■29:推理
秋が来た。僕は、横長のソファの隣に座っている茨木に、寄りかかってみた。最近では、茨木が本当に近い距離に座ってくれるようになった。二人でマロングラッセを食べながら、今は森の銀杏を眺めている。高級な栗は、甘くて、僕の概念を変えてしまった。僕の中で、栗とは裏庭に落ちているものだったのだが、茨木が用意してくれるマロングラッセは、ひと粒ひと粒が宝石のようで、目を奪われる。
「ねぇ、茨木」
僕は茨木の膝の上に寝転がってから、彼の顔を見上げた。すると茨木が俯いて、僕を覗き込むようにした。白い手袋をはめた手で、僕の頭を撫でてくれる。
「どこかへ遊びに出かけたいというお顔をなさっておられますね」
「ばれた?」
夏の旅行以来、僕は茨木と出かけるのが楽しくて仕方がなくなってしまったのである。いいや、最初のきっかけは夏祭りだったのかもしれない。どちらも大切な思い出だ。
「ミステリーツアーにでも行ってみますか?」
「それって、行き先不明って事?」
「いいえ。推理小説を楽しむ要領の旅行企画があるようなんです」
茨木はそう言うと、指を鳴らして一冊のパンフレットを取り出した。表紙には、ペンションとラベンダー畑が写っている。東北の山間部にあるペンションらしい。
「よく見つけてくるね、こう言うの」
「何度か過去にこのペンションに宿泊した事があるんです。ある遺跡に興味があって、その最寄りなんです」
「そうなんだ」
前に、茨木が昔話好きであると聞いた話を思い出した。夏の旅行でも海底の巨石を満たし、もしかしたら、古いお話というのは、古代遺跡の事だったのかもしれない。
「今年はミステリーツアー、昨年は狩猟ツアーが企画されていたようです」
「狩猟?」
「銃も合法化されたものが、多いですからね。野生動物を狩るのではなく、専用のドローンを飛ばして擬似的に楽しむ催しだったようです。私は、昨年は参加しなかったのですが」
「一昨年は?」
「さぁ……何だったか。お調べしますか?」
「ううん。それよりも、今年だよ! ミステリーツアーに行きたい」
「かしこまりました」
こうして僕達は、東北に旅行へ行く事になった。
今回は、僕達は一般人のフリをした。茨木が今後出かけにくくならないようにという配慮を僕はしたつもりだが、同時に普通に旅行を楽しみたいという思いも強い。バスに揺られて、紅葉の山を進む。木々のトンネルが美しい。ゆったりとした座席で、僕が窓際、茨木が通路側に座っている。
「わぁ……」
しばらく進むと、一面の紫が視界に入ってきた。ラベンダー畑である。少しだけ窓を開けると、むせ返るような花の香りがした。目を瞠っていると、茨木が隣で微笑した。
「圧巻ですね。私も、初めて見た時は、非常に胸を打たれました」
「うん。ラベンダーって、こんな風に咲くんだね。それに、想像していたよりも、香りが濃いっていうか、生々しいっていうか……」
芳香剤とは全く違う。僕の頭の中に、ラベンダーとはそういったイメージしか無かったのである。すると茨木が笑ったままで頷いた。
「ペンションに、ラベンダーを中に入れたお手玉が売っているのですが、私には愛らしすぎて手を出す勇気がなくて」
「じゃあ今年は、一緒に買おう」
他の乗客もいるからと、僕はフォンスで周囲に声が聞こえないようにして、そう口にした。最近の僕は、いつでもどこでも茨木と内緒話をする術を覚えたのである。
バスを降りて、チェックインしてから、二人で二階の客室へと向かった。高い天井は斜めになっていて、屋根の形がよく分かる。木、そのままの作りの壁や床、大きなテーブルを眺めてから、僕はベッドに座った。
「ミステリーツアーって何があるのかな?」
「夜の食事の席で説明があるという話でしたね」
「それまでどうする?」
「――どういたしますか?」
荷物を置いた茨木が、僕の前に立った。今日の茨木は、僕が数える程しか見た事のない私服姿である。上品なシャツとジャケットを着ている。
「お風呂?」
「そうなさいますか?」
「っ」
聞きながら、茨木が僕を押し倒した。目を見開きながら、唇を小さく開く。すると茨木の唇が降ってきた。
――その後、結局僕達は室内にもついていたシャワーを浴びた。一階の大浴場には行かない事になった。なにせ、僕の体にはキスマークがあるから、行くわけにはいかないだろう。僕がその件について抗議すると、茨木が「誰が来るとも分からない男湯に放り込みたくはないので」と、しれっと僕に言った。なんだか気恥ずかしくなってしまった。普通の男は、別の男には欲情しないと思うのだが……。
こうして夕食の時間になったので、二人で指定されている食堂へと向かった。
扉を開けると、既に何人かの宿泊客が来ていた。みんな、ミステリーツアーを楽しみにしている様子だ。僕もワクワクしていると、料理が運ばれてきた。銀色の大きな丸いフタ付きの盆が、一人一人の前に置かれる。鳥の丸焼きでも入っていそうなサイズだ。
見守っていると、「それでは、食事を始めますので、皆様おくつろぎ下さい」というアナウンスがあり、各自で食べるようにと指示が出た。僕は銀のフタに手を伸ばす。そして何気なく、ぱかりと開けた。そして硬直した。目を見開いた。
「うわああ!」
それから飛び退いて、隣にいた茨木に羞恥も何もなくしがみついた。椅子が倒れる。しかし気にしてはいられない。なにせ――蓋の下には、人間の生首があったのだ。ほかの机を見回すが、全て、フタが開いている箇所は、盆の上に載った生首がある。
「落ち着いて下さい、琉唯様」
「無理、無理、警察!」
「――質の悪い冗談ですよ。これは、ミステリーツアーですので」
茨木の言葉に、僕同様悲鳴を上げていた人々が、ピタリと止まった。茨木の他に落ち着いている人は、二名くらいしかいなかった。
「け、けど……どう見ても本物の首だ……だってこの人、さっき僕達の受付をしてくれたスタッフさんだよ?」
「ええ。スタッフ――エキストラでしょうね」
「へ!?」
茨木はそう言うと、目を細めてテーブルクロスを見た。白く長く、床に端が付いている。
「まず、最初からこのテーブルの下に隠れていて――盆が定位置に置かれたら、首を出して、フタの中で待っていれば、生首の完了です」
「!」
僕は呆気に取られた。そして――茨木の名推理(?)通りであるというネタばらしがすぐに行われた。僕は再び涙ぐんだ。今度はほっとしたからである。ここから――食欲は失せていたのだが、食事再開となり、本格的に説明が始まった。食後は、擬似殺人事件が起きて、推理ショーを楽しんだのである。僕は、何度か茨木に聞いた。
「犯人、分かった?」
「ええ」
「茨木って、名探偵だったんだね」
「――琉唯様に格好良い姿をお見せしたいだけですよ」
そう言って笑った茨木が、華麗に推理していくのを、僕は感動しながら見てしまった。
こうして、秋の旅行は終わりを告げた。遺跡には、特別行かなかったが、茨木が何か言う事は無かった。帰りにお手玉を買う事は、忘れなかった。今、良い香りのするお手玉が、僕の手元にはある。




