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ありえない方向から社会復帰した。  作者: 水鳴諒(猫宮乾)
――第八章(解放)――
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■【3】鳳凰木


 ソファに寝そべっているギルベルトは、何気なく空調を見上げている。冷房を吐き出しているエアコンを眺め、非経済的であるなと考えていた。フォンスでいくらでも涼しくする事は可能だ。それから軒先を見た。しかしながら、フォンスで風鈴を鳴らしたとして、そこに情緒はあるのだろうか?


「どう思う?」

「そもそもエアコンの風で風鈴を鳴らす事には、情緒があるの?」


 凛が首を傾げた。手には麦茶の入ったグラスを持っている。久方ぶりの日本風の家屋に二人はいた。八巻享は買い出しに出かけている。ギルベルトの手作り料理命令が発動中だからだ。あるいは、それは、人払いでもある。


 庭には、鳳凰木が咲き誇っている。東南アジアの変わらぬ赤い植物が、あまりギルベルトは好みではない。同じ赤ならば、金魚が好きだと、ふと考えた。


「どう思う?」

「花と魚は、比較できないよ」


 ――最近、凛は、ギルベルトの思考や感情を読み取る訓練を行っている。コスモスの強化だ。


「そうか? 同じ赤だ」

「色は、人によって認識が違う可能性がある」

「まぁな。俺が思う赤は、お前が思う鼠色かもしれん――が、そういう問答をしたいわけじゃない。なぁ、凛」


 ――殺せるか?

 ギルベルトは、エアコンを見たまま思考した。すると凛が頷いた。誰をとは聞かない。いつ決行かも聞かない。それは今だからでもある。八巻享が帰ってくる前が望ましいのは明らかだ。二人はそれぞれ立ち上がった。そして、瞬きをした瞬間には、今回の目的の世界貴族の前にいた。


「やっぱり来たのかね」


 その人物は、覚悟をしていたらしい。それはそうだろう。北欧が潰されたら、次はここ以外の標的は見つけづらい。


「悪いな」


 ギルベルトが苦笑した。二人は過去に何度か、酒を飲んだ事があった。

 記憶を引き寄せたギルベルトが、「そうだ、テキーラだ」と口にしたのと同時に、その者は倒れた。ギルベルトが凛を見る。


「同じ方法か?」

「うん」

「――なるほど」


 ギルベルトは、今度は殺害方法を確認できた。対象に、脳が破壊されたイメージを送り込み、ショック死させたのである。フォンス能力者は想像力が膨大だ。よって、死の自己イメージを受け取った時、自分のムーブ能力で、それが『現実』である事をより体が認めやすくするために、脳を自己破壊したらしい。


 世界貴族使用人達がここにも転移してきて、頭を垂れた。

 その中には、八巻享の姿もあった。彼は二度とも、この行為を見過ごした事になるから、懲罰対象である。勿論、ギルベルトと凛は嘆願書を提出して、享の処罰を無くしてもらうつもりではいる。


 さて、このニュースも、翌日には世界中を駆け巡った。これにより、世界貴族独裁体制の国家は、地球上から一時的に潰えた事になる。それを喜ばしいと考える、特に非能力者は多かったが――世界貴族には激震が走った。世界貴族が世界貴族を殺害した事件の二例目である。勿論、ギルベルトが高位であるのだから、下位であった二名の死は、誰も咎められない。仮に実行犯が凛だとしても、ギルベルトがついていた以上、それは変わらない。


 しかし身の危険を感じた世界貴族は多かった。ギルベルトの敵も増えた。

 元々中立的だともくされていただけに、ギルベルトの存在を改めて誰も無視できなくなった。世界貴族のSランク者で、生き残りは、スミス公爵、サンジェルマン侯爵、米国と英国をそれぞれ保証している伯爵二名――ギルベルトを含めても、Sランクの人間は五名のみになった。スミス公爵も日本を保証しているという意味では、国に肩入れしている。していないのは、サンジェルマン侯爵のみである


 サンジェルマン侯爵で通っている青海絵都が、自身の使用人である結城梓を伴って、世界貴族使用人連盟のエントランスの扉を潜った時、ギルベルトと凛は、八巻享の判決を待っていた。顔を合わせると、結城が凛に対して苦しそうな顔をした。


「――お前、大丈夫だったのか?」

「うん。元気だった? 梓」


 双子の兄の気の抜ける問いかけに、結城が嘆息した。それからギルベルトを見た彼は、慌てたように頭を下げた。その隣まで進んで、青海が腕を組む。


「派手にやったな」

「そうか?」


 ギルベルトがニヤリと笑うと、青海が眉を顰めた。しかし口元は笑っている。


「ギルベルト侯爵による、世界征服の第一歩、第二歩、誰もが注目してるんじゃないのか? 次は、俺か? それとも、まさかのスミス公爵様か?」

「世界征服ねぇ――フォンスで繋がれた世界、か。まるで古の芦原を彷彿とさせるな」

「懐かしいな。今も東北のあの山に、茨木は出かけているらしい。初秋になると、隅洲から、ラベンダーの写真が届く」


 既に――隅洲琉唯が世界貴族になって、五年の歳月が経過していた。

 青海は、結城と凛を何気なく見た。二人も二十二歳となったが、外見年齢には、特に変化が見られない。二次性徴後で停止している。雰囲気は老成しているが、十分高校生活を送ることは、可能だ。


 ギルベルトも視線を追いかけた。ただ、頭の中では、箱船が眠る山について考えていた。ラベンダーが咲く土地のすぐそばである。


 それから、青海と結城は別れを告げて、本部の二階へと歩いて行った。彼らが今回呼び出された理由は――八巻享に対して判決を下して欲しいという依頼だろう。


 残されたギルベルトと凛は、どちらともなくソファに座った。

 少ししてから、凛が聞いた。


「世界征服をするの?」

「どう思う?」

「――実は少し興味があるんだ」


 思考を読み取った凛に対して、ギルベルトが楽しそうに笑う。


「自分の手の中に世界があるというのは、少し興味深いものがある。中世の頃までならば、それを志す事も今よりは容易だったんだろうが」

「世界征服って、何をするの?」

「さぁな。全世界の国を、自分のものだと宣言したとしても――それが果たして征服と言えるのか。文化的侵略、言語や貨幣の統一、教育……ああ、けど」

「けど?」

「愛するたった一人は見つけやすくなるかもしれん」

「どうして?」

「全人類が、自分の掌の上だ」

「今も恋人が欲しいの?」

「勿論」


 二人がそんなやりとりをした数時間後、無事に八巻享が解放された。




 帰宅した三人は、リビングのソファに座った。


「本当、冗談じゃないですよ。俺、処刑覚悟しましたもん」

「悪かった、享」

「俺、配置転換希望しようか、本気で悩んでます」

「待て待て」


 八巻享をなだめながら、ギルベルトがお茶を振舞う。ギルベルトにとって享の退職は望ましい事態ではない。一番の理由は、自分に怯えない使用人であるという部分だが、それは口に出さない。享は、新人として配属された翌日から、ギルベルトの所にいる。茨木が教育係だった。


「他に行ったら、お前は不敬罪ですぐに処刑されると俺は思う」

「……」


 ギルベルトの言葉に、享が黙った。苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 それから、気を取り直したようにして、享が言った。


「まさか、本当に世界征服したりしませんよね?」

「する訳無いだろ、そんな面倒な」

「良かったぁ」


 あからさまに安堵してみせた享に対して、ギルベルトがひきつった顔で笑っている。それを眺めながら、凛はマシュマロに手を伸ばした。


「まずサンジェルマンが倒せるか微妙だ」

「え」

「スミス氏は隙を付けば余裕である可能性もあるが、茨木がいる」

「な」

「強敵は、敵にまわさない方が建設的だろう?」

「何言ってるんですか、ギルベルトさん!」

「ん? 冗談を言ってる」


 楽しそうに笑ったギルベルトに対して、享が脱力したような顔をしてから、ソファに沈んだ。それを見てから、ギルベルトも寝そべる。


 凛は、二人の様子を眺めながら、小さく首を傾げた。

 ――果たしてそうなのだろうか?

 面倒という理由で世界征服をしないだとか、敵にまわすのが建設的ではないだとか、それが本当の理由なのだろうかと、凛は考えていた。もっと言うならば、しない理由が存在するような気がしていた。しかし訓練でない時は、ギルベルトの思考は読めない。何重にも遮断されている。


「さて、夕食にするか」


 こうして、その日は更けていった。




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