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■27:花火

 こうして、本格的な夏が来た。僕は庭に咲く朝顔を眺めながら、冷たいお茶を茨木から受け取った。最近では、僕がお願いしたから、茨木が隣に座ってくれるようになった。これまではずっと立っていたから――個人的には、距離が近づいたような気がする。


 僕は膝の上に広げた辞書の上に手を置き、勉強しながら庭を見ている。

 ――茨木は馬鹿が嫌いらしい。


 ギルの言葉が蘇る。だから僕は、ここの所、必死に勉強をしている。勉強だけではない。教養とでもいうのか、様々な事を身につけた方が良いように思って、楽器から何から、これまで知識だけをフォンスで入手していたものについて、実際に演奏してやり方を確認しているのだ。最近覚えたのは、フルートである。その前は、チェロだった。油絵を描くこともある。寝る間も惜しんで、僕は兎に角頑張っている。


 ただ、知識や技術だけでは、ダメだと思う。もっと人として頭が良くならなければいけないだろう。そう考えて、僕は最近、人付き合いの勉強をするようになった。例えば、蓮くんとトークアプリで雑談を開始した。学園時代に連絡先を交換していたのである。蓮くんは、学園の頃と、雑談時は何の変化もない。テンションが高いままだ。でも、時々彼は、世界貴族の顔を見せる。


『そろそろ琉唯くんも、日本華族を任命したら?』


 表示された文字を見て、僕は目を伏せ小首を傾げた。そうは言っても、僕の知人は、既に何らかの役職に就いている。


「どうかなさいましたか?」

「茨木……僕もさ、華族を任命した方が良いかな?」

「――ご希望でしたら」


 別に欲しいわけではないから、希望しているというのとは、ちょっと違う。なんというか――貴族としての義務にそれがあるならば、僕の使用人として、茨木も、僕が華族を任命したほうが嬉しいかなと考えた結果である。僕の世界の中心は、茨木である。


『それはそうと、明後日、夏祭りだよなぁ』


 続いて音がして、蓮くんからのメッセージが表示された。それを見て、僕は改めて茨木を見た。実は、僕達は、いまだに一度もデートらしいデートをした事が無いのである。


「ね、ねぇ、茨木」

「何です?」

「明後日さ、夏祭りがあるんだって」

「遊びに出られますか? 今は、クリストフ伯爵とやり取りなさっておいでなのですよね?」

「そ、そうだけど……」

「では、伯爵家に連絡して日時の調整を――」

「ま、待って! そうじゃなくて! 僕、茨木と、そ、その!」


 必死で僕は声を上げた。


「僕と夏祭りに行って下さい!」


 頑張って僕は言い切った。すると茨木が驚いたように目を丸くした。それから、微笑を浮かべて、静かに頷いた。


「承知しました」


 こうして僕達の夏祭りデートが決まったのである。

 夏祭りまでの間も、僕は勉強に励んだ。


 当日――茨木がノックをして入ってきて、木の箱をソファの上に置いた。


「これは?」

「浴衣です」

「浴衣……茨木も着るの?」

「いえ私は――……そうですね、たまには悪くないかもしれませんね」


 茨木はそう言って指を鳴らした。すると箱がもう一つ現れた。

 こうして僕達はそろって浴衣に着替えた。茨木が青、僕が緑だ。気配をお互いフォンスで消して、目立たなくしてから、一緒にテレポートして現地に向かった。


 まだ開始前の時刻だったが、既に出店は出ていたし、場所取りも始まっていた。すごい熱気だ。感動しながらも、人ごみに、すぐに酔いそうになる。はぐれたら困ると思って、僕は茨木の浴衣の袖を掴んだ。


「茨木、迷子にならないでね」

「私が迷子ですか? 私よりも琉唯様こそ気をつけて下さい」


 二人で少し歩いていると、あたりが段々暗くなってきて、お祭りが本格的に始まった。まず僕達は神社を目指した。そこでおみくじを引いてみた。結果は――吉。可もなく不可もない……。


「茨木はどうだった?」

「大凶でした」

「え? 大凶って本当におみくじに入ってるの?」

「――少なくとも私の手元には存在していますよ」

「見せて。僕、見たことなくて」

「こちらです」

「……大吉だよ」

「たまに無駄な嘘をつきたくなるんです」


 茨木はそう言って喉で笑った。その後は、二人で出店を回ることにした。僕がお好み焼きを買ったのだが、食べたのは茨木である。僕は気づくと、茨木が買った焼きそばを食べていた。二パック食べた。美味しかった。焼き鳥は、塩とタレの両方を買って、これは僕が両方食べた。茨木は、巨大な串焼きを一本だけ食べている。そうこうしている内に、花火が始まった。だが、全然見えない。


「見えないね、あんまり。どこが一番見えるのかな?」

「救護室という噂ですよ」

「え」


 それは思いつかなかったと考えていたら――ぐらりと視界が歪んだ。クラクラすると思った時には、僕は茨木に倒れ込んでいた。水風船を取り落としたらしく、割れてしまった。


「琉唯様!」

「……貧血かな」


 砂嵐が激しい視界を落ち着けようと、瞬きをしながら僕は言った。

 すると茨木が、僕の額に手を当てた。


「熱中症でしょう――帰りましょう」

「花火……」

「……――ここの所、ろくに睡眠も食事も取らずに勉強に打ち込んでおられた疲労もあると存じます。自己管理を覚えて下さい」

「……ごめん」

「世界貴族の自覚を持たれるのは良い事ですが――」

「……頭が良くなりたかったんだ」

「え?」

「茨木に嫌われたくなくて……うん。ごめん、帰ろう」


 僕がそう言うと、茨木が――僕を横に抱き上げた。驚いて茨木の首に腕を回す。すると茨木がフォンスで転移した。僕は家に帰るのだと思っていたのだが、瞬きをして次に視界に映ったのは、花火だった。


「あ」


 僕と茨木は、川のそばの闇夜に浮かんでいた。まるで星の中にいるみたいに感じて、その次の瞬間には花火が視界に入る。間近で見た花火の綺麗さと、花火に合わせて鳴っている音楽に、僕は目を見開いた。なんだか、胸に染み入る。


「満足なさいましたか?」

「う、うん!」

「では、帰りましょう」


 茨木がそう言って、再びテレポートした。次の瞬間には、僕達は寝室にいた。ゆっくりと僕は、寝台の上に下ろしてもらった。茨木を見上げると、飲み物と点滴を取り出した所だった。


「今日はゆっくり休んでください」

「うん……また行こうね。僕、来年には自己管理を覚えられるように頑張るから」


 こうしてその日、僕は眠りに就いた。



 朝、目を覚ますと、隣には浴衣を着たまま寝ている茨木がいた。僕も浴衣のままだ。

 もう点滴は終わっていた。僕が起きた気配に気づいたらしく、見ていたら茨木が薄らと目を開けた。


「おはようございます、琉唯様」

「おはよう」

「ご気分は? 体調はどうです?」

「もう平気だよ。有難う」


 僕が微笑すると、茨木が抱き寄せてくれた。茨木の腕の中で、僕は瞼を伏せる。


「琉唯様」

「なに?」

「私は、今のままの琉唯様が充分好きですよ」

「けど馬鹿は嫌いって……」

「――そういう事を仰る部分は、時折馬鹿なのではないかと思うことは、確かにあります」


 その言葉に、僕は悲しくなった。すると茨木が苦笑した。


「ですが、例えば努力なさる所はとても好きです。何が言いたいかといえば――そうですね、そのままで、大丈夫なんです。琉唯様は、琉唯様のままで」

「僕のままで?」

「ええ」

「だけど僕もっと茨木に好きになって欲しくて」

「――これ以上ですか?」

「え?」

「もうこれ以上ないくらいに、私は愛しておりますよ」


 そう言って、茨木が僕の事を抱きしめた。嬉しかったが、同時に恥ずかしくなってきて、僕は茨木の胸に額を押し付け、顔を隠したのだった。






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