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■20:名前


 凛が訪ねてきたのは、数日後の事だった。

 ――どうしても会いたい。

 茨木経由でその言葉を聞いた僕は、来るというのを了承した後から、ずっとそわそわしていた。何を話そうか……弟相手にもコミュ障の僕は、不安でいっぱいだった。だが、いざ凛と向かい合ってお茶の席についたら、自然と言葉が浮かんできた。


「元気だった?」

「うん。琉唯は?」

「僕も元気だよ」


 そんなやりとりをした。そして会話は途絶えた。途絶えてしまった……。

 思わず視線で、茨木に助けを求めると、呆れたように片目を細められた。茨木が嘆息してから、僕達の間にお菓子を追加する。さらに間を取り繕うかのように、お菓子の説明を始めた。どこの誰が作ったどの国の菓子であるかを語っているが、僕の耳には入ってこない。


「所でスミス様」


 ひと段落した時、茨木が言った。僕も凛も同時に視線を向けた。

 最初僕は、どちらが呼ばれたのかわからなかった。よく考えてみれば、茨木は凛の事は凛と呼んでいたのだが、この時はそれを思い出さなかったのである。


「――琉唯様」

「あ、何?」

「口元に砂糖の粉が」

「っ」


 慌てて僕は唇をナプキンで抑えた。すると茨木が苦笑したように見えた。

 僕は実際には、菓子屑が口についていた事よりも、茨木に名前を呼ばれた事に動揺していたのだったりする。


「仲が良いんだね」


 その時ポツリと凛が言った。僕は思わずナプキンを取り落とした。


「ち、違う! 別に僕達まだ付き合ってないから!」


 思わず僕は叫んでいた。すると、奇妙な沈黙が流れた。

 ――僕としては、僕は茨木の事が好きであると、最近度々考えていた。だが、同性愛者のレッテルを茨木に与えたいとは思わなかったし、茨木にとってはあくまでも仕事の一環かも知れないし、僕は別に良いんだけど、とにかく茨木に迷惑をかけてはならないと思ったのである。


「僕が一方的に好きなだけだから、凛、誤解しないで!」


 必死で僕は声を上げた。そして直後、慌てて口を覆った。

 何を暴露してしまったのだろうか……。その事実に気づいて、僕は目を見開いた。涙が浮かびそうになるが、必死でこらえる。唖然としたようにこちらを見ている凛と茨木。双方から飛んでくる視線が辛すぎて、僕は俯いた。


「ええと……『まだ』という事は、琉唯は今後、茨木さんと付き合う可能性があるの? 一方的ということは、琉唯の片思い? 片思いというか……そういう意味合いで良いの……? 恋とか愛とかそういう話に聞こえたんだけど……ちなみに僕には、そう言う意図は無かったよ」


 凛が、所々で沈黙を挟みながら口にした。赤面した僕は、震えるしかない。

 二人がどんな表情をしているのか見るのも怖いから、僕はひたすら下を見た。


「凛様。これは――その……『まだ』口に出しては約束していないものの、事実上恋人であるという理解で結構です。付き合っているも同然ですので。先に好きになったのは、そもそも私です。大切なお兄様に手を出して、あまつさえ、同性愛の道に引きずり込んで申し訳ありません」


 その時、茨木がいつもと変わらない声の調子で、そんなことを言った。


「え!? 茨木って僕の事好きだったの!?」

「何を今更……私が好きでもない相手に手を出す軽率な人間に見えるという事ですか?」

「見えないけど……」


 僕は思いっきりにやけてしまった自信がある。頬が緩むのが止まらない。


「そこまで嬉しそうな顔をされると困りますね」

「嬉しくて! いつから僕の事、好きだった?」

「――二人きりの時に、いくらでも話て差し上げますよ」


 茨木の言葉で、僕は凛の存在を思い出した。そして同性愛について思い出して青ざめてから、しかし嬉しすぎて真っ赤になり、だけど凛にどう思われたかと考えて青くなり、それからまた幸せすぎて赤くなった。


 凛はそんな僕を、じっと見ていた。それから、茨木を見た。


「琉唯の事、よろしくお願いします」

「言われなくとも――それにしても、あまり驚かれておられませんね」

「……だって、そんなに優しい顔をする茨木さんの事も初めて見たし、琉唯もまるで焼肉食べ放題に行った時のような輝いた瞳を維持してるから……」


 僕は恥ずかしくなって唇を噛んだ。それから、ふと気づいた。


「そういえば、凛と茨木は、元々知り合いだったの?」

「――僕が助けてもらった時は、まだ享じゃなくて茨木さんがギルの使用人だったから」

「ええ」

「助けてもらった?」


 その言葉に、僕は首を傾げた。そういえば、再開した日も、結城くんに対してそう説明していた気がする。


「何かあったの?」

「うん。ちょっとね」

「そ、そっか」


 凛が言いたくなさそうというか、言う気がなさそうだったので、僕は頷くにとどめた。


「凛、それと大切なことだから話しておくんだけど」

「何?」

「僕は男が好きなんじゃなくて、茨木が好きなんだ。そこは勘違いして欲しくない」


 僕が力説すると、凛がちらりと茨木を見た。


「愛されてますね」

「……ええ、まぁ」

「――けど、こうして普通の人として悩む琉唯が兄で良かったし、普通に恋愛している世界貴族がいるというのは、とても僕には世界が幸せに思えるから良いかな」

「確かに、それは私も凛様と同じ見解です。誓って一度も、琉唯様に命令されて睦言を囁いたことはございません」


 二人のやりとりに、僕は息を呑んだ。ひとつ嬉しかったのは、『普通』と評価されたことだ。僕は、社会復帰出来たのかもしれない。ただ――凛は未成年である。睦言などというのは、破廉恥だから、凛にはまだ聞かせてはならないだろう。


「茨木、凛はピュアだから、あまり大人の話はしちゃダメだよ」


 僕がそう言うと、二人が揃って半眼になった。


「ピュア……? 私が知る限り、琉唯様より頭が平和な――失言でした、ええと、純情な方はあまりお見かけしませんが」

「僕だって恋愛くらいしたことがあるから、琉唯が言う所の大人の話は経験済みの可能性も高いけど――まぁ、うん。そういう話は好きじゃないから、僕はそろそろ帰る。元気そうで良かった」

「え!? え!? 嘘!?」

「……」


 凛は何も言わずに、手を振って帰っていった。それを見送ってから、僕は思い出した。


「あれ? 用件って何だったのかな?」

「――家族が家族に会うために、理由はいりますか? 会いたい、以外の」

「……そっか。顔を見に来てくれたんだ」

「おそらくは。所で琉唯様――それよりも」

「何?」

「琉唯様こそ、私の事がいつから好きだったんですか?」


 茨木がそう言って、僕を覗き込んだ。思わず目を見開き、僕は赤面した。


「え、あ、あの……それは……」

「それは?」

「気づいたら……茨木の事しか考えられなくなってたんだ」

「――気持ちが良すぎて?」

「それもあるのかもしれないけど、なんていうか、茨木と一緒に眠って目が覚めると、朝、幸せだから」


 僕の言葉に、小さく茨木が息を飲んだ。


「一緒にいて幸せっていうのは、好きとは違うのかな?」

「――私には、分かりません。ただ……率直に言って、嬉しいです」


 茨木が柔らかい微笑を浮かべた。その表情があんまりにも綺麗に思えて、僕は見惚れた。

 こうして、この日、僕と茨木は恋人同士になった。

 僕は茨木に、『琉唯様』と呼ばれる度に、この日の事を思い出すようになる。





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