■22:ギルベルトの昼食会
その日、僕と茨木は、ギルベルトの日本における二番目の家へと向かった。
――都内の、1LDKのマンションだった。最近こう言う普通の家を見ていなかったせいなのか、無性に落ち着いた。僕も、こういう家を購入しようか悩んでしまう。既に僕には数億円の貯金があるのだ。今ならば、マンションが買える。茨木との新居……と、考えて、僕はひとりでニヤニヤしてしまった。するとギルに遠い目をされた。
「お前、何考えてるんだ?」
「人の心を読まないでよ!」
「いや? 読んでない、濡れ衣だ。お前があんまりにも崩れた顔をしてるから不安になったんだよ。どうしたんだ?」
「えっ、いやぁ……あ、の、何でもないです」
「そうか」
ギルは不可解な物を見る目をしていたが、つっこんでは来なかった。
今、この場には、僕とギルしかいない。八巻さんというギルの使用人と、茨木は、キッチンで料理の準備をしている。ギルの希望で本日は手料理となったらしいのだが――……八巻さんは料理ができないらしいのだ。ギルは久方ぶりに茨木の料理が食べたかったため、こういう形となったらしい。茨木は目を細めながらも、手伝いに行ったのである。
凛は、結城くんと青海くんを迎えに行っているそうだ。
「ギルって、茨木の事、色々知ってるんだよね?」
例えば料理が美味しい事だとか、そう考えながら僕は聞いた。するとギルが目を細めた。呆れたような顔をしている。
「まぁな。付き合いが長いからな。ただ、誓って、お前みたいに顔が融解するような関係になった事はない。その方面の知識は、皆無だ。俺には欠如している」
「えっ」
「凛の思考を読んだ時は衝撃的過ぎた。確かに茨木はお前に対しては、妙に過保護だとは思っていた。けどな……驚愕した。お前、茨木のどこが良いんだ? 俺の中で、あいつだけは愛せない」
「なっ……茨木には良い所しかないよ!」
思わず僕は叫んでいた。そういえば以前茨木が、ギルは性別無関係に人を愛せると言っていた事を思い出した。
「惚気か?」
「違うよ! 事実だよ」
「ああ、そう。で? 一応聞こうか。馴れ初めは?」
「――お互いに自然と距離が近づいて」
「うわウゼぇ……幸せそうで良かったな!」
ギルが吹き出しながら、そんな事を言った。なんだかんだで、祝福してくれているような気もする。
「で? 俺が茨木に詳しいとして、それで?」
「あ、そうだ……何かこう、茨木の好きなものとか知らない?」
僕は声を潜めて聞いた。もうすぐ付き合って一ヶ月だから、記念に何かを渡したいと考えているのである。我ながら乙女チックであるが、恋は人を変えるのだ。僕は学生時代を振り返る。記念日とかだるいと言っていた友人連中も、彼女ができるとこぞって祝っていた。今になってやっとその気持ちを、僕は理解したのである。
「お前だろ?」
「い、い、いや! そ、それはそうかもしれないけど、そうじゃなくて!」
「……あー、なんだろうな」
あからさまに赤面した僕を、ギルが生温かい目で見た。それから……少し考える顔になった。
「――俺が知る限り、茨木は昔話が好きみたいだな」
その言葉に、僕は、日本昔ばなしというアニメーションを思い浮かべた。オープニングテーマが脳裏で響く。
「それって、かちかち山とか?」
「んー、もうちょっと古いかもな」
「じゃあ、源氏物語とか?」
国内最古の物語ではなかっただろうかと考える。それはかぐや姫だっただろうか? 忘れてしまった。僕の中の歴史のお勉強は、まだ卑弥呼から進んでいない。最近は、完全に離れていた。むしろ現代社会に触れていたのだ。
「かなり近づいた。もう一声」
「えっ……古事記とか?」
「――及第点だな」
ギルがどこか懐かしそうに笑ったため、僕は首を傾げた。
――茨木は、歴史が好きなのだろうか?
ここまで来ると僕の中では、坊やが龍に乗っている感じの御伽噺というよりは、歴史である。あるいは神話だろうか。
――龍。そう考えて僕は、先日見た夢を思い出した。一瞬だけ胸騒ぎがした。蛇と龍は違うはずなのに。
「ねぇギル」
「ん?」
「ユメグって知ってる?」
「っ、お前、それをどこで聞いた?」
ポツリと聞いた僕の肩に、ギルが両手を強く置いた。指がくい込むほど力がこもっている。僕はびくりとして、思わず首を振った。
「な、なんでもない。忘れて!」
「――夢? 蛇の夢を見たんだな?」
「だっ、だから待って、心の中とか記憶とか、そういうものを読まないで!」
「……悪かった」
「うん……」
「ただな、次にまたこういう事があったら、必ず教えてくれ。躊躇いなくコスモスで連絡を頼む」
「う、うん」
「茨木には話したのか?」
「ただの白昼夢だから……」
「……もしもまずいと思ったら、すぐに話せ」
僕らがそんなやり取りをしていると、足音が聞こえた。
ギルが僕から手を離し、座り直す。その直後、今まで通りになった状態の所へ、茨木と八巻さんが戻ってきた。ギルが何事も無かったように微笑した。だから僕も、気分を切り替えることにした。テーブルに料理を並べる茨木を見る。
「ねぇ茨木」
「何ですか?」
「茨木は何時代が好き?」
「時代?」
僕の質問に、茨木が首を傾げた。それから暫し僕を見た後、小さく笑った。
「そうですね、貴方と一緒にいられる今の時代が一番好きですが」
その回答に僕は赤面した。
「勝手にやってろ!」
するとギルが叫んだ。全く、人前だというのに茨木は……と、僕は照れ続けた。
そうこうしている内に、凛が、青海くんと結城くんを連れて戻ってきたのだった。




