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ありえない方向から社会復帰した。  作者: 水鳴諒(猫宮乾)
――第八章(解放)――
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■【1】木星


 ギルベルトがヘッドホンをして、ソファに寝そべっている。何を聞いているのだろうと思った凛は、背後から歩み寄って、ひょいとそれを取り上げた。気づいていたのだろうが、ギルベルトは抵抗しなかった。流れ出てくる調べに、ホルストかと凛は一人考えた。惑星――木星が流れている。


 首を曲げて上を向き、ギルベルトが凛を見る。


「おすすめはあるかね?」


 冗談めかした口調で問われたため、凛はすっと目を細めた。忌々しいものを見る目つきに見えない事もないが、これは癖だった。茨木を見ていたら、何故なのか移ったのだ。昔、この空間に茨木がいた頃が、懐かしい。


「ロミオとジュリエット」

「へぇ」


 質問したくせに、ギルベルトは別段それを聞こうとするわけでもない。

 いつもの事である。

 ――こうして見ていると、ギルベルトは、どこにでもいる普通の人間に見える。


 凛にはそれが不思議だった。

 なお、これはギルベルトの自称でもある。彼は度々、「俺はいたって普通の人間だ」と口にする。ちなみにギルベルトは、本気でそう考えていた。特別な人間はいない。だれかの中で、『特別』になる事は可能だが――と、考えてながら、ギルベルトは凛を見た。


「懐いてた茨木と義理のお兄ちゃんが、一気に両方いなくなってしまった気分か?」


 揶揄するようなギルベルトの声に、凛が辟易したような顔をした。


「本物の双子の弟も盗られて」

「どういう意味? 彼らは、僕のものでは無いけど」

「さぞかし寂しいだろうと、感情を推測してみたんだ」

「向いてないから、いつものように、心はフォンスで読む事にしたらどう?」


 凛の声に、ギルベルトが吹き出した。確かに、人間の感情を推測するのは、非常に困難だ。少なくとも、ギルベルトには出来ない。


「スミス氏に、心を読むなと何度も釘を刺されたんだ」

「だから?」


 他者に何かを言われたからといって納得するような人間には思えない――凛は、ギルベルトをそう評価していた。ヘッドホンからは、続いてモーツァルトが流れ出す。凛はその曲名を思い出せなかった。


「俺は羨ましい。羨ましいよ、あー、羨ましい」

「何が?」

「俺も女でも男でも良いから、恋人が欲しい」


 ギルベルトが嘆くように言った。反動をつけて起き上がり、彼が指を鳴らす。パチンという小気味の良い音が響いた直後、珈琲が浸るカップが宙に浮かんだ状態で二つ現れた。それが空席の対面するソファの前に落ち着いたため、座れという意味だと気づき、凛が移動した。それぞれカップを手にして向かい合う。


「しかし俺は意外だった。何がかと言われたら、あの茨木と自然に互いに距離を縮められる人間が存在した事にほかならない。スミス氏は、非常にすごい」

「僕は逆に、琉唯に歩み寄る事が出来た茨木さんがすごいと思ってる。琉唯は、どちらかと言うと、人当たりこそ良いけれど、人をあまり信じないし、受け入れないから」

「だからこその、ひきこもりだったのか。戸籍上の弟すら寄せ付けない」


 ギルベルトの声に、再び凛が目を細めた。何か言いたそうだったが、珈琲を飲んで、凛は無言を貫いた。褐色の熱と共に抗議の声を飲み込んだらしい。


「スミス氏が世界貴族になって二年、お前が世界貴族になって一年半か。時間というのは、本当に一瞬で過ぎる」


 そう口にして、ギルベルトが窓の外を見た。雪が降っている。今二人がいるのが、雪深い土地であるのも手伝っているのだろう。凛は、暖炉で燃える薪を見据えた。二人は現在、北欧を支配している世界貴族の調査に来ていた。本来、世界貴族が他の世界貴族を調査する事などはありえないし、それは世界貴族使用人連盟に知られたら、明確に抗議を受ける。だから八巻享に彼らは、スノーボードに出かけると一筆残して、フォンスで転移した。今頃彼がどうしているのか、さぞかし慌てているのだろうが、二人はそれについて話題には挙げないようにしている。


「凛――お前、殺せるか?」

「うん」


 何を、とは、口に出さない。調査し――殺害し、終了だ。正義感に動かされたわけでは無かったが、これ以上、世界を脅かす不穏分子を見過ごしておくのは、得策ではない。それが二人の、共通した考えだった。


 ギルベルトは、表情一つ変えない凛を見て、僅かに首を傾げた。

 ――凛が、幼少時にシリアルキラーから『人に手を下す』という感情を学んだ事は、随分前に、読み取っていた。しかし、ギルベルトには、それがあまりよく理解できなかった。悠久の時を経ても、本能的に、人間の死に対しては、恐怖が付きまとう。タナトフォビアのつもりは無かったが、ギルベルトは、そんな己を「普通の人間である」と自認していた。


 ならば、凛は普通ではないのか――? ギルベルトの中で、その答えは、「YES」となる。感情を読めば良いと凛は言ったが、実際には、一度も感情が見えた事は無い。いいや、一度だけある。初対面の時だ。あの時は、明確に怯えていた。しかしその後は、記憶しか読めなくなった。記憶に付随する感情は、曖昧だ。生の感情に至っては全く読めない。


「じゃ、行くか」

「うん」


 二人はカップを置いた。その音が響いた時には、既に彼らの姿は消えていた。

 次の瞬間には、二人は、北欧の王の前にいた。

 少し驚いた顔をしながらも、暗殺者に慣れているのか、動揺は見せず、彼は凛の前に手を出した。弱い方を先に、そんな意思が明確だった。だが、内心驚いているだろう事も分かった。ギルベルトの顔を知らないはずが無かったからだ。ギルベルトは動かない。腕を組み、じっと見ている。凛も、目前に迫った太い指を見ていた。


 パンと、音がした。最初、誰も何が起こったのか、分からなかっただろう。凛以外は。

 直後――一人の世界貴族である王が息絶えた。


「……何をしたんだ?」

「殺したんだよ」

「そうか」


 ギルベルトが聞きたかったのは、死因だ。しかしながらそれは、解剖でもすれば良いかと、漠然と考える。事態に気づいたらしく、すぐに世界貴族使用人達が、何人も転移してきた。ギルベルトは、その時になって、ようやく動いた。振り返って、微笑する。


「今日からこの一体の王国は、元の所有者である国民に戻してくれ」


 使用人達は跪き、その命令を受け取った。こうして、一つの地域が解放された。





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