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■28:海底


 ――まだ、夏は終わらない。


「暑いね」


 僕は茨木が用意してくれたレトロな棒つきアイスを舐めながら、窓の外の朝顔を見た。この夏は、様々なアイスを食べたけれど、最終的に僕は庶民舌だったようで、昔ながらのコンビニアイスを気に入った次第である。


「プールにでも行きたいな」

「増設致しますか?」


 僕の言葉に、さらりと茨木が言った。確かに、この家の敷地ならばそれは可能だろうと、今では僕にも分かる。だが、そう言う意味合いでは無かった。


「その――茨木と、どこかに遊びに行きたい」


 率直にそう伝えると、隣に座りながら茨木が微笑した。僕は、彼のこの顔がとても好きだ。アイスコーヒーを用意した彼は、自分の分のグラスを見ている。最近では、一緒にお茶を楽しんでくれるようになった。最初は仕事中だと断られていたのだが、僕が何度かお願いしたら、ある日頷いてくれたのである。その日が暑かったからでは無いだろう。僕としては、ちょっとだけ距離が縮まった気がした。


「でしたら、海にお連れしましょうか?」

「うん、行きたい。どこの海?」


 僕が尋ねると、茨木が少し考える顔をした。


「テニアン島に参りましょう。日本とも関わりが深いですし――世界貴族制度が始まってからは、一つの貴族避暑地としても人気があります。海だけではなく、カジノも楽しむことができます。貸切にしましょう」


 頷いて僕は茨木を見たが、正直「それ、どこ?」と、聞きたい気持ちだった。

 こうして茨木が手配に出かけたので、僕は自室に向かい、調べてみる事にした。結果、アメリカの一部で、サイパンの近所であるという知識を得た。


「日本との関わり……へぇ。神社もあるんだ……」


 インターネットで検索しつつ、僕は画像をいくつか見て、現地では実物も見てみたいなと考えた。こうなってくると、僕が想像していたちょっとした『遊びに出かける』という雰囲気ではない。観光だ。しばらくの間、僕は現地の古い王朝についてWebから知識を得た。奥が深い。行ってみたいビーチが出来た。


 こうして、翌日には、僕達は旅立った。旅立ったといっても、フォンスで瞬間移動し、次の瞬間にはホテルにいた。客は僕達しかいない。従業員の人々が、深々とお辞儀をしたのは、日本風に合わせてくれたからなのだろうか。僕は海外のホテルに泊まるのが初めてなので、分からない。このホテルに、カジノが入っているそうだったが、僕は勿論カジノに出かけた経験もない。


 部屋に一度向かってから、僕達はホテルの正面のタガビーチへと出かけた。鮮やかな水色から深い紺に変わる海は、見ているだけでもきれいだ。ビーチの周囲の囲いが豪奢で、咲き乱れる花も美しい。


「さて、行きましょうか」


 茨木の声に、僕は視線を向けた。僕は、下を水着に履き替えて、上着を着ている。だが――茨木はいつもと同じ執事のような服だ。とても泳げる格好ではない。


「あ」


 しかし茨木が海に入った。慌ててついて行く。すると――ふわりとフォンスの感覚がした。


「潜りましょう」

「う、うん」


 驚いて思わず茨木の腕にしがみついた。薄く笑って、茨木がそのまま歩く。どんどん海が深くなっていき、ついに僕の首の下まで水が来た。茨木は僕より背が高いから平気なのかと思ったが、このまま進んだら、溺れてしまう。


「ま、待って、待って、僕、泳げなくはないけど、そこまで得意でもないよ!」

「――歩くんです」

「え?」

「大丈夫です、フォンスで息ができるようにしておきましたから」


 悪戯っぽく茨木が笑った。そう言う事かと納得して、僕の冷や汗が一気に引いた。そのまま二人で、海の底を歩いた。考えてみると、浮かび上がる事も無かったし、茨木の服も濡れていない。僕の服もだ。動揺しすぎて気が付かなかった。


 砂の上を進んでいくと、すぐに頭上に水面が見えるようになった。陽の光で煌めいている。硝子にも似て見えた。一方の海中には、色鮮やかな、お魚達が踊っている。幻想的だと感じながら、下へ下へと歩いていくと、続いて珊瑚や海藻らしきものが見えた。


「海の中って、こんな風になってるんだね」

「ええ」

「もっと暗いかと思ってた」

「深海はさらに暗くなりますが――今は、まだ陽の光が届く範囲です。もっとも、下へ進んだら、フォンスで灯りをご用意致しますが」


 声も自然に聞こえた。そのまま僕は茨木にしがみついたまま、絶景を見る。

 ――二人きりだ。海の底には、僕達しかいない。

 そう思って茨木の横顔を見上げると、彼は少し視線を下げていた。怜悧な瞳に、ドキリとしながら視線を追いかけて、僕は人工的な巨石を見つけた。


「あれは、何?」

「再開発時に発見されたもので、古代タガ王朝関連の遺跡であると考えられています。ただ――」

「ただ?」

「ギルベルト様が仰られる、メルムの遺跡の可能性がございます」

「メルム?」

「――一種の古代人と言えば良いのでしょうか」


 茨木がすっと目を細めた。僕は曖昧に頷きながら、じっと巨石を見据える。


「古代にも、恋があったんだよね」


 何とはなしに呟いてから、僕は自分に対して羞恥を覚えた。何を言っているんだろう。すると小さく笑ってから、茨木が僕の体を抱き寄せた。


「仮に私が、古代に生まれ、その時に琉唯様とお会いしていたならば、それは『あった』と言えるかもしれませんね」


 僕は小さく頷いた。答えてくれた茨木の事が、嬉しかった。

 それから二人で砂浜に戻り、島の観光をした。第二次世界大戦頃の日本軍の遺跡や、当時の米軍の痕跡など、色々なものを目にした。こうして見るだけでも、歴史とは長い。


 夜は――初めてのカジノに向かった。ドレスコードがあるらしく、茨木が上質な服を用意してくれた。少しだけ、茨木の服に似ている気がした。貸切のはずだったが、夜のカジノには何人もの人々がいた。


「――相手がいなければ楽しく無いですからね。夜だけ、この場所は、世界貴族である事以外の入場条件は無くなり、一時的な無礼講状態となります。何かあれば、勿論使用人が仲裁に入りますが」


 茨木はそう言うと、僕を連れて、カードが配られている台に向かった。


「これは何?」

「ポーカーの一種です。テキサスホールデムポーカーは、私が知る限り、日本各地のローカルルールのポーカーに非常によく似ております」

「じゃあ僕でもできるかな?」

「ぜひ、お試しを」


 こうして僕は席に加わってみた。茨木が後ろに立って指導してくれる。


「レイズ」

「――強気ですね……レイズ」

「レイズ」


 僕はひたすらレイズした。他の参加者の顔が引きつっている。後ろで茨木が笑いをこらえている気配がした。結果――僕は惨敗して、涙ながらに席を立った。茨木が楽しそうに笑いながら、その後、他のカードゲームや、ルーレットなどに案内をしてくれた。


 ――楽しかった。

 決して勝ったわけではないが、僕としては満足だった。それから二人で、今度は夜のビーチへと向かった。すると茨木が上着を脱いだ。眺めていると……僕に水をかけた。フォンスでの防水が無いため、僕はずぶ濡れになってしまった。かけ返す。こうして僕達は水遊びを始めた。しばし遊んでから部屋に転移し、水でドロドロになってしまった服を脱がせあった。


 二人で寝台に寝転がる。幸せだなと、僕は思った。






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