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ありえない方向から社会復帰した。  作者: 水鳴諒(猫宮乾)
――第八章(解放)――
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■【4】ハロウィン


「すごいな――何がって、あの、すっかりセット感」


 ギルベルトが長椅子に座り、膝を組んでいる。隣に座っていた凛は、洋書から顔を上げて、ギルベルトが視線で示した方を見た。歩いてくる琉唯と茨木の姿が見える。二人は仲睦まじそうに笑っている。彼らが恋人になって、既に五年目のはずだ。凛はそう考えてギルベルトに視線を戻した。この五年間というもの――彼にはついに、恋人ができなかった。哀れだ。


「おい、お前今何を考えた?」

「ギルベルトがどの程度僕の思考を読んでいるのかなと考えていたよ」

「ほう。俺には憐憫が伝わってきたんだが、釈明は?」


 ギルベルトから顔を背けて、凛は立ち上がった。そして歩いてくる琉唯達に歩み寄った。


「琉唯」

「――凛! 来てたの?」


 本日は、クリストフ伯爵家主催のハロウィンパーティである。開催地は日本だが、会場は城だ。頷きながら、凛は黒い外套を纏っている琉唯を見た。下は燕尾服に見える。首元の紐のリボンも黒だ。その後ろにいる茨木を続けて見る。こちらも同じ装いだ。


「何に仮装したの?」


 単純にお揃いの服を着ているようにしか見えなくて、凛は尋ねた。すると琉唯が楽しそうな顔をした。


「お揃いの吸血鬼の格好だよ」


 やはりお揃いだったらしい。凛には、吸血鬼要素は感じられなかったが、琉唯が幸せそうなので良しとした。ギルベルトも立ち上がって、歩み寄ってくる。すると茨木が少し前に出た。


「ご無沙汰致しております、ギルベルト様、凛様」

「おう。なんかさ、俺の気のせいじゃなければ、お前ら、段々隠す気が無くなってきてないか?」

「何をでございましょうか?」

「ん? 行き過ぎた愛情」


 ギルベルトの言葉に、琉唯が照れた。


「ギ、ギル! 何を言って――」


 そういった反応は昔と変わらないが、琉唯の顔が溶けきっている。茨木を見る目が幸せそうである。ギルベルトは、何も言えなくなった。すると茨木が話を変えた。


「ギルベルト様は、一体何に仮装なさっておいでなのですか?」

「あ、俺? もう吸血鬼でいいや」

「つまり何もお召になっておられないのですね」

「享が風邪でな。誰も用意してくれなかった。お前達は、気合入ってるな。お揃いという点に。吸血鬼には見えん」

「大丈夫なのですか?」

「おう。心配していたと伝えておく」


 ギルベルトの言葉に頷いてから、茨木が凛を見た。


「凛様は……――? 一体何に仮装を?」

「僕は猫又です」

「なるほど。猫耳だったのですね。自分達が吸血鬼なので、人狼かと勘違いしました。尻尾が二本だったので違うかなとは思ったのですが」


 こうして四人が雑談をしていると、クリストフ伯爵こと――蓮が顔を出した。微笑しながら深く背を折り、丁寧に挨拶した後、琉唯には明るく声をかけて去っていった。ほのぼのと琉唯は話していたが、終始後ろにいた茨木の瞳が怖く、そのせいで蓮の顔がどことなく引きつっていたのを、凛とギルベルトは見ていた。気づかないのは、琉唯ばかりである。


 その後、琉唯と茨木が会場に紛れていくのを、二人は見送った。そして、どちらともなく座る。


「お前も行ってきたらどうだ?」

「ギルこそ」

「なんか今日は、気分じゃないんだよな。人混みが疲れる日が、たまにあってな」

「もしかして、ギルも風邪?」

「かもな――ひいたことはないが、今後も一生ひかないとは限らない」

「ずっとここにいるの? 残念だね」

「どうせ来年もある」

「来年じゃ、運命の人には出会えないかもしれない」


 ポツリと凛が言うと、ギルベルトが驚いた顔をした。凛へ顔ごと向ける。


「――つまり俺の、この、来年もあるという思考が、出会いのきっかけを奪っているという事か? 本当は、例えばこの会場にも、俺の恋人になりえる誰かがいるかもしれないというのに」

「うん」

「なお、それはお前にも言える。さっさと行ってこい」

「僕は良いよ」


 首を振った凛を見て、ギルベルトが退屈そうな顔をした。そうして膝を組む。この組み方は、貧乏ゆすりをこらえている時だなと、凛は判断していた。ギルベルトは、滅多に苛立ったりはしないようだが、時々靴で床を蹴る事があるのだ。


「つまらん。俺に娯楽を提供してくれ」

「琉唯を連れ回して見せびらかしたいのに、みんなが琉唯を見ると嫉妬する茨木さんは、とても面白いんじゃないかな」

「見飽きた。凛、お前もまだ若いんだから、恋愛の一つや二つ、した方が良いぞ」

「ギルベルトこそ、恋人が欲しいんでしょう?」

「――本音を言えば、俺にとってここにいる連中は、乳幼児と変わらないからな、恋愛対象には見る事が出来ない。お前に分かりやすく言うと、そうだな、凛。お前、受精卵に恋が出来るか?」


 その言葉に、凛が俯いた。思案しているような瞳だ。頭部では、フォンスで装着した猫耳が揺れている。しかしながら、イメージが適当だったため、獣耳であると――かろうじて分かるが、確かに判別は難しい。色もショッキングな紫だ。


「それを言ったら、ギルの恋愛対象になれる人は、この地球上に、一人もいないよ」

「そういう事になるな」

「つまり恋人が欲しいというのは、亡くなってしまった同世代の人々に会いたいという意味?」

「いいや」


 静かに答えたギルベルトを、ちらりと凛が見る。


「ギルも若い頃は恋をした?」

「若くなくても恋はする」

「矛盾してる。誰も恋愛対象にならないのに、どうやって恋をするの?」

「――乳幼児は、ほら、成長するからな。気づいたら、こう、ほら」

「ほらって言われても……」

「凛も早く大人になってくれ。俺の恋愛対象になれるくらいに」

「僕はもう二十二歳だから、一般的には十分大人だよ。僕から言わせてもらえば、ギルがお爺ちゃんなんだよ」

「言ってくれるねぇ」


 苦笑したギルベルトに対して、凛が向き直った。


「僕が大人になったら、ギルは僕を恋愛対象にするの?」

「――それまで俺が生きてたらな」

「ギルは不老不死なんでしょう?」

「先の事は分からん――それに、そういう意味じゃない」

「……僕がギルより大人になる日は、永遠に来ないという事?」

「ご明察だ」

「大人というのは、生きた年月だけの事を指すんじゃないと思うけど。だから、既に今の僕だって、ギルより大人な部分はあるかもしれない」


 いつもと変わらないように見えるが、凛はどこか不服そうだった。


「例えば、どんな部分だと思ってるんだ?」

「それは……ええと……――恋がしたいのに臆病だから、相手がいないと言い訳しているギルとは違って、きちんと自分の気持ちに、僕は向き合える。そういう部分とか」


 凛が答えると、ギルベルトが咽せた。激しく咳き込んでいる。


「相手を受精卵という事にして、本当はモテないのを誤魔化し続けたり、僕はしない」

「お、お前……! 凛! 言いすぎだ!」

「間違っている?」


 首を傾げた凛に対して、引きつった顔で笑いながら、ギルベルトが姿勢を正した。そして立ち上がる。


「分かった。会場に行って、受精卵が乳幼児を経て、大人になっているという事を確認してくる」

「うん」

「よし、行くぞ」


 こうして二人もまた、会場に紛れた。



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