人で考えている。行くとして、どこの神社に転移しようかという話もある。相談するのは、とても楽しい。


 しばらくして、ふと思いついて、僕は呟いた。


「凛とギルも行くのかな?」

「今年に限らず、例年行っていたようにも思います」

「そうなの? まぁ……確かにどの行事の夜会でも、あの二人はセットでいたよね。逆に享さんが、いつもいない」

「彼も苦労していると思います」


 茨木が苦笑している。僕は、首を茨木の体に預けて、天井を見上げた。


「昔ね、茨木と二人でマンションの狭い部屋に住んでみたいと思った事があったよ、そういえば」

「素敵なご提案ですが、私はセキュリティ上、そのお誘いは断らせて頂きます」

「うん。僕もさ、考えてみると、シェフさんとか庭師さんとか――みんなの事も大切だし、この家が好きだったから、当時、言わなかったんだ」


 僕がそう言うと、茨木が小さく頷いた。それから僕を抱き寄せて、額にキスをした。その感触に、僕はいちいち歓喜する。


「――これまでさ、周囲に恋人がいる友人がいなかったからなのか、僕、何となくあの二人が気になるんだよね。他の恋人達は、何をしてるんだろうって思って」

「きっと彼らは、私達を参考にデートプランでも練っていますよ。お気になさらなくて大丈夫です」

「そ、そう? それはそれで照れるんだけど……」


 結局その日は、一緒に眠ってしまったので、初詣には出かけなかった。



 凛とギルが新年の挨拶だと言って遊びに来たのは、二日目の事だった。茨木は、世界貴族関連で大量に送られてきた僕宛の年賀状を、今日も処理している。郵便屋さんはお休みだったが、茨木にはお休みがないのだ。たまには休んでと伝えるのだけれど、茨木は常に僕のそばにいてくれる。


「よぉ、スミス氏」

「ごめん、僕温厚な方なんだけど、何となく殴りたい気分を味わってる」


 堂々と手を繋いで訪れた二人を見て、僕の笑顔は引きつった。僕でさえ、人前では気を使って、茨木と手を繋いだ事なんてないのだ。


「なんで?」


 するとギルが首を傾げて、凛に抱きついた。


「あ!」


 僕は思わず声を上げて震えた。信じられない。僕だって、人前では茨木に抱きついたりできないというのに……! それもあるが――僕は、凛をまじまじと見てしまった。


「凛、嫌だったらはっきりと言った方が良いよ」

「うん、そうだね」


 凛は頷いたが、ギルに離れろとは言わない。つまり……嫌じゃないという事だ。僕は素直な凛に感動した。愛が伝わって来る。凛は、なんて良い子なのだろう。こんなに良い人間なのに、どうしてまたギルと……。


「――おい、スミス氏。俺、お前の前で何か失態を犯した事があったか? 無いよな? 俺の何が悪いって言うんだ?」

「ギルは何も悪くないよ。凛が良い子だと思ってるだけだからね」


 最近では、ギルに思考を読まれる事にも、僕は慣れてきた。逆にわざわざ口を開かなくて良いのは、とても楽である。しかし頓着するなと、これに限っては茨木に小言を言われる場合があるので、僕はなるべく喋るようにしている。


「凛、嫌な事をされたり、変な事をされたりしたら、いつでも僕に話してね!」

「――うん。有難う」


 そんなやり取りをしてから、僕は二人を家の中に招いた。それから僕の部屋へと向かい、少ししてから茨木もやってきた。整理はまだ途中のようだが、来客優先だ。


「茨木。お前の主人が俺を悪人扱いするんだ」

「……? ギルベルト様は、善人でいらっしゃいましたか?」

「おい」


 真顔で聞き返した茨木に対して、ギルが表情を引きつらせた。笑みが強ばっている。


「凛。俺をそろそろ全力でフォローしてくれても良いんだぞ」

「うん。ギルは、善い人だよ」


 凛の声に、茨木が薄らと笑った。


「興味深い見解ですね。どのような点が、ですか?」

「主に人が善い――例えば、本当は僕を押し倒したそうだったけど、僕が譲らずそのままベッドに縫い付けたら、諦めてくれたり。その後も何度か何か言いたそうだったけど無視した僕に何も言えなかったり」


 その衝撃的な言葉に、僕は紅茶を吹き出し、カップを取り落とした。変なところにも少し入ってしまい、激しく咳き込んだら、涙が出てきた。


 ちなみにカップの落下音はもうひとつ響いた。ギルもカップを落っことしたのだ。あちらも噎せている。僕とギルは二人そろって、咳き込んでいた。僕の方は、茨木がすぐに背中を撫でてくれ、フォンスでお茶を綺麗にしてくれたので、少しだけ早く落ち着いた。


 そうして見れば、ギルが真っ赤になっていた。そして口元を抑えて咳き込みながら、凛を見ている。


「お、おま……ど、どうして、そういう事を言うんだよ? まだ、昼だぞ? 酒も入ってない!」

「茨木さんが説明しろって言うから」


 凛がいつもと同じ、ほとんど無表情に近い顔で、ごく当然のように言う。僕は、果たして茨木の質問意図はそういったものだったのかと悩みながら、言葉を探した。


「悪い、俺帰るわ」


 そのまま、ギルの姿が消えた。僕が何かを言う暇は無かった。すると凛が、小さく笑った。


「案外、照れ屋ですよね」

「――ええ、そのようですね」


 その声を聞いて、僕は意を決した。


「凛が上なの?」


 実は、どちらがどちらなのか、僕は知らなかったのである。すると凛が、小さく首を捻った。それから腕を組んだ。


「僕は、譲るつもりはないけどね」

「そ、そっか」

「ただ僕は初めてだったし、ギルも入れられる方は初めてみたいだったから――何というか……どうなんだろうとは、思ってる。ギルが満足してるかは、分からないよ」


 僕は両手で顔を覆った。義理とはいえ、弟の口から生々しい話を聞いてしまったというのが、衝撃的すぎた。僕の想像よりはるかに凛は、大人だったのである。


「僕も帰る。ギルがそろそろやけ酒を飲み始める気がするから」


 こうして、凛も転移し姿を消した。僕は呆然と見送るしかない。

 すると茨木が、僕の事を後ろから抱きしめた。


「来客応対予定の時間が、少し空きましたね」

「――うん、そうだね」

「可愛らしい悩みを伺っていたら、その気になってしまいました」

「っ」


 シャツの上から、茨木が僕の胸の突起を弾いた。ゾクッとした。

 ――僕もまた、すぐに体が熱くなる。


「茨木。空き時間、有効に使う?」

「ええ、そうさせて頂きます」


 こうして僕達は、寝室へと向かった。ある意味、寝正月である。





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