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ありえない方向から社会復帰した。  作者: 水鳴諒(猫宮乾)
――第八章(解放)――
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■【2】コーラ


 ギルベルトと凛による『解放』のニュースは、すぐに世界中を駆け巡った。どこの国でも、新聞の一面だ。それを両手で持ち、ギルベルトはご満悦といった表情を浮かべながら、ソファに寝そべっている。


 場所は、世界貴族使用人連盟の本部だ。エントランスホールの一角にあるソファに、彼は堂々と横になっている。しかし咎める者はいない。ギルベルトを咎めると言う事は、己の命を差し出すと言う事と同意味だ――本来は。


「邪魔だよ」


 気にせず淡々とした声を発したのは、凛である。視線を向けたギルベルトは、唇の端を持ち上げると、少し逸れて、凛が座るスペースを作った。本日は、世界貴族が集まる臨時集会がある。無論、この二人が国を一つ『解放』――と、称されているが、公的には乗っ取ったと考えられているからである。血は一人分しか流れなかったとはいえ、認識では、そうなる。


 凛は、すぐそばにある観葉植物を一瞥した。家に飾ろうかなと、漠然と考えていた。そのためには、目に焼き付けておく必要がある。帰宅したらフォンスで取り出す事になるからだ。購入に行くという発想が、凛には存在しない。


「凛、それにギルも」


 その時声がかかったので、二人はそろって顔を向けた。この二人が、接近に気づかない相手など、指の数ほどもいない。声でもすぐに分かったが、そこには、隅洲琉唯が立っていた。後ろには、茨木が控えている。


 琉唯本人には自覚が無いらしいが、彼には一切の気配が無い。

 ――実際には、学生時代には、自分は影が薄く、空気だと琉唯は感じた事もあるのだが、少なくとも二人はそれを知らない。


 そして気配は無いのだが――一度姿を現すと、圧倒的な存在感がその場を支配する。重厚なフォンスの気配に、息苦しくなるのは、ある程度のF型表現者だけである。それにすら、気付く事が出来ない者ばかりだ。少なくとも、特定国の指定貴族や華族では無理だ。使用人の上層部、世界貴族のAランク以上で、ようやく絹のような練り込まれている滑らかな気配を感じ取る事が出来る。決してそれは不快なものではないが、力が強すぎて、当てられそうになる者ばかりである。


 それもあって、茨木がいる。茨木は常に琉唯の周囲に防壁をフォンスで張り巡らせているが――実際には、それは琉唯を守るだけではなく、外部の者の中で琉唯の力に耐え切れない者を保護する役目も果たしている。防壁を張る人間は、直接接触しなければならない以上、慣れがあるとしても、傍にいられる茨木は、多くの尊敬の対象だった。


 さらにもう一つ――隅洲琉唯は、非常に美しい。

 だが、本人イメージが『平均』であるのか、通常の人間が見れば、どこにでもいる無個性の平凡な顔立ちに思えるらしい。どころか、その顔は、記憶に決して残らない。琉唯が琉唯である事は、皆が分かる。しかし後になって振り返った時、その顔の造形は決して出ては来ないのだ。無意識に発動しているフォンスである。具現化の一形態だ。ギルベルトなどはこれを意図的に用いる事が多い。だが――莫大な力を消費する。それを呼吸するかのごとく、無意識で行っている琉唯を、畏怖しない者は少ない。


 ただ、つまりは、見る者が見れば、非常に美しい外見の持ち主であると、よく分かるのだ。これは、箱船の受精卵から連なる人々と、ある種類似している。彼らの中にも、無意識に姿を変える者がいた事は、確認されていた。彼らも――そして琉唯も、その外見的魅力で、人を惹きつける。けれど多くは、強い力で身動きを封じられるから、惹かれても近づく事は困難だ。だが――もし、近づく事が出来たならば?


 無条件に欲望を駆り立てられる人間も多いだろう。それは、性別をも凌駕する。

 ――だから、茨木の気持ちは、分からなくはない。

 事情を悟っている者の幾人かは、そう感じていたが……それ以前の問題で、琉唯に近寄る事が出来ている点で、尊敬してしまう。


「久しぶりだね」


 凛が挨拶を返した。ギルベルトも起き上がる。


「スミス氏も、段々堂々としてきたな」

「ギル、からかわないでよ……――けど、茨木がそばにいてくれるからかな」


 そう言って微笑んだ琉唯が、茨木に少しだけ振り返る。茨木もまた、実に優しい表情をしていて、そっと琉唯の肩に触れた。


「いつでも、御側に」


 先程まで、琉唯について真面目に考えていたギルベルトは、それが霧散していくのを感じた。今にも惚気が始まりそうな甘ったるい空気を察知し、慌てて話を変える。


「聞いてくれ、俺と凛で広大なウィンターリゾートを確保した。今度、旅行でもどうだ? 勿論、お前ら二人だけで――それはそうと、東南アジア王朝の出方が怖いな」


 それを聞いた琉唯が、少しだけ息を飲んだ。こういう素直な反応は、出会った頃から変化が無いと、凛もギルベルトもそれぞれが思う。茨木が一歩前に出て、二人から琉唯を庇うようにした。


「お誘いは恐縮ですが、治安が落ち着くまではご遠慮させて頂きます。どういった経緯だったのか、伺わせて頂く事はできますか?」


 茨木の声に、ギルベルトが両方の唇の端を持ち上げて、静かに頷いた。

 それから説明をした。『人道的に』『暴政から』『解放した』のだと、珍しく理路整然と力説する。琉唯に伝わっているかは兎も角、茨木に対しては、明確に『だから自分達を支持すると表明して欲しい』と、ギルベルトは意思表示していた。茨木もそれが分かっているようだった。


 二人が話し込んでいるからなのか、琉唯が朗らかに笑って、凛を見る。


「元気だった?」

「うん。琉唯は?」

「凛の事を心配してた。ギルベルトも怖い事をするんだね……あんまり、危ない所に連れて行かれそうになっても、行っちゃダメだよ。僕には、ギルベルトが……人を……その」


 琉唯が言いにくそうにした。『人を殺めるとは、思えない』と、言おうとしていたのは、心を読まずとも、誰でも察する事が出来ただろう。新聞には、国王死去の報道も勿論出ていたが、実行犯や死因については、伏せられている。


 ――琉唯は、ギルベルトが手を下したのだと、疑っている様子がない。

 ――同じくらい、自分の弟が、手を下したのだと、想像すらしていない。


「僕なら大丈夫だよ」

「本当に? 凛は、いつもそう言うから……本当? 僕、すごく心配なんだけど……」

「うん。そもそも僕が――」


 ――殺ったんだよ。


「凛、ちょっとコーラ買ってきてくれ」


 しかし、凛の言葉をギルベルトが遮った。凛は首を傾げて指を鳴らす。ホールには自動販売機もあるが、購入するまでもない。フォンスで取り出す事がいくらでも可能だ。


「私達は、先に会場へ。失礼致します、ギルベルト様、凛様。参りましょう、琉唯様」

「え? あ、うん。じゃあ、また後でね」


 こうして、琉唯と茨木が歩き去った。それを見送ってから、凛はギルベルトを一瞥した。


「急にコーラなんて、どうしたの?」

「飲みたくなってな」

「炭酸飲料は苦手じゃなかった?」

「気分だ――なぁ、凛」

「何?」

「あんまりお兄ちゃんを心配させてやるな」

「?」


 凛には、ギルベルトの言葉の意味があまりよく分からなかった。

 ――凛が実行犯であると確信していた茨木が、琉唯にそれを聞かせないようにと、その場から姿を消した事にも気づいていない。


 ただ、ギルベルトが誤解されていると感じた事が、凛は辛かっただけである。


 会議は、それから程なくして始まった。






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