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ありえない方向から社会復帰した。  作者: 水鳴諒(猫宮乾)
――第六章(大蛇)――
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■21:人語を解する蛇の夢

 茨木と僕が付き合い始めて、一ヶ月が経とうとしている。季節はもう梅雨だ。

 最近の僕は、窓際のソファで、茨木と共に庭を眺めている事が増えた。ニュースを見るのは、もう止めてしまったのである。代わりに僕は、窓に映った茨木を見る事に熱心だ。


 美味しい茶菓子をテーブルに茨木が並べていく。ティスタンドを一瞥し、僕は既にこんな日々に慣れつつある事実に――怖くなった。幸せすぎる。もしもこの日常が無くなってしまったならば、僕はきっと、耐えられないだろう。


 しばらくお茶をしながら話をしていた。茨木の前だと、口下手だなんて嘘みたいに、僕は自然体で話ができるようになった。そう告げたら、「元々口下手には思えませんでした」と言われた。どうなんだろう。


 その後少しの間、お昼寝をする事にした。夜はずっと茨木と眠っているのだが――たまに無性に、眠くなる。


「昨夜は無理をさせてしまいましたからね」

「ち、違っ、あ、いや、違わないんだけど……」


 真っ赤になった僕に、薄手の毛布をかけながら、茨木が苦笑していた。

 こうしてこの日も、僕は惰眠を貪る事に決めた。

 そう――僕は確かにこの時、目を閉じたのだ。だが、その瞬間、僕は目を開いていた。僕がいる場所は、真っ白な空間になっていて、目の前には……巨大な二つの目があった。黄色く、瞳孔が縦に長い。嫌な汗が浮かんでくる。目を見開いて、息を呑んだ。そういった動作ができるのだから――僕は、僕として、そこにいるのだと感じた。


 ゆっくりと瞬きをする。そして、現状を確認した。僕の正面にあったのは、巨大な蛇の顔だった。唖然として視線を動かすと、同じような蛇の頭が他に七つ見えた。内二つが、僕の視線に気付いて、こちらへとやって来る。


「生まれたのか」

「生まれたのか」

「生まれたのか」


 三つの蛇の顔が、同時に――喋った。いいや、それは、正確ではない。頭の中に、直接三重奏の蛇の『声』が、響いてきたのである。僕は思わず両耳を手でそれぞれ抑えた。だが、蛇の声は止まらない。


「ユメグを使え」

「ユメグを使え」

「ユメグを使え」

「ユメグを使え」


 声がひとつ増えた時、四本目の蛇の顔が、正面に迫った。すぐに――全ての蛇の顔が、僕の正面に並んだ。


「それがスメラミコトの意志である」


 声がひとつに揃った。何を言われているのかまるでわからなくて、僕は、気づくと一歩後ずさっていた。すると蛇の顔も近づいて来る。至近距離で舌を出した蛇たちが、僕の顔を舐めようとした。思わずきつく目を伏せる――すると、僕は目を開いていた。


「あ」

「琉唯様?」

「――茨木、僕、今……」

「眠れないのですか?」


 反射的に僕は茨木に手を伸ばしていた。腕をギュッと掴むと、茨木が驚いたような顔をした。そして、僕の頭を撫でてくれた。子供みたいで恥ずかしいといつもならば、思ったかもしれない。だが今は、それどころではなかった。全身を恐怖が苛んでいたのだ。


「……一緒にいて」

「かしこまりました」


 茨木は頷くと、起き上がった僕の頬に触れた。


「どうかなさったのですか?」

「――ううん。ちょっと……なんでもない」

「琉唯様、何かあるのであれば、お申し付け下さい」

「……」

「これは貴方の使用人だからではなく――恋人として、琉唯様が心配でならないからです」


 その言葉が嬉しくて、僕は何度か頷いた。しかし、しばらくの間、鼓動の音が収まらなかった。茨木が用意してくれた暖かいお茶を飲み、お昼寝は取りやめる。


 きっと――白昼夢というやつだろう。


 そう判断した僕は、夢についての知識を思い出した。確か……蛇の夢は男根の象徴だっただろうか? 一気に恥ずかしくなり、僕は現実に引き戻された気がした。別の意味で心臓がうるさくなり始める。


「――後ほどお伝えしようと思っていたのですが、ニュースが二つございます」


 その時、茨木が気分を変えようとするかのように、静かにそう口にした。カップを両手で持って、僕は顔を上げる。


「何?」

「一つ目は凛様が――以前より内定していたのですが、世界貴族に任命される事に決まりました。Aランクの伯爵位となります」

「え? そうなの?」

「はい。もう一つは、結城梓――彼は、世界貴族使用人連盟への加入が決まりました。辞令がおり次第、サンジェルマン様の使用人の一人となります。これまで、サンジェルマン様は、使用人を拒否していたので、こちらも異例となります」

「青海くんの使用人が、結城くん?」

「そういう事です。もっとも、当初よりそれを想定して、ご自身で観察しておられた可能性もありますが――この件は、サンジェルマン様が連盟に口利きをした結果ですので、先日の一見、結城梓は記憶を保持している可能性が高いです。口止めはなされていたようですが」

「そうなんだ」

「また、こちらも初の例ですが、ギルベルト様が、凛様の後見人に立つと――世界貴族同士ですので、他の場合であれば派閥の保証となるのですが、まぁ簡単に言うのであれば、同じ派閥の者だと公言なさいました。ギルベルト様が保証している以上、琉唯様でもなければ手出しは困難です。少なくとも、サンジェルマン様は、ギルベルト様よりも弱い」

「――そうなんだ。じゃあ凛は大丈夫そうだね」

「ええ。ご心配なさらずとも」


 茨木は僕に対して大きく頷いてから、微笑した。


「これを祝して、ギルベルト様が主催し、サンジェルマン様と琉唯様を招いて、昼食会をという言付けを賜っております。たまには、外出するのも良いかもしれませんね」

「うん。久しぶりみんなに会ってみたい」

「では、手配しておきます」


 こうして、僕は後日出かける事に決まった。蛇の夢は、すぐに忘れた。





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